16 / 42
俺の知らない君
しおりを挟むホワイト夫妻の首かと尋ねたエルシーの表情は想像とは違った。
怯えた風でもなく、悲しそうに慈悲の視線をこの首に送ることもない。
ただ澄んだ瞳で真っ直ぐと俺を射抜いた。
(エルシー……君は、こんなにも強い人だったのか)
ディオの視線が此方をチラチラと彷徨うのが見て居られない。
「そうだよ」そう言った俺に君は怒るの?
「リジュ、答えて」
「そうだよ。君を攫わせた黒幕が彼女達だからね」
まるでやむを得なかったんだと訴えるように伝える俺に返ってきた言葉は「そう」とだけだった。
貴方に責任は無いのかと問う事はしないエルシーの思考はきっと、当然に俺が負うべき責任は自分のものでもあると考えているからだろう。
良好とは言えない今、さらにこの状況でまだエルシーがそう思ってくれている事が嬉しいのと罪悪感とでぐちゃぐちゃになりそうだ。
ディオのエルシーを見る瞳は憐れむような心配するようなもので、他の男ならともかく彼だけは俺の好敵手になり得ると考えているからこそ焦燥感が煽られる。
「この人達は、せめて辱めず弔って欲しいわ」
「憎くないの?」
「それは、貴方と寝た事に関して?それとも拐われた事?」
「ーっ、エルシー……それは」
「……実際には何も傷を負っていないし、良い出会いもあったわ」
ぴりっと変わった空気感に、エルディオは冷や汗が背を伝うのを感じた。
「リジュ……」
「良い出会いって?」
イカれてる。
彼がそう表現するしかないリジュの雰囲気、完全に病んでいるし言葉の節々に見える嫉妬と灰暗く濁った瞳に映る執着心。
見下ろされたエルシーはそれにこそ気づかないがリジュの異様な雰囲気を感じ取って後ずさる。
「まさか、あの騎士崩れの事言ってるの?」
「彼は有能よ」
「ーっは、俺が居て彼が居る?」
「貴方が余所見ばかりしてるからこうなったんじゃない?」
正直驚いた、エルシーがこんな風にリジュに言い返すだなんて。
けれどリジュの反応を見るに特に驚いた様子は無い。
図星を突かれて苦い表情こそしているが別にエルシーが言い返すことを意外に思っていないようだ。
"思い通りに行かない人だよ、彼女は"そう愛おしそうに言っていたのをふと思い出した。
弱々しい世間知らずの令嬢などではない、彼女は強くて自由な女性なのだと初めて知って心臓がまた大きく音を立てた。
(どうかリジュに聞こえませんように)
「もう余所見はしない、だからあんなのを飼うのはやめなよ」
「彼は騎士で傭兵団長よ。別に夫でも愛人でもないわ」
「当たり前だろ、愛人?そんな事があったらーーー」
(殺してやる)
リジュの口から漏れるその言葉をエルシーに知られてはいけない気がした。
エルシーに惹かれているからと言って別に二人に崩壊して欲しい訳じゃない。きっとエルシーはリジュを愛しているし、だからこそ幸せになるべき人との幸せを応援したいのだ。
「リジュ、やめろ!」
「……ディオ」
「エルシーも少し落ち着きなさい」
「はい……お見苦しい所をお見せしました」
彼の狂気を知らない。
知れば彼の愛を知ることになるが
それはリジュの愛に囚われるとも同意義。
二度とリジュはエルシーを離さないだろう。
(もしコイツの狂気を受け入れられない場合はどうなるんだ?)
予測の出来ないことに巻き込まれては困るし、決断するに今ふたりはすれ違い過ぎているだろうと他人事なのに深く考え込んでしまった。
深く考え込む時の癖で指を組んだエルディオを見てリジュは少し冷静になる。
なぜ彼が当事者のように必死になっているのかは一目瞭然だが、それと同時に自分もまた彼に友人として想われているのだろうと思うと憎めない。
潤んだ目で睨みつけるエルシーの表情が腹の奥に響く。
こんな時でも自分だけを見つめて欲しいと、どんな感情でも彼女の瞳に映れることを嬉しく思う。
ビリビリとゆるい電撃が流れるような感覚。
どうして君はいつまでも遠いのだろう、もどかしい。
「エルシーの言う通り、俺の所為だ」
「!」
「謝罪は聞かない、許さないといけないもの」
「耐えられないんだ、エルシーを脅かす全てが、君に触れる俺以外のものが、ちゃんとできない俺自身が」
「ーっ、失礼します」
あんなにもまだ愛していると訴えかける碧い瞳を、悲しそうに揺らす君を追いかける資格すらくれない。
振り払われた手は微塵も痛くは無い筈なのにすごく痛くて、こうなるまで歪んだところを修正できない自分が情けない。
さっき二つの首を、俺の狂気を無意識に受け入れたようにエルシーが自然に俺の全てを受け入れてくれたらいいのに。
「追わなくていいのか」
「……追えないんだ」
ねぇエルシー、俺のことを許して。
ちゃんと愛するチャンスを頂戴……
愛の滲む瞳で俺を拒絶しないで
49
お気に入りに追加
1,257
あなたにおすすめの小説
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
王子が主人公のお話です。
番外編『使える主をみつけた男の話』の更新はじめました。
本編を読まなくてもわかるお話です。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる