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ローズドラジェ公爵の溜息
しおりを挟むエルシーが別邸に戻った後、消化されない気持ちと自分への苛立ちを持て余している。丁度今日は男達の「息抜きの日」だがリジュは別に今までそれを楽しみにした事は一度もないしただ付き合いと情報収集で行っていただけだった。
(まぁ、紳士クラブもたまには良いか)
アカデミー時代の同級生や、その他様々な身分の年齢の近い男達が社交の場として開くこの定期的な集まりが初めて楽しみだった。
それくらい今は一人で居たい気分ではなかったから。
エルシーの居ない本邸は驚くほどに静かで寂しい。
一見完璧なうちの使用人達も心なしか元気が無いように見える。
勿論エルシーが本邸に毎日来ているのは知っている。
公務だったり一番は犬に会いに来ていること。
室内からも中庭からも直接出入りできる犬のための特別な部屋を作ったのはエルシーの初めての我儘だった。
(あれは犬ではなくオオカミだが)
一日に一回はそこで過ごすことも知っているし、一緒に寝ない事が多かった所為かエルシーの隣の枕を猫達が毎晩陣取っているのも知っている。
なので別にリジュに会いに来ている訳ではないのだ。
そうやってエルシーが段々と自分が居なくても平気になっていく姿が寂しかった。けれどそうさせてしまったのは自分自身なのだ。
慣れてしまうほど傷つけていたなんて思いもしなかった。
嫉妬を露わにするエルシーに味をしめて、また嫉妬して欲しくて俺の事で頭を一杯にして欲しくてだんだんと見せつける回数が増えるとエルシーは反対に表情を歪める事が減っていった。
だからまた気持ちを確かめたくて繰り返してもっと過激に……なんて身勝手で稚拙な悪循環だろう。悪いのは全て自分では無いかと眉間を押さえた。
支度を終え大きな鏡に映る自分の姿を見て溜息を吐く。
(これが、完璧?)
美しいことはもう三つの頃から自覚しているし、仕事にだって手を抜かない。けれどリジュ自身には彼の槿花色の髪よりエルシーの白金の髪が美しく見えるし若紫色の瞳は濁って見える。
(澄み切った碧……)
自分のものとは違う血に染まった事のない清廉さが光る白い肌と桃色の頬、馬鹿ではないが悪意には程よく鈍くて心優しいエルシーをリジュは神が造った最高傑作だと賞賛している。
エルシーがリジュの容姿を称賛し、それ以上に彼の中身を愛している事は知っているがきっと彼女はこの容姿が無くても愛してくれた筈だ。自分が誠実であれば。
そもそもエルシーが自分の中身を褒めてくれる言葉のどれもがいつも受け取って良いものか戸惑うほどで、そのまま自分が彼女によって良い人に造り替えられられてくれたらいいのにとも願った。
「はぁ……行くか」
相変わらず少し暗めの照明にシックな雰囲気。
落ち着く場所ではあるのだが、気に入らないのは煙たい煙草と時たま見かけるタチの悪い輩。
貴族とは思えない下品な振る舞いにはウンザリするし、男ばかりだとやはりする話は金と女の話で遠くから聞こえる「エルシー夫人」なんて言葉には苛立つこともある。
いつ別れるのか賭けているのも気に食わないし、女達は最近男達とは逆の賭けを始めたらしい「リジュ様がいつエルシー様に愛想を尽かされるか」だ。
「は、馬鹿らしいが女の方が鋭いな」
「何がだ?」
「王太子が度々こんな所に来て良いの、ディオ」
「私も王国の紳士だろ?それにお前が誘った癖に」
エルディオの顔を見てホッとすると同時に少しだけ乱れた前髪が気になる。
そう言えばさっきからぱたりと「エルシー」と聞こえなくなった。
見渡せば怯えたように此方を見る一部の男達。
慣れた視線だが今日はどうしてかエルディオに向けられていた。
「自ら手を?」
「疲れた顔をしているぞリジュ」
(エルシーじゃなくて、俺の為?)
「……ん、実はかなり参ってるんだ」
「きっと彼女も悩んだ筈だ。償うなら一生かかるかもな」
「……! そうだな、何急いでんだろ」
「ふ、飲もう。仕事の話もあるぞ」
「例えば俺が先に死んだら、エルシーのことはディオに任せるよ」
「お前がヘマをする筈は無い。余計な事は考えるな」
「でも、惚れてるでしょ?」
透き通る若紫色、その奥は深い。
エルディオの体感は時が止まったようだった。
怒りでも、殺意でもない。いつも他の男達に向けるどの怖い表情でも感情が抜け落ちたようないつもの顔でもない。
(嫉妬、だ……)
「お前、私をライバルだと認識してるのか?」
心底驚いたような表情のエルディオにリジュもまた驚く。
「やっぱりね……君が本気なら俺は負けちゃうだろ」
「は?そんな訳……」
「他は俺が完璧だけど、ディオは誠実でいい人だから」
(エルシーに先に出会ってなくて良かったよ)
「横恋慕するつもりはない。それにエルシーは……」
深く思慮するような格好で数秒、その後ゆっくりとリジュを見て笑った。
思わず綺麗だと思った。羨ましいなんて初めて感じた。
「その禍々しいほど愛に燃える若紫色の瞳以外には惹かれないだろう」
「……そっちの可愛い唇にも?」
「可愛いはやめろ。キスもきっとお前が上手いだろう」
「……チクリと刺すのやめてよね」
焦って取り戻そうなんてそれこそエルシーの気持ちを無視していたんだと気付けてよかったと思った。
うっかりしてると彼に奪われそうで、けれどちゃんとエルシーを見ろと訴えかけるエルディオの深い青の瞳は俺だけを見ている。
大切にされるってこう言うことなんだとふと気付く。
エルシーに、エルディオこの二人から与えられる無償の愛情に今まで気付かずに居ただなんてとてつもなく自分が無能な人間に思えた。
「そんな顔するな、普通の人間にみえるぞ」
「ディオってやっぱり酷いよな」
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