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繭の恋

見合い

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 【久世楼】は、乕松の曾祖父が始めた卸問屋が始まりで、いつの間にやら大きな店子に成長してしまったが、【久世楼】は常に人の役に立つ場所として存在し続けている。
 店は神社通りから町の中心に近い場所にあり、海から流れる川を小舟で店まで荷物を乗せて行き来する輸送路を持っている。
 その日も、朝から小舟が【久世楼】へに運びをしていた。

「若様、おはようございます。朝餉の支度が出来ていますから、いつまでも……って、若様? ああ! 若様がまた居ない!」

 繭が乕松の部屋に起こす為に足を運んだものの、乕松は部屋からいなくなっていた。
 こんなことはしょっちゅうで、繭は朝から乕松を探し回ることが多い。
 廊下を足音を立てて走り回る繭に、【久世楼】の住み込み従業員達は「またか」と毎度のことに互いに「若を見たかい?」と聞いては情報を交換し合い、繭へ告げて回る。

「繭、いい所に来たね。アンタに話があるのさ」
「あ、女将さん。また若様がどこかに消えているんです」
「あんなのは、ほっときな。店を継ぐまではフラフラ酔っ払いみたいに、千鳥足なんだよ。男ってのは」
「でも……」
「まぁ、いいから。繭にいい話がきてるんだよ」
「話ですか?」

 【久世楼】の女将志摩しまは、繭を部屋に引き入れると戸棚から茶菓子を出して繭に手渡す。
 茶菓子は、薄餅に小豆と干し柿が入った菓子で、繭と乕松の子供の頃からの好物だ。
 繭が菓子をひとかじりしている間に、志摩は茶をたて始める。

「繭、アンタがうちに来てどのくらいだろうね?」
「えっと、十五年経つでしょうか」
「そうかい。そんなに経つかねぇ。繭もすっかり大きくなるわけだね」

 目を細めて、繭を通して亡くなった娘のお蝶を見ているようで、繭は少しばかり申し訳なさと何を言って良いか分からず、口をつぐむ。

「繭、アンタ、所帯を持つ気はないかい?」
「所帯ですか……?」

 繭の心臓がとくりと跳ねる。
 乕松との所帯を持てという事だろうか……? と、恥じらいと期待が入り混じる。

「アンタをね、嫁に欲しいってお人がいてね。口利きを頼まれちまったんだよ。どうだい?」
「私が、ですか……」
「嫌かい? 難しく考えずに、見合いだけでもしてほしいって話なんだよ」
「そう、ですか」

 ここで、嫌だと言えればいいだろうが、子供の頃から世話をしてもらっている志摩の顔に泥を塗るわけにもいかず、繭は「わかりました」と言うしかなかった。
 
 
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