40 / 56
変わってしまった君
しおりを挟む「王妃」
「陛下……」
「少し話がある、茶を用意してあるから少し待っててくれんか」
「……分かりました」
元々野心家だった王妃が更に変わったのはルシアンが十二歳になった辺りだっただろう。
国王は誰にも聞こえない、たった一人きりの広間で溜息をついた。
手首に巻きついていたあの紋様は確かに「戒めの力」だった。
それを使える者は大陸でただ一人、聖女だけ。
ただ戒めの力は隷属させる力。ある程度の聖力の精度があってこそ格上の者を隷属させる事が出来る。
現代の聖女の力では到底使いこなせる技では無いのだ。
けれども王妃に限っては、魔力も人並み、努力と家柄の良さで選ばれた王妃であった為セリエの力でも充分に効果があったのだろう。
決して恋愛的な要素は無くとも、国王は王妃の努力家な所や野心家だが子に愛情深く大胆な性格が好きだった。
権力や、後継者問題、そんなものが心優しく勇敢だった妹の心をへし折ってしまったように妻の心もまた段々と蝕んでいった。
実の所、国王とて自らの立場の所為で妹や妻を変えてしまったのだと参っていたがだからといって立ち止まる訳にはいかなかった。
そこで国王は魔法に長けたイブリアと、彼女を通じてディートリヒに秘密裏に協力を願い出たのだった。
「陛下……お呼びでしょうか」
「イブリア、王妃の件よく気付いてくれたな」
「偶然でした……。けれど、あれが何か陛下はご存知なのですね」
「とある者を利用したり、混乱を防ぐ為に王にのみ報告される聖女の力だ」
「聖女の力……?」
国王は聖女の持つ力の全てをイブリアに話した。
「そんな事を私に話しても良いのでしょうか」
「どの道もう隠しきれん、罪を暴かねばならない」
「……そうですか。」
「してイブリア、何か変わった事は無かったか?」
「王妃様の異変以外には特に他の力は感じられませんでしたが誓約がかかっている恐れを考えました」
「戒めの力に限定して他の仕掛けを組み合わせられるほど魔法にも聖力にも長けているとは思えん。その点で心配は無いだろう」
「分かりました、王妃さまについては私とディートで解除する方法を探ります」
「助かる、頼んだぞ」
イブリアが部屋を出た後、国王はただのひとりの男に戻った。
ひとりの父として胸が引き裂かれる思いだった。
その場に蹲り、長らく出たことのない涙はやはり出なかったが声にならない叫びだけが虚しく響いた。
「ルシアン……何故私に耳を傾けなかった……」
そんな父の心などルシアンに届くはずもなく、彼は王宮の自室で過ごす最後の夜に嘆いていた。
「何故だ……!父上が私を廃嫡にするなど!!!」
後に説明されたのはルシアンの住まいは王都の端の方に小さな邸を与えられ、そこにセリエと暮らすらしい。
王宮騎士団の新入りとして雇用され、王宮からの援助は無いと。
「こんな筈じゃなかった……イブリアなら私を助けてくれる筈だ」
(ずっとそうだった、昔から。イブリアは私の為に惜しまず持てる力を奮った!きっと今回……)
「今回は……無理だ。私は失ったんだ、全て」
"ルシアン、少し背が伸びたか?"
"父上!!はい!ぼくも大きくなったら王さまになるんだ!"
"そうかそうか!なら私は手本とならねばなぁ"
幼い頃の父との会話がふと思い浮かぶ。
そして少し大人になった自分と使用人との会話を思い出した。
"国王陛下のあのようなお顔は久方ぶりに拝見しました"
"殿下はとても愛されておりますね"
"そんな訳ない!父上は私や母より執務が大切なんだ!"
(父上……)
ルシアンは全て失ったのだと気付くと、さっきまで騒がしかった脳内が妙に静かになった気がした。
何故、セリエはイブリアに脅迫されたフリをしたのか
何故、他の子息達にもまるで愛しているかのように振る舞うのか
国王の苦言の意味はなんだったのか、イブリアは何故自分から離れたのか。
何故、こんなにも苦しいのか……
「私は、父上に愛されていた。そして……イブリアを愛している」
迷いこそあったものの、まるでセリエが自分にとって世界一大切な女性かのように感じていた気持ちがスッと無くなった気がした。
「……っ、私はなんて愚かだったんだ」
ずっと甘えてばかりだった。
母に、イブリア、周りの人達や、父にも。
自分を愛するが故に行きすぎる母を自分が止めるべきだったのに、いつも自分の利益の為に見過ごしていた。
そして今回は、自分の愚かな色恋沙汰に母を巻き込んでしまった。
母だけじゃなく、皆をだった
「ーっ」
取り返しのつかない事態に今更震えが止まらないルシアンは、自分の行く末と一体、セリエにはどんな意図があるのだろうかと怖くなった。
それでも、もう二人は婚約者として認められルシアンはセリエと共に暮らすのだ。それは変えられない事実だった。
56
お気に入りに追加
4,865
あなたにおすすめの小説
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる