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公爵令嬢と疑惑の王子
しおりを挟む私は何をしていたのか、マチルダから怒りと悲しみが伝わる。
彼女はセシールを友人としてとても愛しているからだ。
どうにか誤解を解かなければセシールに合わせる顔がない。いや、会わせて貰えないだろう二度と。
「メーベル嬢っ…「マチルダ!何があった?」
怒りで溢れた魔力を察知して急いだのだろうクロヴィスと、少し遅れてセシールが扉から入って来る。
クロヴィスと私は友人であり親友とも言えるだろう。だからこそクロヴィスはセシールへの恋心を封じてきたことを私は知っていた。
「やんっ……あっ、み皆様……これは違いますっ!殿下は親切にして下さっただけで……」
「セシール……見てはいけない」
こちらを向き固まったままのセシールの頭からクロヴィスが上着をかけて視界を遮ったときの声で我に返る。
何故か悪いタイミングで艶やかな声を発したエミリー嬢にはっと振り返ると……私が立ち上がった勢いで後ろに倒れたのか、両脚は開かれたまま椅子ごと後ろに倒れた羞恥で大粒の涙を流して謝罪していた。
「セシール、信じてほしい。この説明はきちんとする。やましいことは何もないんだ」
「うわーんっ、違います、ごめんないぃっ!!」
女性をはしたない姿で放ってはおけず、セシールならきっと理解してくれるだろうと振り返りエミリー嬢の膝に上着をかけ起こしてやった。
(テオは馬鹿なのか?セシールはこんなにも震えて今にも泣き出しそうだというのに……!)
歩み寄る順序を間違えるテオドールにクロヴィスは眉を顰めた。
彼がセシールを溺愛し、王太子としての権力をフルに活用し周りを牽制してきたことを知っていたからだ。
まさか、エミリー嬢に惹かれたわけではあるまいとクロヴィスはいつもと違い頼りなく彷徨う不安気なテオドールの目を睨みつけてくる。
いつのまにか動いていたセシールは殿下の方を一切見ることなく、マチルダはセシールを愛するあまり自分の為に怒ってくれたのだ。と優しい目で危険を顧みずにマチルダの赤々しい魔力の渦に入り混んでいきマチルダを抱きしめた。
かすかに優しくて甘い香りがして、白く柔らかい光がメーベル嬢を包んだ気がした途端にメーベル嬢は眠っていた。
セシールの魔法によって、落ちて怪我をしないようシャボン玉のようなものの中で浮いたまま意識を失っている。
そこで、やっとセシールに向き直ったテオドール。
「セシール少し話がしたい、頼む」
セシールに縋るような目で言ったものの、思わぬセシールの反応には騒ぎを聞きつけ集まった野次馬たちを含めこの場にいた全員が驚いた。
なんと、いつも通りの淑女の微笑みでエミリー嬢にハンカチを差し出し、「お怪我はされませんでしたか?」と微笑むアメジストの瞳からは何も読み取れない。
ほっとしたテオドールはセシールを抱きしめ、謝罪とセシールだけを愛している事を伝えようとしたテオドールをやんわりとかわして集まってしまった皆に向き合う形となる。
「此度の事、お騒がせ致しましたことを謝罪致します。どうやら誤解がありこのような騒ぎが起こってしまったようです。セシール・グレース・ノーフォードの顔に免じて今回限りはご容赦下さいませ」
「それと此処での事は見なかった事とし、決して口外してはなりません。……クロ、行きましょう」
「セシール!待って!」
(何でクロなんだ……っ)
「殿下は、エミリー嬢を助けて差し上げて下さいませ」
それでは、皆さまご機嫌よう。と完璧なカーテシーと笑顔で去る姿はさすがノーフォード公爵令嬢というところか、気高く美しい。
皆が心を打たれた。
「セシール、どうしてっ……」
いつの間にか目を覚ましたマチルダが辛そうに、テオドールを、エミリーを何故許したのかと問う。
「分からないの……殿下の瞳を見て私を想ってくれていると確かに感じたの。けれど不安で、だからといってノーフォード家たるもの皆に王族へ不信感を与える訳にはいきません。私は咄嗟に理性的な行動をしたのよ」
彼女は今にも消えてしまいそうだった。
それからというもの、日常はあまり変わらず強いて言えばエミリー嬢はテオドールだけではなく側近の令息たちとも親しくなったようだと噂で耳にするようになったくらいだった。
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