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小梅の恋

父ちゃんはつらいよ

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 崩れるように倒れた男を、小梅は目と口を大きく開けて見やった。
 千吉を引っ叩く為にあげた手の甲が、まさか関係のない人物にあたるとは思ってもいなかったからだ。
 すぐさま小梅はしゃがみ込み、男を覗き込む。

「ごめんなさい! 大丈夫ですか!」

 悲鳴に似た声で謝る小梅の腕を千吉が掴んで引っ張り、小松も小梅の襟首を掴んで引っ張った。
 引っ張られた小梅は、しかめっ面になって二人を睨みつける。

「何すんのよ! 放してよ!」
「梅ちゃん! 早く、そいつから離れて!」
「あんた何も考えずに飛び込んだんでしょ! この莫迦ばか!」
「なんだっていうのさ! もう! あたしの事はほっといてってば! 放して!」

 揉める三人の元へ佐平がようやく駆け寄り、倒れている男の上に覆い被さる。

「千吉! 小梅と小松ちゃんを連れて逃げろ!」
「はい! 梅ちゃん! 松ちゃんも逃げるよ! 早く!」
「え? 父ちゃん? ちょっ、放してってば!」

 千吉と小松が小梅を引きずるようにして、境内を逃げてゆく。
 佐平は咄嗟のこととはいえ、自分より頭一つ分高い若い男を押さえていられる自信は無い。
 しかし、娘が無事に逃げるまでは、岩に噛り付いてでも離すわけにもいかない。
 
「まったく、おいらも難儀なもんだ」

 ぼやいてみても、仕方がない。
 佐平の目に男が落とした小刀が目に映る。
 足を延ばして、小刀を蹴り飛ばす。
 それ程、距離飛ばせなかったが一先ずは安心だろうと、息を吐く。

「う……っ」
「いけねぇ!」

 男が気付いたのか、小さく呻き声をあげ、佐平は男の両脇と両足に、自分の四肢を滑り込ませて力を入れる。
 動く男に必死に食らいつく佐平は、まるで猿の子が親の腹にしがみついているような状態だ。
 男が立ち上がり、佐平を引きはがそうと暴れ、手で佐平の顔を押しやろうと力を籠めれば、佐平は男の手に噛みついて応戦した。

「ぎゃあ! 何すんだ! この爺!」
「うるせぇ! あの子らの所にゃ行かせねぇ!」
「放せ! この……っ、老いぼれ!」

 顔に拳で何度か叩かれ、佐平の顔が赤くなるも、くらえとばかりに佐平が男の肩に噛みついた。
 男の悲鳴と佐平の呻き声が境内に響く。
 流石に佐平は年なのか顔を叩かれ過ぎたせいか、地面に膝をついてしまう。
 男が自由になった体で佐平を蹴り飛ばした。
 仰向けになって転がった佐平の目に、男が小刀を手にした姿が映る。
 ああ、ここまでか。
 女房にどやされちまう。いや、娘の為によう戦ったと褒めてくれるだろうか?
 しかし、まぁ、娘の白無垢姿ぐれぇは見て、極楽にいきたかったもんだねぇと、ほんの瞬きをする間に佐平は思った。

「おっと、この神社通りで殺生とは、頂けねぇな」

 鉄の弾く音がすると、佐平の顔の横に小刀が突き刺さる。
 佐平が「ひっ」と声をあげると、佐平の上から人相の悪い男は「悪りぃ」とニンマリ笑った。
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