離婚届は寝室に置いておきました。暴かれる夫の執着愛

abang

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考えるほど深く嵌る

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彼と別れる為には今がチャンスだった。

どうして畳みかけるように責めて、もう終わりにしようと言わなかったのか?そう聞かれると答えは「わからない」としか答えられない。


リジュのあんな怖い表情は初めて見たので少し動揺してしまったというのもあるし、彼のいつも余裕のある表情が、まるで嫉妬にでも狂ってしまったかのように歪んで他の何かを一緒に孕んだ瞳で私を見下ろしていたから。

それが愛だったらいいのにと願ってしまった自分の弱さに疲弊する。



それに、驚くどころか手首から甘く痺れるような変な感じがした私は救いようもないほどリジュを愛しているのだと自覚するしか無かった。

けれど彼と私の愛してるの大きさは違う。

なのに私は彼以外からそれを望まないし、今までだって望んだことは一度もない。



(消耗するばかり。これじゃ……一方通行ね)


彼から逃げる事は出来ても、彼への恋心を捨て切ることはきっとできないだろう。


興味が無いなら何故あんなに怖い顔をするの?

物足りない妻なら何故、何故嫉妬に瞳を染めるの?

所有欲か、プライドか、彼の考えている事など分かる筈もないが確かに見えたリジュからの執着心に心を乱されている私が酷く嫌いだ。


(落ち込んでちゃ駄目よね)


ふと追ってくる足音に胸がざわりとして鼻がツンとする。

どくん、どくんと心臓が足音に合わせて音を鳴らせて、彼が来たことに嬉々とする。


こうやって一喜一憂することに疲れた筈なのに、やめようと考えるほどにリジュの事が浮かぶのだ。



「リ……」

「ごめんね、リジュじゃないんだ」

困ったように笑う彼。

エルディオ殿下のこの言葉を聞くのは二度目で、凄く失礼な事をしてしまったという罪悪感と自ら退出した癖にリジュが追って来てくれたのだと考えている浅はかな考えがバレてしまった事に思わず表情を歪めた。

それすら見透かして気遣うように視線を逸らしてから「タイミングが悪かったな」と申し訳なさそうにするエルディオ殿下にさらに申し訳なくなった。



「いいえ、すみません。見苦しい上にご無礼を致しました……」

「いや。無礼は無かったよ」

「あの……お気遣い下さったのなら大丈夫ですよ」

きっと笑えていないと自覚しているが、他人である彼にこれ以上気を遣わせる訳にはいかないし今の私にはこうしてただ笑って誤魔化すことが精一杯なのだ。

「ただ心配になっただけなんだ、リジュは追わないんじゃなくて追えないから理解してやって欲しいんだ」


「……」

「出過ぎた真似だが、君に泣いていて欲しくない」


「やっぱり、殿下はお優しいですね」


「ーっ、エルシー……」


頼りなく笑ったエルシーに思わず手を伸ばしかけたその時にぶわりと一帯を覆うような、まるで此方に鋭く飛んで来るような殺気に鳥肌が立った。




(リジュか)


「ーっふ、何……!?」


突然腕を引かれてバランスを崩すと硬直していたエルディオが目を見開く。


不安げな、それでいて怒っているようなリジュの低い声が耳元で囁く。


「許してくれなくてもいい、けど離れないで」


そんな都合のいいことをこの後に及んで何をとリジュを振り返ろうとすると首元にチクリと痛みが走ってそのまま彼の歯が食い込んだ感触がした。


「いっ……!!」

「リジュ!!」

がしりと歯がちゃんと食い込んで強い痛みが首元をジンジンと襲う。

エルディオ殿下の制止する声がやけに焦っている。

無意識に出た涙が溜まって、掠れた声で彼を呼ぶのが精一杯だった。

時々彼は大型犬のように身体に歯を立てるときがあるが甘噛みのような緩いもので血が出て跡が残るほど深く噛んだ事などない。

それだけで近頃の彼がどこかいつもと違うことが分かる。



まるで光を失ったかのように私を見るリジュが少し怖くて、どこか危うげだと思った。


「リジュは、どうしたいの?」


思ったよりも冷たい声だったけど、震えることは無かった。


ハッとしたように光を取り戻したリジュはエルディオ殿下を気まずそうに見た後に「嫉妬した」とだけ呟いて崩れる様に私の肩に顔を埋めると弱々しく呟いた。


「ごめん、エルシー。俺はどこか可笑しいんだ」



親友でもある筈なのにまるで彼の弱さを初めて見たかのように大袈裟に驚くエルディオ殿下は立ち去ることも出来ずに視線を彷徨わせ、


当の私は気の利いた言葉も、彼にぶつけるべき感情も今は何も思い浮かばない。


「リジュ、血が付くわ」


この場においてはどうでもいい筈のことだけがやけに気になって、

彼の上質な服や、白い肌を汚してしまうことが嫌で逃げるようにそこから逃れることだけを選んだ。


「治療を受けなさい、リジュは私が……」

そう言うものの何処か恐る恐るリジュの顔色を伺うような様子に不安を感じて、これ以上夫婦の間に巻き込む訳にはいかないと申し出る。



「エルディオ殿下、ありがとうございます」

「ああ……任せて」

「けれど、夫が少し疲れているようなので私達が失礼しても宜しいですか?」


エルディオ殿下がチラリとリジュへと諌めるような視線を向けた後、リジュが緩く頷くのを確認してリジュの手を引いた。




「ディオ、ごめん」

「いいんだ」

(私こそ、すまないなリジュ。一瞬考えてしまったんだ……)

私ならこんな顔をさせないのにって。

これは口に出す事は死んでもないだろうなとエルディオは自嘲した。











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