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俺の知らない君

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ホワイト夫妻の首かと尋ねたエルシーの表情は想像とは違った。


怯えた風でもなく、悲しそうに慈悲の視線をこの首に送ることもない。


ただ澄んだ瞳で真っ直ぐと俺を射抜いた。




(エルシー……君は、こんなにも強い人だったのか)


ディオの視線が此方をチラチラと彷徨うのが見て居られない。

「そうだよ」そう言った俺に君は怒るの?


「リジュ、答えて」

「そうだよ。君を攫わせた黒幕が彼女達だからね」


まるでやむを得なかったんだと訴えるように伝える俺に返ってきた言葉は「そう」とだけだった。


貴方に責任は無いのかと問う事はしないエルシーの思考はきっと、当然に俺が負うべき責任は自分のものでもあると考えているからだろう。

良好とは言えない今、さらにこの状況でまだエルシーがそう思ってくれている事が嬉しいのと罪悪感とでぐちゃぐちゃになりそうだ。


ディオのエルシーを見る瞳は憐れむような心配するようなもので、他の男ならともかく彼だけは俺の好敵手になり得ると考えているからこそ焦燥感が煽られる。


「この人達は、せめて辱めず弔って欲しいわ」

「憎くないの?」

「それは、貴方と寝た事に関して?それとも拐われた事?」

「ーっ、エルシー……それは」

「……実際には何も傷を負っていないし、良い出会いもあったわ」



ぴりっと変わった空気感に、エルディオは冷や汗が背を伝うのを感じた。


「リジュ……」

「良い出会いって?」


イカれてる。

彼がそう表現するしかないリジュの雰囲気、完全に病んでいるし言葉の節々に見える嫉妬と灰暗く濁った瞳に映る執着心。

見下ろされたエルシーはそれにこそ気づかないがリジュの異様な雰囲気を感じ取って後ずさる。



「まさか、あの騎士崩れの事言ってるの?」

「彼は有能よ」

「ーっは、俺が居て彼が居る?」

「貴方が余所見ばかりしてるからこうなったんじゃない?」


正直驚いた、エルシーがこんな風にリジュに言い返すだなんて。

けれどリジュの反応を見るに特に驚いた様子は無い。

図星を突かれて苦い表情こそしているが別にエルシーが言い返すことを意外に思っていないようだ。


"思い通りに行かない人だよ、彼女は"そう愛おしそうに言っていたのをふと思い出した。

弱々しい世間知らずの令嬢などではない、彼女は強くて自由な女性なのだと初めて知って心臓がまた大きく音を立てた。

(どうかリジュに聞こえませんように)


「もう余所見はしない、だからあんなのを飼うのはやめなよ」

「彼は騎士で傭兵団長よ。別に夫でも愛人でもないわ」

「当たり前だろ、愛人?そんな事があったらーーー」


(殺してやる)



リジュの口から漏れるその言葉をエルシーに知られてはいけない気がした。

エルシーに惹かれているからと言って別に二人に崩壊して欲しい訳じゃない。きっとエルシーはリジュを愛しているし、だからこそ幸せになるべき人との幸せを応援したいのだ。


「リジュ、やめろ!」

「……ディオ」

「エルシーも少し落ち着きなさい」

「はい……お見苦しい所をお見せしました」


彼の狂気を知らない。

知れば彼の愛を知ることになるが

それはリジュの愛に囚われるとも同意義。

二度とリジュはエルシーを離さないだろう。


(もしコイツの狂気を受け入れられない場合はどうなるんだ?)


予測の出来ないことに巻き込まれては困るし、決断するに今ふたりはすれ違い過ぎているだろうと他人事なのに深く考え込んでしまった。



深く考え込む時の癖で指を組んだエルディオを見てリジュは少し冷静になる。


なぜ彼が当事者のように必死になっているのかは一目瞭然だが、それと同時に自分もまた彼に友人として想われているのだろうと思うと憎めない。



潤んだ目で睨みつけるエルシーの表情が腹の奥に響く。

こんな時でも自分だけを見つめて欲しいと、どんな感情でも彼女の瞳に映れることを嬉しく思う。


ビリビリとゆるい電撃が流れるような感覚。

どうして君はいつまでも遠いのだろう、もどかしい。


「エルシーの言う通り、俺の所為だ」

「!」

「謝罪は聞かない、許さないといけないもの」

「耐えられないんだ、エルシーを脅かす全てが、君に触れる俺以外のものが、ちゃんとできない俺自身が」


「ーっ、失礼します」


あんなにもまだ愛していると訴えかける碧い瞳を、悲しそうに揺らす君を追いかける資格すらくれない。

振り払われた手は微塵も痛くは無い筈なのにすごく痛くて、こうなるまで歪んだところを修正できない自分が情けない。


さっき二つの首を、俺の狂気を無意識に受け入れたようにエルシーが自然に俺の全てを受け入れてくれたらいいのに。



「追わなくていいのか」

「……追えないんだ」



ねぇエルシー、俺のことを許して。

ちゃんと愛するチャンスを頂戴……

愛の滲む瞳で俺を拒絶しないで


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