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2.ファーストキス

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 ふわふわとして、起きているのか寝ているのか分からないあれ。体の感覚はあるのに、夢は夢で見ているなんて、人間は不思議な生き物……

「あ、人間じゃないんでしたっけ」

 そう呟くと、意識が覚醒してきた。
 反動を付ける為に少し起こすつもりが、すっと起き上がれてしまった。全然力なんて入れてなかったのに。

 体を見下ろし、肌触りの悪いごわごわした服を着ていることを確認。スカートも硬いせいでひらひらしている感じはしない。
 翼や輪っかは常に出ているわけでもなさそう。

 ボクの居る場所はというと……ボロボロの廃屋のようだった。所々崩れているし、人が住める場所ではなさそうなので、とりあえず外に出てみる。

「むぅ……」

 唸ったら予想以上に可愛い声が出た。
 ふわふわ系の、少し舌っ足らずな幼い声。そこまで設定した覚えはないけど、個人的には好きかもしれない。

 で、何故唸ったのかと言えば、嫌なものが見えてしまったからである。具体的には、馬車とそれを待ち伏せる武装集団。

 テンプレート的に考えるなら、あれは盗賊で、今から馬車を襲うつもりなのだろう。
 出来れば装備を整えてから戦いたいけど、そんな暇を与えてくれるはずもない。当然、見捨てるという選択肢は最初から選ぶつもりがないので。

「……もう始まってしまいましたか」

 遠目に戦っているのが見えるけど、どうやら盗賊の方が優勢らしい。もっと頑張れ。

 廃屋は小さな山の上にあるため、駆け下りるとかなりの速度が――というか、風圧で足が重く感じる程の速さなんですが。空気抵抗を減らすために前傾姿勢でなるべく低くする。

 ――あれ? もう見えてきましたか。

 ゲスな笑みと、「犯す」だの「殺す」だのといった言葉が聞こえた直後、反応する暇すら与えず体当たりを実行。骨を折る感触と同時に、吹き飛んでいった。

 しかし、まだ盗賊は5人残っている。

「さて、誰から――」

 振り向いて、固まった。
 誰が? ……ボクが。

 何故か、盗賊が全員土下座をしている。
 反対側を見ると、馬車の護衛らしき人が警戒するべきなのか迷った様子で剣を構えていた。

「……えっと、どうして土下座を?」
「お、お頭が瞬殺されちまったんだぞ!? 俺達が勝てるわけ無いだろうが!」
「そうだそうだ!」
「なんだってこんな時に化け物が来やがるんだよぉ!」
「「はぁ……」」

 負けた側にしては偉そう。
 でも、逆らうつもりは無いらしい。
 それならばと馬車の方に向き直る。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。私がかすり傷を負っただけだ。君は……いや、まずはお礼を言わせてもらおう。君が来てくれなければ殺されていたかもしれないからな……」
「いえ、偶然通りかかったので助けたまでです。幸い、盗賊もそこまで強くなかったようですし」
「そ、そうだな」

 何かに動揺している護衛……改めて見ると騎士に見えなくもない。しかも、割とダンディなおじさんだ。きっとモテるに違いない。

 まぁ、冗談はともかく、

「……すまない、名乗るのが遅れた。私はリヴェール家の騎士、バルディアだ」
「ボクはエルシアです。……あ、そこの盗賊さんたちはバルディアさんの方でなんとか出来ますか?」
「ああ、それは出来るが……」
「じゃあ、ボクはこれで失礼します」
「どうしてそうなった」

 リヴィエール家とやらは知らなくとも、貴族の家名だろうということは想像に難くない。テンプレの消化はしても、貴族関係のトラブルはやめて欲しい。

 ……だが、運命のいたずらか、こんな時に限って馬車の扉が開いてしまう。

「ば、バルディア……? あ……」

 恐る恐るこちらを見て、土下座する盗賊とバルディアさんの無事を確認すると、胸に手を当てて息を吐く。

「そちらの方は?」
「名はエルシア。盗賊の頭を一撃で倒す程の実力者です」
「え? そんなに強くなかったですよ?」
「……エルシア嬢はそう感じたようだが、あれは小規模ながらも個々の能力が高い盗賊団として最近噂になっていた者達だ」
「……へ、へぇ」

 いや、でも、反応すらしてなかった。
 不意打ちだったというのを差し引いても、かなり弱かったとしか思えないけど、余計なことは言わないでおく。
 あ、もう手遅れだった。

「わたくしはエリーゼ・リヴィエールと申しますの。よろしくお願いしますわね、エルシアさん」
「よろしくお願いしま……え?」
「何を呆けていますの? ほら、早く乗ってくださいまし」

