上 下
58 / 71

誤解と和解と拭えぬ不安

しおりを挟む


「待ってくれグレーシスっ!」


シヴァの声が聞こえて皆がテラスから中庭を見下ろしすとニナリアの内心は穏やかではなかった。


確かに彼はと呼んだのだから。




「待って!」

「~っ」


なんて言ったのかまでは聞こえなかったものの何やら女性の声がして、さっきまでギラギラとニナリアを見つめていた令嬢達の瞳は中庭に釘づけとなった。



「逃げないでくれ……頼む」


初めて見る、弱々しいシヴァの姿に皆は聞き耳を立てる。


ニナリアとて心中穏やかでは無いものの動向が気になり思わず息を潜めた。







「逃げてなんていません。用があるのです」


「なら何故ユスフリードが同行していないんだ」


「それは……シヴァお兄様こそ、何の御用でしょう?」


「……シヴァと」


「いけません。要らぬ誤解を招きます、婚約者の方がいらっしゃるでしょう」




此方からは死角になっているが、グレーシスと思われる令嬢がそう言うと令嬢達はひっそりと色めき立つ。




「やっぱり!ニナリア様の事だわ!」

「でも……じゃあアレはどういう状況なの?」




令嬢達の声を聞きながらニナリアはグレーシスが身の程を弁えていると感じて気分が良かった。


(これなら大丈夫そうね……)




「皆さ…………


ニナリアが皆を促してお茶の続きを再開しようとすると、少し声が荒げたシヴァの声が響いた。




「婚約者など居ない!!俺が大切な女性はグレーシスだけだ!」


「そんな、じゃあ何故……」



「何度も否定しているが、いつの間にか婚約者になったとまで噂が広まった。ニナリア姫とは二人で食事をした事もない」





令嬢達の空気が凍りついた。


ニナリアの心臓はやけに大きくなり嫌な汗が止まらない。


そんな事を知る由もない二人は話を続けていた。




「嘘よ」


「本当だ、……何故今まで婚約者を作らなかったと思う」


「……知りません」


「グレーシスを愛してる、幼い頃からずっと。俺が愛してるのは一人だけだ」



「…….っ!」



「本来なら俺達が婚約している筈だったが……ローズモンド公爵が功績の褒美に要求したのがフォンテーヌとの縁談だった」



よくよく聞いていると、公にはグレーシスに婚約者は居なかった為とミカエルの周到な根回しのおかげでローズモンドはミハイルとグレーシスの縁談の権利を手に入れる事になったと言う。




令嬢はシヴァ達に見つからぬよう誰も声をあげないものの冷ややかな視線でニナリアをチラチラと見る。



すると、シヴァに引き寄せられ、頬を染めたグレーシスが皆の視界に入りまた中庭へと視線が戻る。



「シヴァお兄様、人目がありますっ」


「構わない。言ったはずだ、グレーシスが俺の愛する人だと」



「……っ」



「この騒ぎはどうにかする。令嬢達の噂話には疎くてな……気づけば今の状態だった信じてくれとは言わない。俺の不足が招いた事だ」


「信じるも何も、そのような烏滸がましい事を考えていません」



「じゃあ、なぜ避ける」



「寂しくて、何故だかとても苦しかったの……シヴァお兄様の顔を見られなくってどうしてだか自分でも分からなくて混乱したんです」



「それじゃあまるで…….」



「シヴァ、まるであなたを好きみたいですよね。けれど私はそんなに身の程知らずではありません。傷ものの一令嬢よりも一国の姫の方が貴方の為になる筈です……きっと陛下方もそうお考えで姫を受け入れたのでしょう」





「……そんな筈はない。父上と母上はグレーシスを実の娘のように想っているんだ」


「それでも……あなたは王太子です」



「グレーシス……」



「けれど、とても嬉しい……。貴方に愛してると言われると胸の奥から熱い何かが込み上げてドキドキするの」



「なら、俺の婚約者になってほしい」


「それでも、婚約者候補の方が居ると言う事は私では駄目だと言うことです。愛してるから、貴方の光る未来の邪魔はしたくありません」





「グレーシ………っ!!」



グレーシスはそっとシヴァの頬に手を添えて触れるだけのキスをした。


目を見開いたまま赤くなるシヴァを愛おしげに切なげに見つめて微笑んだ。


放心しているシヴァの腕から抜け出すと、




「これで、シヴァを愛する私は心の奥底に大切にしまっておきます。貴方の未来を支える友の一人としてこれからも傍に居させて下さい」





「最後のわがままです」と悪戯な笑顔で言うと何かを感じ取ったような仕草をしてから踵を返した。



引き止めようと一歩前に出たシヴァだったが、グレーシスが「ユス」と小さな声で言うと何処からともなく現れたユスフリードが困った顔でシヴァの前に立ちはだかった。




「今の貴方に出来る事なんて無いでしょう。そっとしといてやんなさいな」



「……来たのか」



「ずっと一人にしている訳がないでしょう」



上背のあるユスフリードに遮られてシヴァからは見えなかったが、テラスに居る令嬢達からはしっかりと見えていた。



グレーシスの美しい横顔が悲しみに歪み、


宝石のような瞳から大粒の涙が溢れている姿が……




いくら野心の強い令嬢達といえど、年頃の少女だ。


二人のやり取りを聞いて、いつも完璧な微笑みを絶やさぬグレーシスのあのような涙を見てはとてもニナリアを応援できる気持ちではなかった。



ニナリアは真っ白な顔で「わ、私はお先に失礼するわ」と逃げるように去って行ったが、令嬢達は噂話や悪口など何も考えずなか自分達がしてきた事がこのように切ない二人の別れを生むとは思ってもおらず、


後味のわるい気分で俯く者と、二人の別れに涙をする者まで居た。






グレーシスは人目につかぬ所を探して立ち止まって、ユスフリードを振り返り胸に顔を押しつけた。


「しっかり泣きなさいな」



「……っ今更気づくなんて、私とても愛しているのねっ」



「ええ、涙で悲しみを洗い流せば、後はしっかりと前を向くだけよグレーシス」


「うんっ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

えっと、先日まで留学していたのに、どうやってその方を虐めるんですか?

水垣するめ
恋愛
公爵令嬢のローズ・ブライトはレイ・ブラウン王子と婚約していた。 婚約していた当初は仲が良かった。 しかし年月を重ねるに連れ、会う時間が少なくなり、パーティー会場でしか顔を合わさないようになった。 そして学園に上がると、レイはとある男爵令嬢に恋心を抱くようになった。 これまでレイのために厳しい王妃教育に耐えていたのに裏切られたローズはレイへの恋心も冷めた。 そして留学を決意する。 しかし帰ってきた瞬間、レイはローズに婚約破棄を叩きつけた。 「ローズ・ブライト! ナタリーを虐めた罪でお前との婚約を破棄する!」 えっと、先日まで留学していたのに、どうやってその方を虐めるんですか?

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

処理中です...