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47.悪夢が吉夢か
しおりを挟む冷たい床と硬いベッド。
時々身動きする看守の物音は落ち着かないし、ずっと着たままの自分では着ることも脱ぐこともできない背伸びしたドレスが重くて寝辛い。
ありもしない罪を裏付ける多くの貴族達の証言と、丸々としたあどけなさの残る大きな王太子妃の意味深な瞳。
(王太子妃だけじゃない……あれは)
王太子も、ジョルジオも被害者の貴族達も、そしてきっと恋人だった筈のシーエスもあの場に居た殆どの者達がエリスを選んだという事。
いっときの社交会の華と、王太子妃の寵愛する秘書ではそれはもうかなり差があるが前はそれでも私を皆が選んだ筈だ。
トリスタンもまた幽閉された身だが、身分も私より高い上に罪も私より軽いのできっとエリスに手出しした者の中で一番酷い目に合っているだろう私はこんな所に来てもエリスが憎くてたまらない。
それと同時に目を閉じれば、憧れだった筈のジョルジオが冷たい目をして剣を振り下ろす場面が見えてそれをシーエスがエリスを護りながら背後で嘲笑している夢を見る。
エリスへの嫌がらせやマウントは気持ちが晴れた。
本当はメイド達だけじゃ無い、お気に入りの帽子も、世話をしていた綺麗な鳥をうっかり逃がしたフリをして高値で売ったのもエリスを好きだと言う物好きを見つけては寝とったのもただ窮屈な貴族社会での憂さ晴らしのようなものだった。
「シーエス……っなんで……っ」
やはり彼を想うと涙が出て、直ぐにジョルジオの瞳を思い出して身震いする。
本当に物を私に盗まれた訳でも無い癖にジョルジオと同じ瞳で見下ろす王太子の瞳も、セイランの透き通るまんまるの瞳も全てが恐怖として瞳の裏に映っていた。
余罪や、家門との関連性の有無を調べる為にという名目上の調査が何度かあるらしいが鎖に繋がれて歩く王宮は辛くて恥ずかしいだろう。
(エリスは久々にちゃんと眠れてさぞいい夢でしょうね)
その思考は見事的中していたようで、数日後の調査の際にジョルジオとすれ違ったエリスはとても顔色が良かった。
すっかりエリスにまで心酔したような顔で彼女の護衛騎士として寄り添うシーエスに呼吸がし辛い。
エリスを睨みつけると、庇う様に前に出たシーエスに胸が締め付けられてからジョルジオが振り返ることでついに震えがまた出てしまった。
「大丈夫ですか?」と甲斐甲斐しくエリスの世話をするシーエスにひとつふたつ指示したジョルジオに「ジョルジュ、無理しないで下さいね」と言ったエリスとは一度も目が合わないと思っていたが、去り際にぴたりと合わさる琥珀色の瞳が罪悪感か何かに揺れて、その純粋さに更に苛立った。
「クソ女」
「……!」
少し驚いた様子だったが、すぐに自嘲気味に笑ってひどく似合わない悪い顔をしたエリスはそれでも美しかった。
「そう言ってくれると、罪悪感が消えるわ」
気まぐれにエリスに優しく接した時もあったので、どこかで親友の顔のロベリアに罪悪感を感じていたのだろうエリスに縋るべきだったと直ぐに後悔したが、もう遅かったようだ。
「え、エリス!違うのっ!ちょっと気が立ってて……!」
「私の助けは要らなかった筈でしょ」
「状況が変わったの!これじゃいつか私死んじゃうわ!」
「メイド達は命を乞うたのかな、ロベリア」
「ごめんなさい!ただストレスが溜まってたの」
「私も、そうかも」
戯けた様な、けれど確実に怒りを含んたエリスの口調にジョルジオは吹き出すように少し笑って「エス、頼んだよ」と微笑むと私を連行する騎士達にも合図した。
「唯の気の強くて我儘な親友だった瞬間のロベリアは嫌いじゃなかった。だから突き放せなかったのかもしれないわ」
「エリス……っ!だったら!!!」
「それすらも今、利用しようとしたでしょう貴女」
「!」
(ああ……この女がこんなにも聡いとは思ってなかったわ)
「なるべく、苦しまずに償わせてあげて下さい」
「……エリスは優しいね」
(こいつら、狂ってるわ!)
「ジョルジオ様に毒されてはいけません、エリス様」
「そんなつもりじゃなかったのだけど……エス」
どうか今日だけでもエリスが死んだ奴らの悪夢にうなされますように。
「あんた、夢にメイドは出てこなかった?恨んでた筈だけど」
「ーっ、とてもいい夢を見たわよ」
「俺と一緒だったからね」
悪夢を見続けるのは私だけかもしれない。
そんなことがとても怖いのは、何故だろう。
エリス、あんたが愛されてる事が吐くほど嫌だわ。
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