上 下
48 / 62
5章 祭祀の舞

御神木様

しおりを挟む
 御神木様と呼ばれる紫陽花に囲まれた巨木に宿る人ならざる者――元が何者なのかは定かではない。
 紫陽花の色彩を持つ目を持つあやかしと恐れられていた。
 その昔、人ならざる者達が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする時代、巨木に宿ったのがこの御神木様である。
 御神木様の周りにだけは人ならざる者が近付かないために、村人達は供え物を置き祀っていた。
 ある時、都で暴れていた人ならざる者を封じることになり、御神木様の話を聞きつけた僧侶が村へとやってきた。

 僧侶は御神木様と対話し、御神木様は自分の枝を僧侶に渡した。
 その枝の不思議な力で都の人ならざる者は封印できたが、再び封印は解けてしまうことを危惧した僧侶は御神木様に問うた。
 『どうすれば貴方の力を借りることが続けられるのか』と、御神木様は自分の子を人の胎へと宿らせることで能力を受け継がせておけばよいだろうと話した。

 そして村娘が一人、御神木様に嫁入りしたという。
 村娘の生んだ子供がほし家の始まりの子供。

 子供は自分と深く『えにし』を結んだ相手が見つかった時にだけ、御神木様の能力を安定させ開花できる。
 そして、一年に一度の豊穣を祝う時期に子孫は御神木様の前で舞を舞う。
 舞が満足のいく物ならば、御神木様は自分の体の一部を授けてくれる。

 優れた舞ならば、わたしがコゲツから貰った身代わりの枝が貰えたり、そうでもない場合は邪気祓い程度の枝らしい。

「身代わりの枝は祓い屋としては常に身に付けておきたい物だったり、身内を狙う人ならざる者から守ってくれますから、ほし家の傘下に祓い屋が集まるのも、親戚がこうして集まるのもこのせいですね」

 コゲツの説明にわたしは頷きながら、首から下げた紫色のお守りを取り出す。
 これは邪気祓いのお守り。

「コゲツはちゃんと、身代わりの枝を身に着けてるの?」
「いいえ。私は自分の身は自分で守りますから」
「……もしかして、わたしがコゲツの身代わりの枝を使っちゃった?」
「そんなことはありませんよ。あれは元々嫁殿の為に大切に取り置いておいた物ですから」

 そうは言われても、わたしが三灯天神に頭を掴まれて身代わりにしてしまったから、無駄に使わせてしまって申し訳ない気がする……と言うか、わたしも千佳と同じように一度死ぬ目に遭っていたということに、コゲツがあの時本気で怒っていたことに改めて反省しかない。

「さて嫁殿、御神木の話としてはこの程度ですが、この話を踏まえて一緒に舞えますか」
「うー……っ、人様に見せれるものじゃないんだけど……本当に」
「ご謙遜を」

 能楽堂の舞台の上で御神木を前に、わたしはコゲツに説明を受け、指導はお義母さんがしてくれるらしいのだけど、いつの間にか親戚の人達も集まっているのは何故なのか?
 これは新しい嫁イビリですか? お義母さん!!

「ミカサさんのために、折角作った花嫁のみが着られる舞衣装なのよ。今日は衣装を楽しむ感じでやれば良いのですよ」
「うぐぅ~っ」
「さあ、嫁殿も腹を決めて下さい」

 手に舞い用の紫陽花飾りのついた扇が手に渡される。
 衣装を楽しめと言われても、なんだかわたしには豪奢過ぎる紫陽花を模した絹糸の着物は、お蚕様の繭糸で作られたお家一軒分のお値段という恐れ多い物。
 楽しむどころか練習で着る物ではないと余計に体が強張るしかない。
 コゲツに手を引かれて嫌々足を動かしていると、後ろから何かが背中に当たり床に落ちてくるくると回っていた。
 舞い用の扇だった。
 後ろを振り向くと、眉間にしわを寄せたカズエさんと目が合う。

「覚悟が無いなら、初めから舞台になど上がらなければよろしいのよ!」

 カズエさんの言葉にわたしはぐうの音も出ない。
 周りが少しざわつき彼女を諫めるが、カズエさんに同情するような声もあがる。
 例年通りカズエさんに舞わせるべきではないかと……
 けど――わたしは彼女にコゲツの横で舞う権利を手渡す気はないと、手に持った扇を握り締める。

「嫁殿、大丈夫ですか!」
「平気。コゲツ、わたし踊るからフォローお願いね」
「え、ええ。分かりました」

 背中を摩ってきたコゲツにわたしは精一杯強気に答える。
 扇でカズエさんを指してから前を向き、ダンッと床を足で踏む。
 能楽堂には音を大きく響かせるため、床下にかめという空洞がある。
 カズエさんに向いていた視線は全てわたしへと移った。

 最初の舞は、扇で顔を隠し夢で見た花嫁のように、悲しみと不安と決意を表情に表すことから形を作る。
 わたしの動きに少し遅れて、囃子はやしという能管と言われる笛と小鼓、大鼓、太鼓の楽器を担当しているほし家の傘下の人達が演奏をしだす。
 メロディというよりリズムに近く、わたしの動きは音を拾いながら舞う。
 コゲツと背中合わせで舞っても、彼がどう動くかはちゃんと覚えているし、感覚で分かる。
 顔半分を布で隠しているような人だから、わたしは察し能力も鍛えられた。
 すれ違い、顔をお互いに合わせた時、コゲツの口元が微笑んで夢で見た彼等と重なる。
 ざあ……と風が吹き、御神木に白い着物の髪の長い男性が立っていた。
 その目は紫陽花色の色彩で、目が合うと少しだけ寂しそうに笑って消えた。
 舞台の上には黄桃に似た実が付いた枝が落ちていた。 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

どうやら旦那には愛人がいたようです

松茸
恋愛
離婚してくれ。 十年連れ添った旦那は冷たい声で言った。 どうやら旦那には愛人がいたようです。

あやかしの茶会は月下の庭で

Blauregen
キャラ文芸
「欠けた月をそう長く見つめるのは飽きないかい?」 部活で帰宅が遅くなった日、ミステリアスなクラスメート、香山景にそう話しかけられた柚月。それ以来、なぜか彼女の目には人ならざるものが見えるようになってしまう。 それまで平穏な日々を過ごしていたが、次第に非現実的な世界へと巻き込まれていく柚月。彼女には、本人さえ覚えていない、悲しい秘密があった。 十年前に兄を亡くした柚月と、妖の先祖返り景が紡ぐ、消えない絆の物語。 ※某コンテスト応募中のため、一時的に非公開にしています。

蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい
ファンタジー
 メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ  超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。  同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。