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6章 武者首

夢心地のままで

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「嫁殿。こんな所で寝たら風邪をひきますよ」

 揺り動かされても体がすでに寝るスイッチを入れてしまったから、わたしは夢心地で体を丸める。
 コゲツの「困った人ですね」と言う声も今のわたしには通じない。
 体を持ち上げられて抱き上げたのだなと感じたけれど、コゲツの香のような匂いに口元が緩むだけだ。
 
「幸せそうに笑っていると、食べてしまいますよ」

 優しい声で揶揄うようなことを言って、おでこにチュッとリップ音がした。
 でこチューだと心のどこかではしゃぐわたしもいたけれど、眠気はどこまでもわたしに寄り添うようで目を開けることが出来なかった。
 階段を上がってわたしの部屋に送るのかと思っていたけれど、階段を上る気配はなくお布団に入らされて「おやすみなさい」と声がする。
 そしてふわふわした毛並みが布団の中に潜り込んで、ああ火車かぁと抱きしめて夢の中に落ちていく。


 ***

「キョウ、ダイ。嫁殿のことは任せましたよ」
「分かった。主も何かあれば、我らを呼んで欲しい」
「ミカサのことは兄者と我に任せて、主は主の成すべきことにだけ集中を」

 百目鬼の兄弟は口々にそう言い、頼もしい限りである。
 嫁のミカサは球技大会で体を動かしたっぷりとアップルパイを食べて夕飯も食べたせいか、歯ブラシを持ったままうつらうつらと小舟を漕ぎ、口をゆすいで戻ってきた時には居間に置いてあるクッションを枕に寝てしまっていた。
 一応は声を掛けたものの結局は目を覚まさず、コゲツもそれ以上は起こそうとはしないままミカサを抱き上げると、自分の部屋に布団を敷いて寝かせておいた。
 ミカサの部屋よりもコゲツの部屋の方が安全という面でも、今日はこの部屋か居間で元々寝せようと思っていたからだ。
 遊び疲れてお腹を一杯にしたら寝てしまう子供のような……と考えて、まだ十代の子供なのだとコゲツは線引きをする。
 まだ大人の保護が必要な子供。
 だからこそ、彼女の前を邪魔立てる要素は取り払うべき事柄なのだ。

「私の留守の間は、元の姿に何時でも戻れるようにしておきなさい」
「分かった」
「では、主もお気をつけて」

 二人に見送られてコゲツは玄関先に迎えに来ていた天草と合流して、いつもの黒い車で出掛ける。
 行く先は駅の晒し首の木だった。
 千佳とミカサには祓うことは不可能だとは言ったが、それはコゲツ一人の場合は……という話だ。
 体の封印されている京都には、先代の祓い屋<縁>の父ユギツグが配置についている。
 そして手足の場所には、母イシカと無玄がほし家の傘下の者を従わせて準備をしている頃だ。
 スマートフォンを片手にアプリを起動する。
 それぞれ配置についた父と母が映し出され、コゲツが声をかける。

「準備は抜かりないですか?」
『私はいつでも大丈夫ですよ』
『お母さんも大丈夫です。ねぇ無玄さん?』
『はい。バッチリです奥様!』

 何やらイシカの従者にでもなったようなうやうやしい態度の無玄に、コゲツとユギツグは半目になるものの、無玄の数珠はともかく羽織や手足首にあるミカサ特製の飾り紐に、「ああ、買収されたのか」と納得する。

「平安時代の蹴りを今、つけますよ!」
『全ては、うちの可愛いお嫁さんの為にね』
『そうね。コゲツとミカサさんの為にも、札師の本気を出しましょう。皆さん、各自配った札を存分に使い切りなさい!』
『おおー!』
「母さんの所は賑やかですね」

 札に術を書き記し、呪符として扱うことを専門とした祓い屋、それがイシカの生家である。
 稀代の札師として効力の高い物を作ることが出来るイシカは、ほし家に嫁入りさえしなければ、今も第一線で祓い屋をやっていただろう。
 今は呪符を祓い屋に売ることを生業としている為に、イシカの呪符はとても高い。
 コゲツが惜しみなく呪符を使うのは、イシカに言えば幾らでも手渡してくるためでもある。
 ほし家の嫁という者はこうした才能の恵まれた者が多く、ほし家を支えているのは嫁達と言っても良い。

『お母さんが楽しそうで、お父さんも嬉しいです』
「さて、お喋りはこの辺にしましょうか」

 コゲツは数珠を取り出し、指でほしの字を描く。
 晒し首の木を中心に一の字は五芒星を描き青白い光が放たれる。
 同時にユギツグとイシカも五芒星を描き、少しでも相手の攻撃を一ヵ所に集中しないように同時攻撃を開始した。
 
『誰ぞ、喰らわば喰らふぞ……』

 落ち武者のような首が木の根元からズルリと這い出てくるが、この人ならざる者は落ち武者ではない。
 落ち武者のように頭部が禿げてはいるが……

「出ましたね。飢饉ききんの怨霊――餓鬼がき

 コゲツの声に、生首はニィッと笑った。
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