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15.慣れとは恐ろしいもの

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「やっと纏まったわ!」

顔を合わせて早々にそう言って花が咲いたような笑顔を向けたのは、エリスの愛らしくも尊敬する直属の上司、セイラン王太子妃。


「纏まった、とは?」


立場上、一秘書ではあるがエリスを最側近として扱うセイランがエリスの知らない仕事をするのが珍しく、内容が分からなくて首を傾げたエリスは今は眼鏡を外しており、潤って輝く瞳がセイランを不思議そうに捉えている。


(やっぱりとても美人ね、眼鏡をどうにかやめさせたいわ)


「前に、秘書室を見直すと言ったでしょう?」

「そうでした。先輩方より先に聞いてしまっても良かったでしょうか」

「いいのよ!仕事をしない方々には退場してもらう事にしたの。貴女が秘書長よエリス」

「……!」

「力不足だとか言わないで頂戴。これは公平な人選よ」



「それに、今までだって私の側近のようなものだったじゃない」と少し悪戯に笑ってみせるとエリスはハッとしたような表情をする。


表立っては一秘書であったが確かに彼女の側で密かに仕事をこなして来たことは事実でそれ程の信頼を寄せていると言う事を負担に思わず、エリスは光栄に思ってくれている様子だったし、

間違い無く、誠実にかつ完璧にこなしてくれている。


彼女達はジョルジオだったり、その他の高位貴族だったり、あわよくばレイヴンだったりとお近づきになる事が目的のようで、王太子妃に寄り添わなければならない立ち位置なんて全く望んでいないし、

執務だってろくに出来やしないので、その点ではエリスが側近でいてくれて寧ろ助かっているといった感じだったのだ。


けれどいくら他の秘書達が仕事が出来ないとはいえ、あまりにも自然にセイランの側近をしていたことに今気付いて驚いた様子に少し笑いが溢れる。



「周知の事実だったのに、今更ね。ふふっ」

「……見に余る光栄です。今まで通りセイラン様に忠義を尽くします」

「もう、真面目なんだから。けれど頼りにしてるわエリス」


深く腰を折って頭を下げたエリスに微笑んだセイランは、少し考えてからため息を吐く。「何か不備があったか」と言うような表情で顔を上げたエリスに「違うのよ」と呟く。



「今日はこれからジョルジオの所に、貴女を貸さないといけないでしょ」

「あ」


セイランは辞令に荒れた果てに、エリスがの矛先になるのを回避する為に、日頃からエリスはエリスはと煩いジョルジオの手伝いにエリスを今日派遣する事にしたのだが、


その代わり、セイランの側にエリスは居ない上に、新しい秘書官達はまだ今日は来ない為に秘書室の仕事は滞るのだ。


仕事に未練などない癖に、王宮で高貴な男達の中から婿探しをする権利を失うのが嫌で、甲高い声を上げて「何でクビなんですか!!」と騒ぎ出すだろう、男を追う事しか頭にない令嬢たちを想像して頭を痛めていた。



セイランの顰めっ面に少し笑うエリスは綺麗で、部下でもあり姉のような存在でもあるエリスはセイランの精神的な支えでもあるのだ。



「やはり、今日は秘書室にいた方が良いのでは?」

「ううん!行ってきて頂戴!」

(私がエリスを守るのよ。それに……)

「ジョルジオが煩いのよ……」

「余程仕事が捗っていないようですね」

「そうじゃないと思うけれど……」



ジョルジオは確かに騎士団団長と公爵業を両立させている上に、王族という立場上レイヴンと行事に付き添う事も多い。

レイヴンに負けず劣らず、いつ眠っているのか?と思うほどではあるが彼は有能ある。仕事の期日を遅らせたことはないし、目の下のクマが取れていない時はあっても妥協したりミスを冒したことは無い。


それに、秘書ならちゃんと居るしエリスの兄のケールも副団長として有能であることはレイヴンから聞いて知っている。


(仕事が間に合わない訳じゃないと思うんだけどなぁ)


「ジョルジオとの仕事はどんな感じ?」

「執務室で、割と穏やかな雰囲気で黙々とという感じです」

「他の方たちは?」

「いえ、二人ですが」

(ジョルジオ……それが狙いなのね)

「そ、そう……くれぐれも気をつけてね!エリス?」

「?はい。大丈夫ですよ」


本来いくら王族同士とはいえ側近を頻繁に貸し出すだなんて異例だし、

自分の秘書でもない未婚の令嬢と二人っきりで秘書室に一日中篭っていることなんてあり得ない。

けれど、セイランに忠実でかつジョルジオの奇行に慣れてきつつあるエリスはもうそれを疑っていない様子だった。


「慣れって怖いわね」

「?」

「忠実すぎるのも、嫌なら断ってね?」

「いえ、ジョルジオ様は案外良い人ですので」

(やるわね、ジョルジオ)









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