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公爵令嬢の氷の心
しおりを挟むセシールは父から贈られた別邸で部下たちが日々励んでいる様子を見て安心した。元々知った顔同士なのですぐに皆打ち解けたようだ。
ここ最近ではセシールも一緒に鍛錬を積むようになった程だ。
馬丁のジェムとミギーは日替わり交代で馬車を動かして、エイダとエイミーは侍女として学園へ共に登校した。
もう1人、テオドールよりも短めの真っ直ぐな黒髪をさらりとおろした長身で健康的な青年が護衛騎士として付き添った。
護衛騎士であるダンテは元々学園の生徒だった上に現在は公爵家の別邸にて生活している為に護衛を兼ねて共に登校することにしたのだ。
朝、馬車を先に降りエスコートしようとセシールに手を差し伸べるダンテにざわめきが起こった。
けれどセシールはそんな事よりも灼熱の髪がこちらに向かってくるのが見えて思わず笑顔が溢れた。近頃多忙で会えなかった親友に会えて浮かれたのか、靴の先が馬車の踏み台につっかえてしまう。
目線はマチルダを見たままの躓いたセシールをスマートな所作で支えたのはダンテだった。
「セシール様、お気をつけ下さい」
「ありがとうダンテ。少し浮かれてしまったようね」
セシールの困ったような笑顔が意外で、胸をきゅっと掴まれたような感覚にダンテはほんの一瞬動きを止めたがそれに気付いたものは居なかった、一人を除いては。
婚約者だというのに不自然なほどセシールと会えない日々を過ごしていたテオドールの焦りは日に日に増すばかりで内心穏やかではなかった。
早すぎる段階で王妃教育をほぼ完了しているセシールには全く問題のない事だったが公爵家の方が忙しいと王宮では見かけておらず
(今セシールと話さなければ二度と会えなくなりそうな気がするんだ)
テオドールは決して気が弱いわけではなく、素直で優しい性格ではあるが腹黒い部分もちゃんとある。
(偶然になんてきっと会えない、セシールはいつもこの時間に来るはずだ)
そう、テオドールが今しているのは待ち伏せである。
そうしていると、タイミングが良かったのかセシールの馬車はすぐに学園の門を潜り停車場で馬車を止めた。
いつも障害となるエミリー嬢はどうやらダグラス達と居るようだ。
久々に見る彼女のアメジストの瞳とプラチナブロンドの髪を想う。
彼女の馬車が開かれると皆が急にざわめき立ち、テオドールも目を見開いた。
出てきたのは最近家を出たというギデオンの双子の弟で、(ゴツゴツしたギデオンと違いあまり似ていないのだが)あろうことか彼女に手を差し伸べ、エスコートしようとするのだ。
腹の底から込み上げてくる嫉妬の感情と、もしかしたらセシールはもう自分に見切りを付けたのでは無いかという不安でその場で凍り付いた。
その時、よく知る灼熱の赤が人混みをかき分けてセシールの方へ向かうの見え、マチルダを見つけるなり花のような笑顔を見せたセシールにまた周りが騒めき、息を呑んだ。
「なぁ……殿下とは本当に破局したのかな?」
「なら、社交の場では一度くらい踊って頂けるだろうか?」
「ばか、君じゃ無理だよ!ははっ!」
耳をひそめなくても聞こえる無礼な噂。
「見ろよ月の女神の微笑みはほんとに美しいぜ」
「俺も家門は侯爵家なんだが、一度くらいは……」
「月の女神が俺で乱れる所を見てみたいもんだぜ、考えるだけで興奮するよ……」
「しっ!お前聞こえるぞ!」
下品な者達がセシールを欲望の眼差しで見て想像の中だとしても穢した。
「おい、お前達……」
「お、王太子殿下!!」
テオドールの声で振り返り食い気味に額を地面につけ謝る彼らを見下ろすと、背後でまた周りが騒ついたのが聞こえてセシールの方に目をやると彼女を支えるダンテの姿が目に入った。
自分と幼馴染のクロヴィス以外の男とは親しくしている所は見たことがない彼女がましてや同じ馬車で登校なんてとテオドールは魔力がすごい速度で身体を巡るのを感じた。
顔が熱いが頭の中は冷静で「あぁ嫉妬か」とすぐ理解できたが、余計にじっとしていられなかった。
一方でセシールはダンテにお礼を言い、軽口を言いながら歩き出す。
セシールがよく知った魔力が今にも暴走しそうなほどの勢いで漏れ出ているのを感じたと同時にエスコートしているダンテの手首を掴み、セシールとダンテの間に身を滑り込ませたのはその魔力の持ち主、テオドールだった。
「セシールは私の婚約者だ」
「存じております」
「では、なぜ君が私のセシールと同じ馬車で来たの?」
「殿下、皆の前です。何事ですか」
最近姿を見せないと思っていたらこのような形で突然現れたテオドールの行動の意図が解らず首を傾げる。
「婚約者でもない男と同じ馬車で来るなんて君らしくないね」
「殿下に誤解を与えてしまい申し訳御座いません。ダンテは家名を返上し、父に精選された我が家の騎士で、私に騎士の誓いをした護衛騎士です」
ダンテは膝をつきテオドールに頭を下げた。
(このような時にだけ現れて皆の前で責め立てるなんて……殿下はどうしてしまったのかしら?)
セシールの冷ややかな目線を感じてテオドールはさっと頭が冷えてダンテの方に目をやる。
「私の早とちりだったようだ。すまない事をしたね……」
「いえ、殿下に誤解を与えてしまい申し訳ありませんでした」
「いい。頭を上げてくれ」「殿下?」
頭を上げてダンテが立ち上がるのを確認するとテオドールにすかさず説明を求める。
「いや、セシールが騎士団を貰っただなんて知らなかったんだ。いつもは誰も連れずに来るから……誤解を」
婚約者なのに彼が何も知らないというのは「その婚約者を放ってエミリーの相談とやらに毎日毎日付き合っているからでは?」と言いたいのをセシールは飲み込んだ。
「……それは申し訳ありませんでした。ですがあらぬ心配で御座います」
「そうか。それでセシール。少し話したいのだが……今日の帰りなど時間を貰えるだろうか?」
「近頃は貴女と全然居られないのでな」と寂しそうに笑う姿に心がチクリとした。
休憩時間、生徒会、お昼、放課後も……セシールとテオドールは会わなくなった。
生徒会にエミリーが出入りするよつになってからは目も合わなくなってしまった。
セシールが将来、愛妾を公認してしまえばいいのだが今はまだだ。
王太子としての立場を確立するまでは不仲を思わせる悪い噂を払拭しなければならないとそう進言しても、鬱陶しそうに聞き流していたのに。
(なぜあなたが寂しそうに笑うの?)
なぜか断れずに、また笑い合えるようになる為にきっと達に二人にはきっかけが必要なのだとセシールは少しの希望を持って微笑んで返事をした。
「わかりました。本日学園が終わり次第王宮に伺わせて頂きます」
ほっとしたような顔をしたテオドールの表情は昔のままだった。
「ご機嫌よう、殿下」鮮やかな赤色が顔を覗かせて笑う。「マチルダ!!」セシールは嬉しくてはしたないとしても笑顔が隠せない。
「あら……仲直りしたの?良かった!セシール今日からは学科別の実技の授業が始まるわ、着替えないと遅れるわよ。 確か殿下も魔法科ね?」
と昔のままの笑顔で微笑んだマチルダは久々に見る穏やかな二人を見て安心したようだった。
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