 この子の中では決定事項らしい。
 手を引いて馬車に入ろうとするエリーゼさん。ボクはバルディアさんに助けを求めるけど、肩を竦めて首を振る。
 こうなると話を聞かない子なんですね分かりたくありません。

 それにしても、エリーゼさんは超がつくほどの美少女で、自画自賛するようだけど今のボクと同じくらい可愛いと思う。こんな人間が普通に産まれるなんて、実際に見ても信じられない気持ちがある。

 なのに、どうしてだろう……。

 この、胸がざわつくような、苦しいような、言葉にできない感情があるのは。

 エリーゼに誘われるまま、馬車に入ろうとした――その時だった。

「さっきはよくもやってくれやがったな! これでも食らいやがれ!!」
「話す暇があるなら奇襲すればいいんですよ」

 クロスボウで狙われたボクをバルディアさんが庇おうとするが、怪我をされても困るので矢を掴み取りにいく。
 更に1歩。頭に綺麗な腹パンを入れた。

「ごふっ……なん、で……」
「生きてるのは分かっていましたから、隙を晒せば攻撃してくるかもしれないな、と」
「くそ、が……」

 その言葉を最後に事切れ……てはいないが、意識を失った。いきなり人殺しはハードルが高い。
 経験値が勿体ないなんてことも思ってない。

 ちなみに、生きていると気づけたのは経験値が入らなかったからだ。戻って来るとは思っていなかったけど。

「盗賊さん達は大人しく付いてきてくれますよね?」

 場違いな程ニコッと笑う。

「「「「「は、はいっ!」」」」」

 ボクの『逆らったら腹パンの刑ですよ?』という言外に込めた意味を理解してくれたようだ。
 してくれなかったら容赦なく腹パンしていたので、連れていくのが大変になるところだった。

 微妙な顔をしているバルディアさんに、「さっきは助けようとしてくれてありがとうございます」と言うと、更になんとも言えない表情になる。お礼を言っただけなのに。

 そして、ボクはエリーゼさんの居る馬車に乗り込んだ。

「凄いですわっ、全然見えませんでしたの!」
「あ、ありがとうございます……」
「是非お友達になって下さいまし!」
「それはいいですけど……」

 そんなに迫られるとさすがに照れる。
 後、どういう経緯で友達になりたくなったのか謎すぎるし、速いのは転生させてくれた誰かのお陰だから褒められても素直に喜べない。

 興奮していることに気づいたのか、恥ずかしそうにエリーゼさんが下がる。

 その直後、馬車が動き出した。
 窓から外を見ると、バルディアさんは馬に乗り、盗賊達は走って追いかけてきている。紐で括られている為、死にものぐるいで走らないと引きずられて死んでしまうだろう。

 ……なかなかえげつないですね。

「えっと、エリーゼ……様」
「様は付けなくてもいいですわよ?」
「……分かりました。エリーゼさんと呼ばせてもらいますね」
「ええ。よろしくお願いしますの、エルシアさん」

 嬉しそう。でも、距離が近い。
 下がったと思ったら肩が触れてしまうくらい近くに来て、何も言わずにただ微笑んでいる。
 ボクの金髪とは違い、向日葵を彷彿とさせる長く伸びた金髪。毛先がカールしているしているのがなんだか可愛らしい。
 顔もどちらかというと可愛い系で、右目は赤く左目は黄金色のオッドアイだ。

「綺麗……」
「え? 何がですか?」
「エルシアさんが、ですの。もっと、近くで見たい……」
「えと、あの……?」

 ぼーっと見つめていたから気づかなかったけど、いつの間にかおかしな雰囲気になっている。
 近づいてくる顔から遠ざかろうとしても、すぐに扉にぶつかって下がれなくなる。

 力ずくで、というのは可能かもしれないけど、バルディアさんに誤解される気がするので下手に動けない。
 そんなことをしている間にエリーゼさんの手がボクの頬に添えられ、鋭い八重歯が見えた直後、唇同士が合わさる。

 エリーゼさんは浮かされたような表情で何度も口付けをする。啄むようにしてみたり、長い時間キスし続けたり、最終的には舌すら入れてきた。

 状況に流されて受け入れるボクもどうかとは思う。けれど、美少女にキスをされる機会なんてきっともうない。だったら、嫌がる理由も無いんじゃないかと思ってしまった。

「ぁ……美味、しい……あはっ♪」
「ふぁ……んぅ……」

 どれくらい経っただろうか。
 何分か、何十分か、ひたすら受け入れ続けていると、急にエリーゼさんが震え出した。気になって目を開けると、正気に戻ったという風に青ざめる姿が。

「ご、ごめんなさい……こんなつもりじゃ、ありませんでしたのに……!」

 普通、泣くのはこっちじゃないですか……?
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