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本編

大槻課長のDomレッスン

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「蒼井……なんだそれは」
「課長。今日はよろしくお願いします。俺を……立派なDomにして下さい」
「……はぁ?」

 居酒屋に到着するなり丈太郎は両手を机につき、深々と頭を下げる。
 大槻は丈太郎の行動に呆気にとられたあと、面倒くさそうに口を開く。

「んなことできる訳ねーだろ。とりあえず、酒飲むぞ。ビールでいいか?」
「……はい」

 大槻にアドバイスがもらえるものだと思っていた丈太郎は、落胆した顔をして大槻を見つめるが、大槻はそんな丈太郎を無視して注文用のタブレットに視線を向ける。
 注文を終えると、若いバイトの女の子が明るい声で「お待たせしました~」と個室の扉を開けビールを運んでくる。
 大槻と丈太郎はキンキンに冷えたジョッキを手に取る。

「お疲れ」
「お疲れ様です」

 ジョッキを合わせ、大槻はグイグイとビールを流し込んでいく。
 丈太郎はしおらしい態度のまま、両手でジョッキを持つと背を丸めチビチビとビールを飲んでいく。
 大槻はビールを飲み干し、ジョッキを机に置くと丈太郎を見据える。

「お前の望む答えはだせねーが、話は聞いてやれる。とりあえず、悩みだけでも吐き出すか?」
「はい……」

 丈太郎は崩していた足を正座に座り直し、聖との関係性を話し始める。

 聖がトラウマを受けた件は伏せ、聖も自分もプレイの経験がほとんどなく、リードすべき立場の自分が不甲斐ないく聖にいつも慰められていること。
 コマンドはいつも失敗し、成功したのはまぐれの一回のみ。
 どうしたらコマンドが上手く言えるようになるのか、立派なDomになれるのか……
 話終え、切羽詰まった顔をして大槻へと視線を向けると、事情を聞いた大槻はケタケタと笑う。

「大槻課長。笑いごとじゃないんですが」

 ムッと唇を尖らせ大槻に抗議すると「すまんすまん」と笑いながら大槻が謝る。

「いや~図体デカいお前からそんな甘酸っぱい悩みが出てくるとは思わなくてな。俺はてっきり激しいプレイでもして、相手から拒否られたのかと思ってたぞ」
「そんなことだったら、ここまで悩みませんよ」

 ハァ……と、大きくため息を吐き丈太郎が項垂れると、大槻が声をかけてくる。

「そうだな……真面目な話をすると、まず、お前はSubのことをどう思っているんだ」
「……え?」
「どう思い、どうしたいんだ?」

 さっきまでの和やかな雰囲気からガラリと変わり、大槻の視線が鋭くなる。
 丈太郎はピッと背を伸ばし考え答える。

「どうと言われても……。俺はDomなので、DomらしくSubを支えて助けてやらないといけないんだと思っています……」

 丈太郎は困った顔をして自信なさげに答える。
 その言葉や態度を見て、大槻は眉根を寄せる。

「蒼井。そもそもお前はDomである自身を認めきれてないところがあるだろう」
「それは……」

 丈太郎はバツが悪そうに大槻から視線を外す。
 今まで何度も丈太郎は自分の性に悩まされた。
 どうして自分なんかがDomなのだろうかと……
 大きな体を小さく丸める姿に、大槻はため息を吐く。

「性とは本能だ。蒼井のコマンドをSubが受け入れられないのは、お前のことをDomとして認められないからだ。その原因を作っているのは蒼井……お前自身だ。お前がDomである自身を受け入れていないから、コマンドが上手くいえないんだ」
「そんなことは分かっています……。でも、十年近く引きずってるトラウマはそう簡単に克服できないですよ……」

 沙羅のことを思い出し、丈太郎がうつむくと、大槻は面倒くさそうに頭をかく。

「んなこと言ったら、一生安定剤とお友達だぞ。だが、今のパートナーとは相性良さそうなんだろ? お前たちはどんなプレイがしたいか話したりしたのか?」

 大槻の言葉に丈太郎は首を傾げる。

「……プレイを話し合うんですか?」
「おいおい。そこからかよ……。普通は……って、ほぼコマンド童貞のお前に普通を説明してもあれだが、まず互いの好みのプレイを把握するのは基本中の基本だろうが」

 大槻は二杯目のビールを飲み干し、つまみのタコワサをつまむ。

「丈太郎、お前はどんなプレイが好きなんだ?」

 行儀悪く箸で顔を指された丈太郎は、自分の好みのプレイについて妄想を巡らせる。
 コマンドによりひざまずき、うっとりとした瞳で自分を求めるSub。
 そのSubを、沢山褒め、撫でて、コマンドを通じてSubの求めるものを自分がしてやりたい。
 それは、つまり……

