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本編
憂鬱な月曜日
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憂鬱な週末が終わり、丈太郎はいつものように仕事へと向かう準備をする。
クリーニングに出していたワイシャツに袖を通し、トーストしたパンにかじりつき、最後は安定剤をコーヒーで流し込む。
かかりつけ医にDom値が不安定だと言われ、ずっと飲み続けている安定剤も年々錠数は多くなり、早くパートナーとなるSubを見つけろという聞き飽きた主治医の小言を思い出し丈太郎は、ため息を吐いた。
週明けの通勤ラッシュを耐え、都内のオフィスビルへ。
混み合うエレベーターへと乗り込むと、丈太郎の視線の下を少し明るめの茶色い髪がぴょこぴょこと目に入る。
エレベーターが開き、フロアに降りると茶色い髪の人物も一緒に降り、丈太郎の背中をツンとつつく。
「おはよう丈太郎。土曜日は……どうだった?」
「……相変わらずの『へっぽこDom』だったよ」
丈太郎がそう答えると、声をかけてきた茶色い髪の主こと同僚の三宅はサッと顔を青くする。
「あ~~もうごめんって! あの時は失恋と酒の勢いでへっぽこなんて言っちゃっただけなんだって!」
「ハハ。分かってるよ。もう気にしてないって。まぁ、いつものことだから、もう慣れたよ」
本当は一晩落ち込んだが、丈太郎は気にしていないふりをして三宅に意地悪な笑顔を向ける。
三宅はいつもの丈太郎だと思ったのか、少しホッとした表情で手に持っていた缶コーヒーを渡す。
「きっと次はいい出会いが待ってるよ」
「そう、だといいな……」
三宅から、ほら行こうと背中を叩かれて丈太郎は自分のデスクへと向かう。
Normalの三宅にとって、Subを求める丈太郎の行動は軽いナンパか何かと思っているのかもしれない。
だが、DomがSubを求めることはそんな軽いものではないのだ……と、三宅に話したところで、きっとアホな顔をして首を傾げるだけだからやめておこうと丈太郎は思った。
三宅は丈太郎に『へっぽこDom』だなんて、失礼極まりないことを言ってしまうバカがつくほどに素直なところがある。
その素直さに腹立つこともあるが、一緒にいてとても気が楽な存在でもあった。
コロコロと変わる分かりやすい表情は嘘がつけず、それは言葉や態度でも変わらない。
丈太郎を『Dom』だからと特別視することなく、同じ同期として共に仕事を頑張ってきた仲間でもあった。
ただ、へっぽこDomと丈太郎のことをバカにした時は、長年付き合ったSubの彼女があっさりと三宅を捨ててDomの方へといってしまったことと深酒が合わさったためだった。
丈太郎もその時は、入社して間もない不安定な気持ちに酒が入り、普段は話すことなどないDomとしての悩みを同期こぼしてしまっていた。
その話を聞いた三宅が、笑いながら放ったへっぽこDomという言葉は、丈太郎の記憶に深くささった。
次の日、三宅は流石に言いすぎたと、土下座して謝ってきたので丈太郎はその一件を許したが、その後はしばらく三宅を見るたびに『へっぽこDom』という言葉が脳内にこだました。
デスクに座ると、隣の三宅のデスクに視線をうつす。
三宅のデスクには、新しい彼女とお揃いの可愛らしい小さなウサギのぬいぐるみが置いてある。
大人気のテーマパークに新しいキャラが登場したとかで、お揃いで買ったらしい。
そんな三宅のデスクとは対照的に、丈太郎デスクはこざっぱりとしている。
その方が仕事がしやすいとは感じてはいるが、三宅がもつ可愛らしいぬいぐるみに少しだけ羨ましさも感じていた。
年を重ねれば重ねるほどに、人と軽々しく付き合うことが難しくなっていく。
