14 / 56
夜会の主役は私よ!
しおりを挟む「ルシアンっ…….」
「あっ…すまない」
「イブリア様ったら……貴方と別れたばかりなのにもう……」
淑やかに、心底ルシアンを想って悲しんでいる風にしか見えないセリエの内心は久々に姿を現したイブリアにちゃんと自分を引き立てる為の悪役をこなしてもらう計算でいっぱいだ。
けれど、ルシアンもまた目の前でお揃いの装いで仲睦まじそうに入場したイブリアとディートリヒへの嫉妬でいっぱいだった。
「彼は、イブリアの護衛騎士だよセリエ」
「へぇ……そうなの」
(じゃあ、身分は低いのね……)
セリエにとって、いくら容姿が完璧であっても身分が低い男では興味が無い。
聖女に任命されてやっと、田舎から出て高貴な身分の男達の仲から結婚相手を探せるようになったのだ。
至れり尽くせり、今のような贅沢で安定した生活を送るには唯の騎士が相手では無理なのだ。
けれども、ルシアンの嫉妬の表情や王妃の言葉を思い出すとイブリアを苦しめてやりたい気持ちになった。
(護衛騎士が、元彼を奪った女を好きになったら笑えるわよね)
さらりとした清潔感のある黒髪と清涼感のある目元と夜空を閉じ込めたような瞳は一度見たら忘れられないだろう美しい容姿によく映えている。
スラリと長い手足に鍛えられた体格は、憎たらしいかな洗練されたイブリアの隣に並んでも見劣りしない。
一方イブリアは作り物かと見紛えるような美しい容姿に透き通るようなは白い肌、唯一無二のバロウズの桃色の輝きはまるで隙がない。
色んな所から聞こえる無礼な声にも少しも崩さない表情。
凛とした威厳ある雰囲気は生まれながら公爵令嬢である彼女だけのもので、あれこそ王妃がセリエに求めるものだろうと苛立った。
容姿ならば、セリエもまた慈愛を感じる優麗な新緑のような瞳にバランスのとれた小柄で守ってあげたくなるような華奢な身体は決して女性であることを忘れさせないような柔らかく甘美な雰囲気で纏われている。
純真な表情に淡い桃色の唇が放つ声は優しく、聖女という職業がセリエ以上に似合う人が居るのかと言うほどに長く、波打つ神秘的な銀髪が美しい。
(決めたわ。私の騎士にする)
「……ルシアン、知り合いなのだし一応声をかけてあげましょう?イブリア様がどうやら孤立しているように見えるわ」
「ああ、そうだな」
其々、形式上の挨拶に周っているものの聖女を虐げる嫉妬深い悪女イブリアと言葉を交わす者は少ない。
「イブリアお嬢様、何か飲み物を取ってきます」
「ありがとう、ではそこで待ってるわ」
「すぐに戻ります」
ディートリヒを待つイブリアとばったりと会ったのはティアードとレイノルドだった。
「イブリア嬢」
「……」
「お二人とも、ご機嫌よう。どうか夜会を楽しんで」
(お願いだから、構わず行って……)
何か言いたげなティアードと、明らかな敵意を向けるレイノルドに長年鍛え上げられた完璧な公爵令嬢の笑顔で対応する。
内心、早く立ち去ってくれと願いながらも若干早口で捲し立てるよう挨拶するイブリアは表情と所作だけであれば文句のつけようがない。
けれども、苛立った様子でイブリアを引き止めたのはレイノルドだった。
「よく、堂々と顔を出せたねイブリア嬢」
「やめろ、レイノルド」
「ティアード、君この間からどうかしたの?」
「考え無しに突っかかるな」
(ほんと、何がしたいのかしら……)
「セリエを苦しめるのはもうやめなよ、それに殿下を早く解放するべきだ。殿下はもう君を愛してないんだから!」
「レイノルド!」
(違う、きっと婚約をきちんと区切らないのは殿下の方だ)
「……それは私も同じよ。ほんとに解放するべきだと思うわ」
「何を言ってるんだ…!?」
「……」
(やはり……殿下は)
表情を変えずに微笑んで、その場を去ろうとするイブリア。
少しだけいつもより低いディートリヒの声が背後から聞こえる。
「イブリアお嬢様、そちらはご友人ですか?」
「ディート……ええ、ただの知り合いよ」
「はぁ!?」
レイノルドが知り合いという言葉に過剰に反応し怒りの表情を露わにした所で場違いな明るい声がティアードを呼ぶ。
「ティアード?私も皆様とお話したいわ!」
「セリエ……いや、違うんだ」
「ずるいわ!私とルシアンだけ仲間外れにして……」
「イブリア……」
ゆっくりと近づいてくるルシアンに一歩下がるイブリアは、後ろに居るディートリヒにぶつかると彼はイブリアの腰に手を軽く回して守るように支える。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう」
慈しむようなディートリヒの視線に答えるイブリアの視線もまた柔らかい。
ルシアンはどす黒い感情が渦巻き吐き気がした。
「ディートリヒ……!」
「ルシアン殿下にご挨拶を申し上げます」
「少し、イブリアと話があるんだが」
「殿下にはエスコートされているお方が居る筈ですが」
ディートリヒは隣でティアードの腕を取るセリエをチラリと見る。
(彼女には嫉妬しないのか……?)
「殿下にご挨拶を申し上げます。けれどお話する事はありません」
「イブ!」
(レイノルドは一体何なの?ほんとにどうにかして)
「レイノルド卿……失礼ですが……」
イブリアがレイノルドに返事をしかけた時、場違いな声がまた一つ増える。
「あれ?ルシアン殿下!レイノルド!皆、ここに居たのか」
「「セオドア」」
「セオドア……あのね!皆が楽しそうだから来たのに、新しいお友達のことを紹介してくれないのよ?」
「新しい友達?……あぁ」
(ディートリヒの事か?)
「残念だねセリエ、イブはお父上が探して居たようだよ」
「……そう、ありがとうセオドア卿」
「では、行きましょうイブリア様」
「待って、自己紹介くらい……」
そう言ってディートリヒの腕に咄嗟に飛びついたセリエに驚くルシアンと、ティアード達。
突然、身体の奥から寒気がするような魔力の流れを感じる。
「ディート…….」
「触るな」
振り返ったディートリヒの瞳は凍えるほど冷たく、その声は血を這うように低い。思わずその場の全員が黙り込んだ。
「なっ!?」
「……失礼致しました。では」
「ディート、行きましょう」
(またあとで)
セオドアの口元は確かにイブリアに向けてそう動いていた。
(いやよ)
完璧な微笑みで、同じように口の動きだけでそう言ったイブリアをセオドアはキョトンとした表情のままただ見送った。
40
お気に入りに追加
4,867
あなたにおすすめの小説
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、同名の短編「おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/981902516)の連載版です。連作短編の形になります。
短編版はビターエンドでしたが、連載版はほんのりハッピーエンドです。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜
津ヶ谷
恋愛
ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。
次期公爵との婚約も決まっていた。
しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。
次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。
そう、妹に婚約者を奪われたのである。
そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。
そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。
次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。
これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる