上 下
37 / 42

ローズドラジェ公爵夫人

しおりを挟む


ローズドラジェ夫人、彼女を知らぬものなど居るだろうか?


元より有名人であるローズドラジェ公爵ことリジュ閣下と、高貴な血族でありながら温厚で中立派を貫く家門の伯爵令嬢、エルシー嬢。


まるで正反対の結婚だと皆が思ったーー。



陽の光のようなあたたかさを持つエルシー嬢の瞳はそれこそ青空のようにキラキラと輝いていて、

強気でありながら嫌味を感じさせない、品のある立ち振る舞いは多くの男たちを虜にしただろう。


外見の美しさだけでなく、心の美しさこそが彼女が老若男女愛される理由だった。



それに相反してまるで国宝級の宝石を月明かりが照らしたような瞳の輝きと、妖艶さを放つリジュ閣下はいけないと分かっていてもつい、手を伸ばしたくなるような危険な魅力がある人だ。


その冷酷ささえも美しいと思ってしまうほどの容姿と、カリスマ性が神から与えられているのだ。


そして、人々を跪かせる強さを神に与えられた人ーー。


けれど眠ってしまってはその力は無いも同然。



まるでそれを補うように気丈に振る舞うエルシー夫人は表面上だけではなく、実際に日々ローズドラジェ夫人として成長しているように見える。


だからこそ、いつかエルシー夫人は捨てられると予想し婚期を逃してまで待ち望んでいた男達は徐々に焦っていた。



彼女がローズドラジェらしい振る舞いを夫の代わりに身につける前に、もしくは万が一リジュが起き上がってしまう前に、エルシー夫人を振り向かせなくてはと躍起になっている最中だ。



自分自身は妻一筋である上に、大した家格でも無い、しがない男爵家の次男なのでその争いに身を投じるつもりはないが、側から見ても国中の者たちがローズドラジェ夫妻の行く末に注目しているのは分かる。



今日もまた、とあるチャリティーパーティーに参加するエルシー夫人を守るようにごく自然に囲むリジュ公爵の取り巻きの令嬢達。


それでも尚、人を掻き分けてエルシー夫人に近寄ったのは早くに妻を亡くしたビルフェル侯爵であった。


王宮でも徴税官として役職を持つ貴族でもあり、変に刺激したく無いというのが貴族達の本音だろう。


その空気を読み取ったエルシー夫人は周囲を固める令嬢や他の夫人達を下げて一人で女好きで有名なビルフェルの前に立った。



「ローズドラジェ夫人、お久しぶりですな」

「そうですね、ビルフェル侯爵」

「リジュ閣下の具合は如何ですか?」

「顔色が良いので安心していますわ」




やけに距離を縮めるビルフェル侯爵にまるで、閣下が帰って来たのかと思うほどの艶のある冷ややかな声で牽制した。





「挨拶が終わったら離れては?」




(一緒、リジュ閣下かと……)


それでもやはり、彼女はリジュ・ローズドラジェでは無い。




「まぁまぁ、閣下が眠られて長い。気疲れしているのでは?」

「そんな事は無いわ」

「彼方の休憩室でーーー」



ビルフェル侯爵の肉付きの良い浮腫んだ指がエルシー夫人に触れようとして、女性達が間に入ろうと身動きするその瞬間は緊張からかスローモーションに感じた。




「彼女に触れるな」



爛々とした金髪、よく通る綺麗な声。




(ああ、そうだ。もう一人居た彼女を守る人が居たな)



「エルディオ殿下!私は別に……っ」

「理由など要らん、去れ」

「ただ、エルシー夫人を休ませてやろうかと」

「誰を?誰が休ませると?」



殿下の静かなる怒りを含んだ声にたじろぐビルフェル侯爵。

それを冷ややかに見てから、夫人の肩を寄せるようにして庇う体勢を取ったエルディオ殿下に会場から歓声と落胆の声が沸いた。



「ディオ殿下……」

「エルシー、手助けは要らんだろうが」

「ううん、助かりました」



ふわりと笑ったエルシー夫人の表情はよく見れば確かに無理をしているようにも見えた。

ビルフェルのような男は少なくないのだろう。



「閣下とは、親友だと聞きましたが……っ?」

「? リジュか。そうだが」

「親友の妻をまさか……」




ビルフェル侯爵の声は紡がれない。

いや、紡ぐことが出来ないのだ。



会場中に張り詰めた、禍々しい殺気。



少しでも身を動かせば彼の、リジュ・ローズドラジェの刃が己を切り捨てるだろうと思わせる恐怖。


その場の全員が青い顔をしている中、


微笑んで、一筋の涙を流したエルシー夫人と嬉しそうに口角を上げたエルディオ殿下だけが彼を振り返った。



「俺とディオの友情を穢さないでくれるかな?」


「ふ、本当だな」

「リジュ……っ」



「エルシー、今戻ったよ。手放そうとしてごめんね」



「やっぱり……」彼がそう呟いた瞬間、ビルフェル侯爵は血を流す事無く崩れ落ち、身体には短剣が刺さっていた。



「エルシーは、俺のだよ」


「ああ」


「其奴は触れたから殺しちゃった」


「そうなれば私もか?」



「ううん、ディオはいいんだ」



ローズドラジェ公爵は、眠る前の彼の美しさを損なわず、本当に眠って居たのかと言うほど完璧なままで姿を現した。



いまだに動けないままでいる他の者達など気にする事もない傲慢ささえも魅力的だ。



そして頬を張った乾いた音と凜とした声。


(!?)


エルシー夫人がリジュの頬を張った。




「二度と、置いてかないで頂戴」




ふわりと優しく目尻が下がって、リジュ公爵の雰囲気が緩みやっと皆が息を吐く。


リジュ・ローズドラジェが生還したーー


この記事は明日、国中の新聞で一面を飾るだろう。




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

処理中です...