おまけにDomなんて特別なものを持ってしまったせいで、ハードルは上がるばかりだった。
ーーこんな俺を認めてくれる人があらわれるのだろうか……
小さく息を吐き、気分を切り替えるために三宅からもらったコーヒーで月曜の憂鬱を流し込むと、丈太郎はパソコンに届いた仕事のメールに目を通していった。
†††
Domとしてはへっぽこな丈太郎だが、仕事に関しては社内でも一目置かれる存在だった。
主体性があり、学習意欲も高かった丈太郎は入職した頃から頭角をあらわす。
もとから人当たりのいい性格と明るさで人を惹きつける魅力をもった丈太郎に、職場の上司たちにもすぐに気に入られる。
仕事の覚えも速く、効率よく仕事を回し、仕事も一人でやるのではなく、適材適所に業務を振り分ける判断力とチームをまとめる力を持ち、同僚たちも丈太郎の熱意に引っ張られるように仕事をこなしていく。
結果として、部署内は活気に満ちもちろん丈太郎が入社してからは年々業績も上がった。
それを見ていた人たちは『さすがDomだな』と、丈太郎のDom性を褒めるのだった。
何もかもについて回る自分のDom性に、丈太郎は良くも悪くも振り回されていた。
午前中の仕事も終え、スマホを開くと幼馴染の聖から返信がきていた。
おすすめの食事場所を何件か送っていて、聖は焼き鳥が人気の居酒屋がいいと送ってきた。
『了解』と、返事をしてすぐにネットで店の予約を入れる。
聖に返事を返していると「蒼井」と背後で名を呼ばれ丈太郎は振り向く。
眉間に皺を寄せた四十代半ばの男性は、少し不機嫌な顔をして丈太郎に声をかける。
「大槻課長、どうしました?」
「来月から始まる新規事業の内容確認したか?」
「はい。立ちあげの分ですよね。委託した業者からの設計内容の問い合わせについても連絡いれてます」
「相変わらず仕事がはえーな」
不機嫌な顔をした大槻が、ニヤリと口角を上げる。
大槻の顔を初見で見たものは『この人は取っ付きにくそうだ』と思うかもしれないが、その不機嫌顔は大槻の普通なのだ。
丈太郎も初めて大槻を見た時には、不機嫌な様子に緊張したが、その顔とは対照的に仕事内容を説明する口調は穏やかだった。
大槻と関わるうちに、この顰めっ面が大槻にとって普通なのだと理解した。
ヒョロリと背も高く、顔つきもやや強面なせいか、笑うと先ほどのように悪巧みをする悪人面だが、性格は面倒みのいい人なのだ。
出される指示もスマートで無駄がなく、社員の困りごとがあれば声をかけ相談事にのる優しい一面も持っている。
「大槻さんは、俺の憧れの上司です」なんて、言えば大槻は怪訝な顔をして「気持ちわりーこと言うな」と言うだろう。
そんなところも大槻の好きなところだった。
「今回の企画は海外支店のやつらも関わってくるから少々面倒かもしれん。何かあれば報告してこい」
「はい」
「あ、あとなこの前のプレゼン良かったぞ。上層部のお偉いさんも企画については前向きに考えてくれるそうだ。この調子で任せたぞ、蒼井」
ポンと肩を叩かれ大槻は去っていく。
大槻が褒めてくれる時は、こうやって肩を叩いてくれることが多く、丈太郎は憧れの上司に褒められ自然と顔を綻ばせてしまう。
丈太郎が大槻を尊敬しているのが、自分のDom性を見るのではなく丈太郎自身を見てくれるところだった。
大槻の二次性は丈太郎と同じく『Dom』。
そのため、丈太郎の気持ちが分かってくれているのか、Dom性を褒められたことはない。
Domの中には、Dom性である自分を誇らしげに周りに見せつける者も多い。
学生時代にはさほど気にもしなかったが、社会にでるとDomという性なだけで有利なのだ。
だが、大槻は自分がDomだと見せることもなく、黙々と仕事をこなし部署の皆を導いてくれる。
丈太郎は、大槻の背中を見つめ「いつか自分も、あんな人になりたい」と、心の中で密かに思うのだった。
クリーニングに出していたワイシャツに袖を通し、トーストしたパンにかじりつき、最後は安定剤をコーヒーで流し込む。
かかりつけ医にDom値が不安定だと言われ、ずっと飲み続けている安定剤も年々錠数は多くなり、早くパートナーとなるSubを見つけろという聞き飽きた主治医の小言を思い出し丈太郎は、ため息を吐いた。
週明けの通勤ラッシュを耐え、都内のオフィスビルへ。
混み合うエレベーターへと乗り込むと、丈太郎の視線の下を少し明るめの茶色い髪がぴょこぴょこと目に入る。
エレベーターが開き、フロアに降りると茶色い髪の人物も一緒に降り、丈太郎の背中をツンとつつく。
「おはよう丈太郎。土曜日は……どうだった?」
「……相変わらずの『へっぽこDom』だったよ」
丈太郎がそう答えると、声をかけてきた茶色い髪の主こと同僚の三宅はサッと顔を青くする。
「あ~~もうごめんって! あの時は失恋と酒の勢いでへっぽこなんて言っちゃっただけなんだって!」
「ハハ。分かってるよ。もう気にしてないって。まぁ、いつものことだから、もう慣れたよ」
本当は一晩落ち込んだが、丈太郎は気にしていないふりをして三宅に意地悪な笑顔を向ける。
三宅はいつもの丈太郎だと思ったのか、少しホッとした表情で手に持っていた缶コーヒーを渡す。
「きっと次はいい出会いが待ってるよ」
「そう、だといいな……」
三宅から、ほら行こうと背中を叩かれて丈太郎は自分のデスクへと向かう。
Normalの三宅にとって、Subを求める丈太郎の行動は軽いナンパか何かと思っているのかもしれない。
だが、DomがSubを求めることはそんな軽いものではないのだ……と、三宅に話したところで、きっとアホな顔をして首を傾げるだけだからやめておこうと丈太郎は思った。
三宅は丈太郎に『へっぽこDom』だなんて、失礼極まりないことを言ってしまうバカがつくほどに素直なところがある。
その素直さに腹立つこともあるが、一緒にいてとても気が楽な存在でもあった。
コロコロと変わる分かりやすい表情は嘘がつけず、それは言葉や態度でも変わらない。
丈太郎を『Dom』だからと特別視することなく、同じ同期として共に仕事を頑張ってきた仲間でもあった。
ただ、へっぽこDomと丈太郎のことをバカにした時は、長年付き合ったSubの彼女があっさりと三宅を捨ててDomの方へといってしまったことと深酒が合わさったためだった。
丈太郎もその時は、入社して間もない不安定な気持ちに酒が入り、普段は話すことなどないDomとしての悩みを同期こぼしてしまっていた。
その話を聞いた三宅が、笑いながら放ったへっぽこDomという言葉は、丈太郎の記憶に深くささった。
次の日、三宅は流石に言いすぎたと、土下座して謝ってきたので丈太郎はその一件を許したが、その後はしばらく三宅を見るたびに『へっぽこDom』という言葉が脳内にこだました。
デスクに座ると、隣の三宅のデスクに視線をうつす。
三宅のデスクには、新しい彼女とお揃いの可愛らしい小さなウサギのぬいぐるみが置いてある。
大人気のテーマパークに新しいキャラが登場したとかで、お揃いで買ったらしい。
そんな三宅のデスクとは対照的に、丈太郎デスクはこざっぱりとしている。
その方が仕事がしやすいとは感じてはいるが、三宅がもつ可愛らしいぬいぐるみに少しだけ羨ましさも感じていた。
年を重ねれば重ねるほどに、人と軽々しく付き合うことが難しくなっていく。
おまけにDomなんて特別なものを持ってしまったせいで、ハードルは上がるばかりだった。
ーーこんな俺を認めてくれる人があらわれるのだろうか……
小さく息を吐き、気分を切り替えるために三宅からもらったコーヒーで月曜の憂鬱を流し込むと、丈太郎はパソコンに届いた仕事のメールに目を通していった。
†††
Domとしてはへっぽこな丈太郎だが、仕事に関しては社内でも一目置かれる存在だった。
主体性があり、学習意欲も高かった丈太郎は入職した頃から頭角をあらわす。
もとから人当たりのいい性格と明るさで人を惹きつける魅力をもった丈太郎に、職場の上司たちにもすぐに気に入られる。
仕事の覚えも速く、効率よく仕事を回し、仕事も一人でやるのではなく、適材適所に業務を振り分ける判断力とチームをまとめる力を持ち、同僚たちも丈太郎の熱意に引っ張られるように仕事をこなしていく。
結果として、部署内は活気に満ちもちろん丈太郎が入社してからは年々業績も上がった。
それを見ていた人たちは『さすがDomだな』と、丈太郎のDom性を褒めるのだった。
何もかもについて回る自分のDom性に、丈太郎は良くも悪くも振り回されていた。
午前中の仕事も終え、スマホを開くと幼馴染の聖から返信がきていた。
おすすめの食事場所を何件か送っていて、聖は焼き鳥が人気の居酒屋がいいと送ってきた。
『了解』と、返事をしてすぐにネットで店の予約を入れる。
聖に返事を返していると「蒼井」と背後で名を呼ばれ丈太郎は振り向く。
眉間に皺を寄せた四十代半ばの男性は、少し不機嫌な顔をして丈太郎に声をかける。
「大槻課長、どうしました?」
「来月から始まる新規事業の内容確認したか?」
「はい。立ちあげの分ですよね。委託した業者からの設計内容の問い合わせについても連絡いれてます」
「相変わらず仕事がはえーな」
不機嫌な顔をした大槻が、ニヤリと口角を上げる。
大槻の顔を初見で見たものは『この人は取っ付きにくそうだ』と思うかもしれないが、その不機嫌顔は大槻の普通なのだ。
丈太郎も初めて大槻を見た時には、不機嫌な様子に緊張したが、その顔とは対照的に仕事内容を説明する口調は穏やかだった。
大槻と関わるうちに、この顰めっ面が大槻にとって普通なのだと理解した。
ヒョロリと背も高く、顔つきもやや強面なせいか、笑うと先ほどのように悪巧みをする悪人面だが、性格は面倒みのいい人なのだ。
出される指示もスマートで無駄がなく、社員の困りごとがあれば声をかけ相談事にのる優しい一面も持っている。
「大槻さんは、俺の憧れの上司です」なんて、言えば大槻は怪訝な顔をして「気持ちわりーこと言うな」と言うだろう。
そんなところも大槻の好きなところだった。
「今回の企画は海外支店のやつらも関わってくるから少々面倒かもしれん。何かあれば報告してこい」
「はい」
「あ、あとなこの前のプレゼン良かったぞ。上層部のお偉いさんも企画については前向きに考えてくれるそうだ。この調子で任せたぞ、蒼井」
ポンと肩を叩かれ大槻は去っていく。
大槻が褒めてくれる時は、こうやって肩を叩いてくれることが多く、丈太郎は憧れの上司に褒められ自然と顔を綻ばせてしまう。
丈太郎が大槻を尊敬しているのが、自分のDom性を見るのではなく丈太郎自身を見てくれるところだった。
大槻の二次性は丈太郎と同じく『Dom』。
そのため、丈太郎の気持ちが分かってくれているのか、Dom性を褒められたことはない。
Domの中には、Dom性である自分を誇らしげに周りに見せつける者も多い。
学生時代にはさほど気にもしなかったが、社会にでるとDomという性なだけで有利なのだ。
だが、大槻は自分がDomだと見せることもなく、黙々と仕事をこなし部署の皆を導いてくれる。
丈太郎は、大槻の背中を見つめ「いつか自分も、あんな人になりたい」と、心の中で密かに思うのだった。
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