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6章 武者首
内職
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「軽い気持ちで呪いのようなことを口遊んでも、『何か』のように念は少し入りますからね。呪いというのは簡単に口にして良いものではありません」
コゲツに先生の肩こりや頭痛について聞いたところ、返ってきた答えはこれだった。
学校が終わって千佳に修行をつけている間に、コゲツは暇をみては夕飯の支度をしている。
わたしはその間にアルバイトをさせてもらってるんだけど、アルバイトになっているのかは怪しいところだ。
キョウさんとダイさんに左右から鼻で突かれ、わたしは恨みがましい目を向ける。
「ほら、ミカサ次がきたぞ」
「手が止まっておるではないか」
二人はわたしの目の前に白い絹糸とトンボ玉を山盛りにして急かしてくる。
『糸織り』のバイト……と言えばいいのか、使役した人ならざる者には定期的に清浄化を行わなくてはいけないのだけど、わたしにはそれをする術がない。
コゲツが代わりにやってくれる時はいいけど、コゲツが留守の時は自力でどうにかしなきゃいけない訳で、それには祓い屋さんを呼ばなくてはいけない。
祓い屋さんもピンキリらしいけど、お金がある程度は必要で、こうしてチマチマと飾り紐や羽織紐を作っているのである。
「なぉー」
「火車、飾り紐を弄っちゃダーメ」
ちょいちょいと飾り紐の房を狙いに火車が手を出し、作業の邪魔をしてくる。
でもその姿もまた可愛いのもあって、許してしまうんだよね。
「嫁殿。遊んでばかりでは終わりませんよ」
「ううっ。だって集中力が~」
「困った人ですね。貴女の手織りの飾り紐は術者にとっては効果のある物ですから、気を抜かずに作業してください」
「でも、これってお義父さん達が買い取ってくれるんでしょう?」
「ええ。御神木に頼らずともこれから先を見据えていくのならば、嫁殿の内職が一番有効的でしょうからね」
わたしの出ているのか出ていないのか分からない霊力で作る飾り紐等は、とてもいいお値段になるらしい。
能力値を上昇させる稀有な物だから、しっかり管理しなければいけないらしくて……一家の預かりとなったのだ。
わたしだって一家なのに、内職をずっとしていたら飽きてしまう。
それにね、コゲツや千佳のために作った時は思い入れもあったから頑張れたけど、余所様だとそうはいかない。
お金になるのなら見栄えよくとか、ちゃんと霊力入っているのかなとか余計なことを考えてしまって、集中力が続かないのが現状だ。
でもね、無玄さんもわたしの飾り紐はお金になるというようなことも言っていたから、少しだけバイト代がどのくらい貰えるのかも気になる所ではある。
「仕方がないですね。おやつにしましょうか」
「やった!」
「嫁殿は千佳を呼びに行ってください。用意をしておきますから」
「はーい」
縁側から庭へ出て、『サクラ』の前で千佳と天草先生が水道水の蛇口を回していた。
固く締めたつもりは無いけれど、蛇口がなかなか開かないようで千佳が「ふぬぅ」と力んだ声を出している。
「天草先生、千佳。蛇口、そんなに固い?」
「あ、ミカサ。そうじゃないんだよー」
「ミカサ様、これは修行の一つですよ」
「蛇口をひねるのが?」
千佳は持っていた蛇口を摘まみ上げて見せる。
蛇口の先には水道管は繋がっていなかった。
水の出ない蛇口をひねることが修行なのだろうか? と疑問ではあるけれど、意味の無いことはしないだろうから、きっと何某かの目的があるんだろう。
「この蛇口にあたしの霊力をググーッと入れ込んで、流れ出るのが……この清らかな水!」
ポチョンッと小指の爪ぐらいの水がわずかに出る。
千佳が誇らしげな表情をするから、きっと凄いのだろう。まぁ、水も出ない蛇口から水を出すのはすごい芸当ではあるけど。
「えーと、凄いね?」
「ああん! ミカサ~っ! その表情はどれだけ大変か分かってないでしょ!」
「だって、凄いのかどうかイマイチ分からないんだもの」
「聞きました⁉ 天草先生! この言い草!」
千佳に肩を揺さぶられながら、わたしは「凄いよー。千佳は偉いよー」と言って褒めたものの、千佳に「全然心がこもってなーい」と、余計にガクガク揺らされた。
「清らかな水は、聖水や清め塩のように場を清めることが出来ますから、ミカサ様も覚えれば『サクラ』の清浄化の時に役に立ちますよ」
お手本のように天草先生はなんの苦も無く、蛇口をひねって水を流れさせた。
これは流石に凄いと思う。
「わたしにも出来ると思います?」
「ミカサ様は、元々が祓いの巫女家系の方ですから、修行をしていけばいずれできると思いますよ」
「内職も飽きちゃったし、こっちを覚えようかなー?」
「美空くんのように神の依り代になった訳ではありませんから、四年か五年で覚えると……」
「やっぱり、地道にお金を稼ぎます!」
近道なんてなかった。人間地道な努力でやっていくしかない。
ふるふると顔を横に振って、わたしは当初の目的を思い出した。
「そうだ。千佳、天草先生。おやつにしようって」
「それを早く言おうよー」
「では、ここら辺で切り上げましょう」
