12 / 42
ホワイト夫人その者は……
しおりを挟む「その者は知ってる……っ、すぐに探せ」
いつになく狼狽えるリジュに驚いているが、それ以上に溢れ出る殺気に押しつぶされそうだ。殺気だけで人を殺せそうな彼がこうなったのには理由がある。
およそ数時間前ーー
「奥様、準備が整いました」
「じゃあ行ってくるわね」
首都のタウンハウス同士だからと侍女を一人と護衛を一人だけ連れて馬車に乗ったエルシーは招待状を持っていた。
ホワイト夫人がリジュと何度か二人で会っていたのは調査済みだ。
彼の護衛騎士達に聞けば手っ取り早いがきっと口が硬い筈なので、無理を言って困らせまいと自力で調査したが何度か二人でお茶をしたと言う事以外は掴めなかった。
けれどホワイト夫人の嫉妬に燃える瞳を見て確信する。
夫人がリジュ様と発する甘い声も、心の中で思い出しているかのように閉じる瞳もエルシーのよく知る彼に恋する女性達の姿そのものだったからだ。
現に招待されて来た筈の集まりで初っ端から空気のように扱われたかと思えば突然「リジュ様は」と夫の話まで持ち出してくるのだからもうこれは明らかな悪意だった。
「リジュ様ったら、エルシー様お一人のものになってしまうなんてさみしいですわ」
「私もそうおもいますが、果たして本当にそうでしょうか?」
「どう言う意味ですか?」
おおよそ言いたい事は分かっているがあえて聞き返したエルシーに夫人達はニヤリと歪んだ口元を隠せていない。
「んまぁエルシー様ったら怖いわ!」
「貴族は愛人を抱える人も多いし、目くじらを立てなくても」
「妻と眠るベッドでされても?」
(この人も夫と寝たこと知ってるんだからね)
夫人達は軽く目を見開き顔を見合わせてから何かを考え込んだ。
「まさか……本命が?」
「り、離縁なさるの?」
「どなたでしたか?」
「さぁ……何か不都合があるのですか?」
(エルシー様が独身になれば私達の夫だって決して他人事ではないはずよ!)
(リジュ様に飼い慣らされているからこそ安全なのに……)
「い、いえ……これは口外しない方が良さそうですね」
「ええ、助かります」
綺麗に微笑んだエルシーに特には思惑などなく、「貴女達の思惑通りでしょう?」というただの嫌味であったが夫人達は深読みした上に、エルシーの自信からくる言葉だと受け取った。
ホワイト夫人は小さく舌打ちをして少し席を外した。
すっかり大人しくなった夫人達とぎこちない会話が繰り広げられる中、ホワイト夫人はやけに清々しい表情で戻ってくると他の者達に突然お願いをした。
「今日ここであった事はお互いの為に秘密にしましょう、死ぬまで」
(さっきの事かしら?大袈裟ね……)
皆が良くわからないまま頷いた所で「連れて行きなさい」とホワイト夫人の声と一緒に傭兵らしき男達がエルシーの頭に布袋を被せ、連れ去った。
他の夫人達は瞬時に「死ぬまで」という言葉の意味を悟り取り繕うことになった。
話せば殺す、そう言う事だった。
口にも布が噛まされて、声も碌に出ない上に手足も拘束され担がれいるだろうエルシーは視界も遮られているので此処が何処なのかもまったく分からなかった。
相当の手練れだったのと、不意打ちだったのとでエルシーの連れていた騎士もまた怪我を負った状態で転がされているのを発見し行方を尋ねた所「席を立った」と聞かされた侍女が大慌てで邸に伝えに帰ったがエルシーの行方はもう痕跡と共に消えてしまっていた。
「エルシーが消えた?お前達は一体何をしていたんだ?」
「申し訳ありませんっ……!」
「リジュ様……」
「なんだ、ジョン」
「本日奥様が参加されたホワイト夫人の茶会ですが、主催者に覚えは?」
「主催……ホワイト夫人……」
「確か、ふた月ほど前に」
リジュの瞳から光が消え、彼が自分を責めると同時にホワイト夫人への殺意が感じられた。
身を震わせる使用人達に下がれと伝えると俯いて悔しそうな震える声で命じた。
「その者は知ってる……っ、すぐに探せ」
(そんな馬鹿な事を考える奴がこの国に居たとは……俺が軽率だった)
貴族が自ら人を攫う訳がない、万が一の時に足のつく家門の騎士も勿論使わない。
「全てのギルドを調べろ、金はいくらかかっても良い」
「御意」
43
お気に入りに追加
1,263
あなたにおすすめの小説
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?
キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。
戸籍上の妻と仕事上の妻。
私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。
見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。
一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。
だけどある時ふと思ってしまったのだ。
妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣)
モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。
アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。
あとは自己責任でどうぞ♡
小説家になろうさんにも時差投稿します。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる