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知るべきでは無かったのかもしれない
しおりを挟む知って尚、安堵した私はやっぱりどこか可笑しい。
適齢期にあれほど人気が無い令嬢は珍しかっただろう。
私は時々変わった人に好かれて危険な目には合ったけれど、リジュ以外に告白をされたことは一度もない。
そのことについて特に不満はない。
むしろ学園内では珍しく特別な才能も素晴らしい容姿も持たない私に親切な友人達は多くて幸せな学園生活だった。
ただ相手が見つからないことは貴族の娘にとって絶望的だと危機感は感じていたが、それも家門を思ってのことだった。
適齢期になれば嫁の貰い手が絶望的な令嬢なんて貴族の中では格好の噂の的になる。
穏やかな父と母、そして平和な家門。それを私の噂なんかで荒立たせたくなかったから婚約者すら居ないことを本格的に「まずい」とそう思っていた。
それに、私の好きな人はあのリジュ・ローズドラジェなのだ。
叶うわけがない、せめて愛せそうな人と出会えればいいな。
あの頃の私は卒業間近にそう考えていた。
進展がないまま、縁談の話が出ては次々と消えて行った……
それが全部、意図されたものだったなんて……
季節の境には何故か少し新しいものが欲しくなる癖があって、とんでもない贅沢はしないけれど街をふらりと見て回るのは好き。
今日は何もない日だったので気分転換にと侍女達と街に来たけれどそれが間違いだったのだ。貴族の通う店が多いこの辺りでは勿論貴族の噂も沢山飛び交う。
その中でもローズドラジェの話は特に多くてどこに行っても良い噂から悪い噂まで私達の話で溢れかえっている。
大抵がよく耳にするものだし気に留める事も無かったが、つい癖で目に留まったリジュがよく似合いそうなカフス。
吸い込まれるように無意識に踏み入れた紳士服店。
入ってしまったのだから仕方がないかと決心したところで、
店主に顔を見るなり奥の部屋に通されて目当てのものを伝えると、愛想良く「準備してまいります」と部屋を出た店員を見送った。
暫くすると他の客だろうか微かに聞こえる話し声。
「聞いたか?」
「ローズドラジェ夫妻の事か?時間の問題だろうな」
(もう、そんな噂になっているのね)
「でも手放すかな?あのリジュ様だぞ?」
「いやどう見ても……」
「俺っ、学園の同級生だったんだリジュ様と……」
その後の話はエルシーにとって衝撃的だった。
「エルシー様に縁談を持ち込んだ家門には圧力をかけて、学園では男達を牽制してた……俺も酷く冷たい声で手を出せば殺すと……だからリジュ様が手放す訳がない、そんな噂は信じられない」
「まさか!あの色男だぞ、浮気だってしてる」
「いや、ありえないよ。エルシー様達が入学してから暫くしてすぐにリジュ様はエルシー様の周囲を囲ったんだから」
(ーーっ!!)
知らなかった、知る由も無かった。
だってそんなに前から私は彼を知らない。
その頃の私にとってリジュ・ローズドラジェは文字でしか見たことのない高貴な人だったのだから。
「だって、そんなの可笑しいわ……」
「奥様……、ただの噂ですよ!」
「そうよね……まさかね」
でも最初から最後まで、彼に意図して誘導された出会いだったら?
ずっと冴えない学園時代を送っていたのは、彼がそうしていたのだとしたら?
別に、だからと言って問題がある訳じゃないけれど……
(そんなのはおかしいよ……)
「俺の従兄弟だって、エルシー様に迫って後で痛い目に合った」
「その話は聞いたことあるな、確か失礼な事をしたんじゃないか?」
「けれど怖いのは、リジュ様がわざわざ自ら会いに来た事だよ」
いけないと分かっていても聞き耳を立ててしまう。
酷い目に合ったという人には同情しながらも、自分の知らないリジュを貪欲に知ろうとしてしまう。
「リジュ様はエルシー様に少しでも触れた者は、自らの手で確実に痛めつけるかもしくは……消した」
「「!!」」
「お、お前、不敬だぞ~!ただの噂だろ」
「そうだよ!そんな事できるわけ……」
「「「……」」」
黙り込んだ三人の子息達の雰囲気で感じ取る。
彼なら出来る。噂や、冗談じゃない本当の話なんだ。
けれど恐怖や怒りは意外と湧かない。
心臓が立てる音とは対照的な、もっと穏やかな、
ああ、これは……安心?
一方通行では無かったと、愛されていたんだと思う安堵。
きっと知らない方が良かった筈なのに、
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