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君の強がりをもっと早く知るべきだった
しおりを挟む犬の様子が気になったのと、もしかしてエルシーも来ないだろうかと思っただけだったけど途中で通った空き部屋から聞こえる掃除中のメイド達の心配そうな声が「エルシー様」と発したのが聞こえて思わず気配を消した。
「まだ別館にいらっしゃるんですよね」
「ええ……早く仲睦まじいお二人を見たいわね」
「そうね、けれどずっとお気を落とされていたでしょう?」
「パーティーからお一人で戻られた夜は涙されていたし」
「旦那様と他の女性を見るたびに唇を噛んで傷つけて帰られたもの」
初めて知った。
メイド達の口から出る言葉は知らないことばかりで、あの気が強くて優しいエルシーが手の平に爪痕が残るほど腹を立てたり悲しみで目を腫らせたり、自分が居ない日には食事を取らなかったこともあるとは知らなかった。
遅くまで帰りを待っていた事も、時には身の程を知らない女に罵倒や嫌味を受けて帰ってきたことも全部エルシーは言わなかった。
約束にたった数分先にきた女は「待ってたのよ」と言う。さらに何も無く帰れと言うと「私ずっと待ってたのに、こんなの酷いわ」と恩着せがましく変換する。大抵はそんなものなのに……
(君は暗い夜をどんな気持ちで待っていてくれたの?)
今でも偶に「何で冷たくするの?」と期待の籠った瞳を不安気に揺らせて押しかけてくる女達はいるし、そういうのを全部綺麗にしないとエルシーに中途半端な誠意で傷つけると思うから会えないでいる。
興味こそ無いとはいえ、俺の都合で期待を持たせた女達とちゃんと縁を切ること。強引に終わらせることをエルシーならきっと怒るから。
待ってて欲しいとつい考えてしまう俺の都合の良さに自分でも呆れる。
「でも、奥様に手紙が沢山届くのよ……」
「パーティーとか茶会?」
「それもあるけど、デートの誘いとか、贈り物まで」
「えっ!?旦那様は知ってるの?」
「分からないの……別館に旦那様はいらっしゃらないから」
「ジョン様に伝えておくべきかしらね……」
「でも詳しくは分からないの、奥様の身の回りのことは主にレビィがするし口が堅いから」
「「「心配ねぇ」」」
「もう贈り物だらけで別館が埋まってしまいそうよ」
(は……?もう男達が嗅ぎつけたのか?)
男達だけでなくとも、たとえ二度目の結婚だとしてもエルシーならば息子の嫁に来て欲しいという夫人は山ほど居る。
そんな者達からの贈り物が絶えないというのならもう俺達の関係が危ういことを国中が嗅ぎつけているはずだ。
俺の次の夫になろうと独身を貫いてきた男達は「やっとだな」と自分の出番だと息巻いている筈だ。
もし、誠実で素直で優しくて有能な……そんな男が居たらエルシーは……、
(いや、俺より美しい男なんて居ないし……エルシーを守れる奴なんて…)
「王太子殿下の恋人を名乗る方からも招待状があったらしいわよ」
「えっ!なんで!?」
「噂になってるんだとか……エルシー様に似合うのは王太子殿下だと」
「あ、ありえないわ!!」
「そうね、私達も奥様と旦那様が良いわ……」
思わず足の力が抜けて座り込んだ。
(エルディオ、が居た……でも、いや、無くもないな)
それに、エルディオの婚約者と言えばあの狸女。
ヘルビオ公爵家の親戚にも関わらる貴族の筆頭、ルシエラ侯爵家の令嬢。
バランスと監視を兼ねて婚約者候補として名が上がっただけの女でエルディオの婚約者どころか恋人でもないし俺が認めない。
さっさと処理してやりたいが、俺もいち貴族だから事情は分かる。
兎に角エルシーが危険だと言う事だけは確かで、俺も油断していられないことも確かだということ。
念の為に人を付けてはいるし、気に食わないがあの赤髪もきっとエルシーを護衛している。
定期的に顔を合わせているのも知っているし、エルディオとも顔を合わせているのは知っている。
そして、雇用主、所謂お金の出所がエルディオからエルシーへと正式に移った事も知っている。
身の安全が保障されようと、心に傷を負う可能性だってある。
(あの狸女に会わないと)
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