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37.触れたが最後

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幸せだなとか穏やかだななんて思いながら毎日過ごすのは幼い頃ぶりで、すっかりともうこの日常に浸りつつある。


お兄様の眉間の皺も心なしが薄くなった気がして、父と母はまさかの新しい婚約者の名があまりに大きすぎる所為でバタバタとしているようだったが彼はきっととても優しい人で気難しい訳じゃないから大丈夫だと何度も伝えてやっと落ち着いた。



前のような陰口はもちろん、あからさまな悪口だったり仕事を邪魔されるような事が無くなってこれに関しては意外だった。


ジョルジオ程人気のある人ならばやっかみのひとつやふたつ、何なら張り手くらいは貰う覚悟をしていたのだが案外そんなことは無くてエリスは少し安心していた。


それに関しては実はただ単にエリスがあまりに美しすぎた所為で皆「これでは敵わないじゃないか」としぶしぶ諦めただけなのだがそれをエリスが知る由もなくただ「皆優しいのね」と一人納得している。



それと同時にエリスは反省もしていた。



服装や髪型、エリスにとっては些細なことのつもりだったがそれを変えただけで意図せず周囲からの扱いがガラリと変わった。


いくらトリスタンに強いられていたとはいえども、


あのような格好をしていたから侮られていたのだと知ると、仕事に関しても令嬢としてもやはり装いは武器の一つで整えておいて損はないのだと学んだ。


それ故これは全て自分の怠慢が起こした出来事だったのかもしれないと、深く反省し、更に今はまた別の感情が芽生えていた。



ジョルジオと並ぶ為に美しくなりたいと思う初めての気持ちだった。


彼にそう言われた訳でも、誰かに釣り合わないと言われた訳でもないのに自主的にそう思ったのは初めてだった。


好きだなと思うドレスを着れば、ジョルジオは好きだろうかと想像しもっと美しくなりたいという向上心が芽生えた。


ドレスや装飾品を選ぶのも、お化粧も、全て楽しいと感じてこんなにも素晴らしいことを知らなかったのかと惜しくなる程だった。



仕事も捗るうえに驚くほど平穏な日々で、セイランだったり、母だったりと買い物やお茶をする時間も出来て時々護衛を連れて一人でも街に出ることもある。


そんな時に事件は起きた。


大きい店ではないが、センスが良くてお気に入りのブティックからの帰り道だった。

護衛を二人と馬丁、エリスの乗った馬車を暴漢が取り囲んだのだ。


けれども幸いジョルジオが付けてくれた護衛は精鋭で未遂に終わり無事に屋敷に戻る事が出来たものの護衛からの報告ですぐに一連の出来事はジョルジオの耳に届くととなった。



「ーエリスッ!!」

「ジョルジュ……」


念の為にと部屋で休養するエリスをすぐに訪ねたジョルジオを案内したケールは初めて見るジョルジオの慌てた様子にとても驚いている。

ジョルジオが取り乱した事など今まで一度たりとも見た事がない。
それこそ戦でレイヴンと少数だけで孤立してしまった時も、公務で予期せぬトラブルがあった時もいつも淡く笑みを浮かべながら淡々と解決するだけだったのに、眉尻を下げてエリスをぎゅっと抱きしめた彼はまるで別人のようだ。


「無事で良かった!」

「ありがとう御座います、私も少しなら戦えるんですよ?」


「ふふ」と困り顔で微笑むエリスはきっともう散々ケールに心配と説教をされたのだろう。それならばもう言う事はないと滑らかな白い手の甲を親指で撫でながら愛おしそうに、心底無事を安心したように微笑んだ。


「それでも、危険な事はしないで……」

「わかりました。来てくれてありがとうございますジョルジュ」

「団長、エリス。茶の準備をさせますが如何ですか?」

(お兄様、話があるって顔ね……)

「頼む」

「お兄様、私が淹れてくるわ頭が冴えるように爽やかなのを」


「!」

「ふふ、俺のエリスは本当に有能だなぁ」

「妹は賢いので。それに団長のではありません俺の妹です」

「俺の婚約者なのに?」

(もう二人ともまた始めてしまったわ)


少し笑いながらお茶の準備をしに一旦部屋を出てメイドに声をかける。


「お茶なら私共が……!」

「仕事の話があるの、準備だけ手伝ってくれる?」

「わかりました!」

(お嬢様はすっかり敏腕秘書官の顔が板についてご令嬢らしくない所もあるけれどとても尊敬できる方だわ)



仕事ができるだけではなく、令嬢としての所作も優雅で、使用人達にも気遣えるエリスが邸の使用人達にとても慕われているなんて本人はきっと知らないだろう。

正式に筆頭秘書官となった上に、セイランの腹心であるエリスが整理された王宮の使用人達にまで慕われるようになることは本人どころかまだジョルジオですら知らない。



「で、ケール。犯人の見当がついているんだね」

「はい。ですがまぁ……想像がつく相手でしょう」

「どっちだ」

「ミナーシュ嬢の方です」

「そうか。俺に任せて」

「何か手が?証拠の裏付けはもう既に初めています」

「ああ、もう手は打ってある」


部屋の温度が幾らか低下したのではないかと思うほど冷たい笑みを浮かべたジョルジオに思わず息を呑んだケールだったが「お待たせしました」とメイドと共にお茶を運んできたエリスに百八十度表情を変えたジョルジオの方が怖くて身震いした。


(触れたが最後、団長の怖さをまさか知らないのか)









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