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小梅の恋

茶屋は今日も騒がしい

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 佐平の顔の腫れが引いて、青痣が残る程度になった頃合いに、茶屋はちょいとばかり騒がしくなっていた。
 
「どうしてあんたは、いつもそうなのさ!」
「そっちこそ! いい加減、っつき難いのをどうにかしないと、千吉さんに逃げられるからね!」
「なんですって! 余計なお世話よ!」

 小梅と小松が茶屋の中で揃いの茶色い前掛けをして、店の真ん中で柿の皮を剥きながら騒いでいる。
 柿は渋柿で、干し柿にする為に大量に持ち込まれたものだ。
 この季節、冬の保存食として干し柿を作るのはどこの家でも店にもあるものだ。
 
「小梅、小松ちゃん。食い物を投げようとするんじゃねえよ」
「そんくらい分かってるわよ!」
「佐平のおじさん、大丈夫よ。梅が投げなきゃね」
「もぉー! あんた自分の店に帰んなさいよ!」

 小梅はともかく、小松はというと、佐平の顔が客前に出せるまでは、責任をもって手伝うと言い、この茶屋で佐平の代わりに働いてくれていた。
 そして、そのまま居ついてしまっている感じだ。

「小松ちゃん、今日は自分の手仕事の方はいいのかい?」
「大丈夫です! 手仕事は家でも出来るし、こっちの方が居心地いいですもの」

 こんな具合で、小物問屋の店の中で若い女の子を相手にするよりも、茶屋で男性客にちやほやされる方が良いと、いう具合だ。
 佐平としても、小梅は千吉と元のさやに納まった事もあり、小梅が看板娘から離れてしまった時に小松が店を手伝ってくれれば助かるのもある。
 しかし、それは問屋がおろさないのが小梅だ。

「うちの店には、看板娘のあたしが居れば、十分なのよ!」
「あら嫌だ。じゃあ、あんたずっと嫁にもいかずにここにいる気なの? まぁまぁ、そんなら、千吉さんのとこには、この小松が嫁入りしてやろうじゃないのさ」
「あんた、やっぱり千吉さんを狙ってんじゃないのさ!」

 ほほほと、小松が笑うと小梅が憤慨ふんがいして柿の皮を剥く手が止まってしまう。
 こんな事では、あとどのくらいで柿は裸ん坊になるのやらである。
 
「佐平さん、娘二人が店にいると明るいねぇ」
「明るいと言うより、けたたましいの間違いだとおいらは、思いますけどねぇ」
「若い娘が明るくしてりゃ、商売繁盛じゃないの」
「全然、作業にゃなってやせんけどね」

 常連客と一緒に佐平は、今にもお互いの顔を引っ掻き合わんばかりの娘二人に、いつ止めに入るべきかねぇ? と、考えあぐねては、逆に引っ掻かれて痛い目を見そうだと伸ばした手を出したり引っ込めたりしている。

「そういや、佐平さん。下手人を捕まえた褒美に金一封貰ったんだって?」
「貧乏人にゃあ、過ぎた銭だからなぁ。小梅が嫁入りするまで【久世楼】に預かって貰ってますよ。あんな大金家に置いとくのは、心の臓が冷えちまう」
「そんなに大金だったのかい?」
「半年は暮らせる銭ですよ。なんでも、お取りつぶしになったお武家さんが謝礼にって奉行所に預けていた銭なんだそうですよ」
「へぇー。えらい豪気だねぇ」
「いえいえ。おいらも娘がいるから分かりやすけど、一人娘を殺されちゃあ、どんなに金払ってでも下手人を捕まえて懲らしめてやらないと、気が済みやせんからね」

 例え、それが相対死となるはずだったものでもだ。
 今回は下手人が怖気づいて、娘だけが死んでしまったが、それぐらいなら駆け落ちなり、なんなりして生きてさえくれれば、親としてはどれだけ良かった事か……
 そして、下手人に対してもだ。
 相対死の場合は、片方が生き残った場合、死罪は免れない。
 逃亡もしていることから、引き回しの上、のこで胴を切られる刑で確定するのではないかと言われている。
 
「そういやぁ、乕松とらまつの若が下手人に会いに行ったそうだねぇ」
「ああ。乕松の若旦那は、人が良いからねぇ。下手人が手に入れたかった柘植櫛つげくしを渡しに行ったそうだよ。でも、墓に入れてくれって言われたらしくてね。そのうち入れに行くんじゃないかねぇ」
「ああ、相対死じゃ、相手の娘と一緒の墓には入れないからねぇ。乕松の若も、お人好しだ」
「違ぇねぇ」

 佐平たちが噂をしていたら、乕松が茶屋に顔を出し、小梅と小松の間に入って喧嘩の仲裁を始めていた。
 やはり、お人好しだと頷いてみせた。


※相対死=当時の男女の心中のこと。
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