「いっぱい甘やかしてやりたいです。自分でいっぱいにしたい……」
「ほ~。丈太郎は尽くすタイプのDomなんだな。いいんじゃないか、体格もデカいワンコDomは年上のSubに好かれるぞ」
「俺は……幼馴染にそれをやってあげたいんです」

 好みのプレイをしていた時、相手のSubとして脳裏に浮かんだのは聖だった。

「それなら、その気持ちの通り動け。コマンドが一度でも成功したってことは、蒼井の中にあるDomという性はお前を認めているんだ。あとは、お前自身が素直に認め逃げないことだ」

ーー俺の中にあるDom性が俺を認めてくれている……

 大槻の言葉は丈太郎の胸に強く刺さり、胸が熱くなった。
 
「そういえば、『glareグレア』は試したのか?」
「……glareグレア、ですか」

 Dom特有の眼力であるglare。
 丈太郎の記憶の中で、glareを試したことがあるのは高校一年の時に友人とふざけてやった以来だった。
 Normalだった友人にglareをやったところで、何の効果もなくムムッと眉間にしわを寄せる丈太郎の顔を見て笑われた記憶しかなかった。

「試したこと……ないです」
「そうか。glareもコントロールできないと、Subに恐怖を与える場合もあるからな。じゃあ、今やってみろ。俺が見てやる」
「は、はい」

 丈太郎は一度目を閉じ、深呼吸をしてカッと目を見開き大槻を見つめる。
 大槻はわなわなと小さく震えると、ブハッと噴き出す。

「お前な~目を見開きゃいいってもんじゃないんだぞ」
「そんなこと言われても分からないんですよ! そんなに笑うのなら、課長、お手本見せて下さい」

 丈太郎は、いじけた口調で大槻にそう言うと、大槻の雰囲気が一気に変わる。
 鋭い眼光が丈太郎を捉え、丈太郎は思わず息を呑んだ。
 体格でいえば丈太郎の方が大きいはずなのに、今は大槻がとても強く大きく感じた。
 大槻を見たまま黙り込む丈太郎に、大槻はふっと視線を緩める。

「これがglareだ。今のはDomに対する威嚇を込めて放ったから、圧倒されただろう? Dom同士で牽制する時もglareは使うからな。ライバル会社のDomがいる時は、気を張ってないともってかれるぞ」
「は、はい……」
「だが、Subに使うglareはこれとは違うが……お前にそれをするのは、はっきり言って嫌だ」
「なんでですか!」

 丈太郎の問いに大槻はニタリと意地悪な笑みを浮かべる。

「Subに対してのglareは『ご褒美』なんだぞ。お前、俺からのご褒美がもらいたいのか?」
「はい! 課長からのご褒美もらいたいです!」

 まさかご褒美が欲しいと言ってくるとは思ってもいなかった大槻は呆気にとられるが、丈太郎は大真面目な顔をしてご褒美を待つ。

「……ハァ、一度だけだぞ」
「はい! お願いします!」

 大槻はすっと目を細めると柔らかく微笑み丈太郎を見つめた。
 先程の威嚇するglareとは違う感覚に、丈太郎は大槻から目が離せなくなる。
 今のglareは丈太郎に対して好意的で、その視線だけで頭を撫でられているような気がした。
 Domである丈太郎ですら感じる大槻のご褒美glare。
 これをSubが受ければ、どれだけ幸せな気持ちになれるのだろうか……
 ボーっと口を半開きにし、大槻を見つめ続けているとglareが消える。

「アホ面になってるぞ」
「す、すいません。課長のご褒美glare……凄く気持ちよかったです」
「お前に気持ちよかったと褒められても、なんも嬉しくないし、もう二度としないからな」
「……無理言ってすみませんでした」

 大槻に頭を下げると「気にしてねーよ」と、軽くあしらわれる。

「glareもDomによって強さも変わるからな。パートナーにとって心地のいいglareを一緒に見つけていくのもいい。そうやって、互いの欲求を解消しつつ信頼関係も築いていけ」
「わかりました。今度、やってみます。大槻課長、俺……頑張ってみます」
「おう。しっかり幼馴染を甘やかしてこい」

 大槻はニィと口角を上げ、いつもの笑顔を見せると「もっと飲め飲め」と酒を勧めてくる。
 丈太郎はずっと握りしめていたジョッキを口元に近づけ、少しぬるくなった生ビールを飲み干す。

 大槻からもらった沢山の言葉は、丈太郎の胸に深く深く刻みこまれた。
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