縁側で天草先生に清らかな水を出してもらって手を洗い、これは便利だねという話をしたところ、コゲツが縁側の近くと玄関にも水場を作って、いつでも洗えるようにしましょうかという話も出た。
わたし的には大賛成である。
コゲツに先生の肩こりや頭痛について聞いたところ、返ってきた答えはこれだった。
学校が終わって千佳に修行をつけている間に、コゲツは暇をみては夕飯の支度をしている。
わたしはその間にアルバイトをさせてもらってるんだけど、アルバイトになっているのかは怪しいところだ。
キョウさんとダイさんに左右から鼻で突かれ、わたしは恨みがましい目を向ける。
「ほら、ミカサ次がきたぞ」
「手が止まっておるではないか」
二人はわたしの目の前に白い絹糸とトンボ玉を山盛りにして急かしてくる。
『糸織り』のバイト……と言えばいいのか、使役した人ならざる者には定期的に清浄化を行わなくてはいけないのだけど、わたしにはそれをする術がない。
コゲツが代わりにやってくれる時はいいけど、コゲツが留守の時は自力でどうにかしなきゃいけない訳で、それには祓い屋さんを呼ばなくてはいけない。
祓い屋さんもピンキリらしいけど、お金がある程度は必要で、こうしてチマチマと飾り紐や羽織紐を作っているのである。
「なぉー」
「火車、飾り紐を弄っちゃダーメ」
ちょいちょいと飾り紐の房を狙いに火車が手を出し、作業の邪魔をしてくる。
でもその姿もまた可愛いのもあって、許してしまうんだよね。
「嫁殿。遊んでばかりでは終わりませんよ」
「ううっ。だって集中力が~」
「困った人ですね。貴女の手織りの飾り紐は術者にとっては効果のある物ですから、気を抜かずに作業してください」
「でも、これってお義父さん達が買い取ってくれるんでしょう?」
「ええ。御神木に頼らずともこれから先を見据えていくのならば、嫁殿の内職が一番有効的でしょうからね」
わたしの出ているのか出ていないのか分からない霊力で作る飾り紐等は、とてもいいお値段になるらしい。
能力値を上昇させる稀有な物だから、しっかり管理しなければいけないらしくて……一家の預かりとなったのだ。
わたしだって一家なのに、内職をずっとしていたら飽きてしまう。
それにね、コゲツや千佳のために作った時は思い入れもあったから頑張れたけど、余所様だとそうはいかない。
お金になるのなら見栄えよくとか、ちゃんと霊力入っているのかなとか余計なことを考えてしまって、集中力が続かないのが現状だ。
でもね、無玄さんもわたしの飾り紐はお金になるというようなことも言っていたから、少しだけバイト代がどのくらい貰えるのかも気になる所ではある。
「仕方がないですね。おやつにしましょうか」
「やった!」
「嫁殿は千佳を呼びに行ってください。用意をしておきますから」
「はーい」
縁側から庭へ出て、『サクラ』の前で千佳と天草先生が水道水の蛇口を回していた。
固く締めたつもりは無いけれど、蛇口がなかなか開かないようで千佳が「ふぬぅ」と力んだ声を出している。
「天草先生、千佳。蛇口、そんなに固い?」
「あ、ミカサ。そうじゃないんだよー」
「ミカサ様、これは修行の一つですよ」
「蛇口をひねるのが?」
千佳は持っていた蛇口を摘まみ上げて見せる。
蛇口の先には水道管は繋がっていなかった。
水の出ない蛇口をひねることが修行なのだろうか? と疑問ではあるけれど、意味の無いことはしないだろうから、きっと何某かの目的があるんだろう。
「この蛇口にあたしの霊力をググーッと入れ込んで、流れ出るのが……この清らかな水!」
ポチョンッと小指の爪ぐらいの水がわずかに出る。
千佳が誇らしげな表情をするから、きっと凄いのだろう。まぁ、水も出ない蛇口から水を出すのはすごい芸当ではあるけど。
「えーと、凄いね?」
「ああん! ミカサ~っ! その表情はどれだけ大変か分かってないでしょ!」
「だって、凄いのかどうかイマイチ分からないんだもの」
「聞きました⁉ 天草先生! この言い草!」
千佳に肩を揺さぶられながら、わたしは「凄いよー。千佳は偉いよー」と言って褒めたものの、千佳に「全然心がこもってなーい」と、余計にガクガク揺らされた。
「清らかな水は、聖水や清め塩のように場を清めることが出来ますから、ミカサ様も覚えれば『サクラ』の清浄化の時に役に立ちますよ」
お手本のように天草先生はなんの苦も無く、蛇口をひねって水を流れさせた。
これは流石に凄いと思う。
「わたしにも出来ると思います?」
「ミカサ様は、元々が祓いの巫女家系の方ですから、修行をしていけばいずれできると思いますよ」
「内職も飽きちゃったし、こっちを覚えようかなー?」
「美空くんのように神の依り代になった訳ではありませんから、四年か五年で覚えると……」
「やっぱり、地道にお金を稼ぎます!」
近道なんてなかった。人間地道な努力でやっていくしかない。
ふるふると顔を横に振って、わたしは当初の目的を思い出した。
「そうだ。千佳、天草先生。おやつにしようって」
「それを早く言おうよー」
「では、ここら辺で切り上げましょう」
縁側で天草先生に清らかな水を出してもらって手を洗い、これは便利だねという話をしたところ、コゲツが縁側の近くと玄関にも水場を作って、いつでも洗えるようにしましょうかという話も出た。
わたし的には大賛成である。
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