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番外編:ハヤトのお話&レンの初めての巣作り

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「ハヤト、俺がずっとそばにいてやるから安心しろ」
「ほんとに?」
「うん、ほんとだよ。ずーっと一緒にいてやるよ」

 母親がいない夜。
 寂しさのあまりぐずるオレにいつもレンがかけてくれた言葉。
 柔らかな笑顔と抱きしめられて感じるレンの優しいぬくもり。
 レンがずっとそばにいてくれると分かると、不安が吹き飛んでいく。

『レンがそばにいてくれる』
『レンはずっと一緒』

 幼い頃からずっとそばにいてくれたレンはとても大切な存在で、レンと交わした約束は永遠だと信じて疑わなかった。
 けれど、その約束はレンが『オメガ』だとわかった時に消え去っていく。
 そして、オレの大好きな笑顔も徐々に消えていった。

 首輪をつけて、アルファを求めるレン。
 本能がレンを壊していくのを隣で見ていて辛かった。
 少しでもオレを見てほしくて気付いてほしくて、からかったり我儘を沢山言った。
 オレのことを怒る時のレンは昔と変わらない感じがしたが、レンの頭の中を支配しているのは常に顔も知らないアルファだった。

『早く番を見つけて楽になりたい』

 レンと母が飲んでいた時に酔っ払って弱音を吐いた時、レンは辛そうな顔でポロッと弱音を吐いていた。
 オメガになって辛かったこと、オメガになって諦めたこと。
 苦労を重ねたその顔を笑顔にしてやりたいのに、中学生のオレではどうすることもできなかった。

ーー早く大人になりたい。

 その願いのせいか、体だけはどんどんデカくなっていく。
 いつの間にかレンの身長を追い越して、レンの体を丸ごと包み込めるくらいになった。
 だけどオレには足りないものがある。
 レンが求める『アルファ』であること。
 こればっかりは、運命の神様に願うしかなかった。
 そして、毎年七夕の夜に天の川を見つめながら願う。

『レンが求めるアルファになれますように』と。

 あの日も毎年の恒例行事になった七夕の願いを心の中で呟いていた時だった。
 隣のベランダから物音がして、レンが出てきたことに気付く。
 声をかけようかと思った時、風に乗ってふわりと香りが漂ってきた。
 本能をくすぐるような甘い甘い香り。
 その香りを嗅いだ瞬間、ぶわっと鳥肌が立ち心臓が大きく跳ね上がった。
 息が荒くなり、どうしようもない性衝動が湧き上がる。
 心の奥底で自分の知らない『自分』が叫ぶ。
 この香りを放つ人を見つけろ。
 見つけて自分のものにしろ、と。

「なん、なんだ……これ……」
 
 バクバクと心臓が大きく脈打ち、体が勝手に香りを追っていく。
 すると、隣のベランダにいたレンが慌てた様子で部屋に戻っていく音がした。
 レンがいなくなると、香りが薄くなる。
 オレの意識はだんだん知らない自分に飲み込まれていき、香りを求めていた。

ーー追わないと……

 気がつけばレンの部屋に入っていて、強くなる香りを求め、膨らんだ布団を剥がしていた。
 目の前で、恐怖で震えるレンを見て意識が戻ったが何が起こったのか分からずに困惑した。
 自分の本能を抑え必死になって問いかけると、レンも辛そうな顔をして伝えてくれる。

 オレがアルファだと。

 それからは、互いに本能をさらけ出して体を重ねた。
 レンに求められ、レンの香りに包まれ、レンのぬくもりを感じ、レンの中に自分の証を残す。
 心と体が満たされると、レンに対する愛情もより一層大きくなる。
 そして、自分に足りなかった『アルファ』というものを手に入れられた喜びに一人で浮かれてしまっていた。
 これでレンを幸せにできると勝手に思い込み、舞い上がりレンが悩んでいることに気付いてやれず……レンはオレの前から姿を消した。

 レンが消息を絶ってから、思いつく限りの場所を探し、連絡を入れ続けた。
 だが、レンは見つからない。
 電話の呼び出しコールは延々となり続け、メッセージが既読になることもない。
 何か事件に巻き込まれたのか、それともオレを拒絶しているのか……
 考えれば考えるほど心がすさんでいく。

 レンを探し続けて四日が経ち、ようやく連絡がとれた時にレンから告げられた『番になる人を見つけた』という言葉。
 怒りよりも絶望感が強く、レンの言葉に何度も胸を引き裂かれた。
 でも、その時になって初めてレンの気持ちが分かった気がした。
 オメガである自分を認めてくれないアルファたちに拒まれ続けたレンは、きっと今のオレと同じ気持ちになったんだろうな、と。
 だからといって、オレはレンを諦めるつもりなんてなかった。
 だって、レンの声は番となるアルファを見つけたはずなのに、嬉しそうには聞こえなかった。
 レンを幸せにできるのはオレだけなんどと気持ちをぶつければ、レンはオレを求めてくれた。
 そして、レンを見つけて、がむしゃらに愛して、オレたちは番になることができた。

 毎日、レンのうなじに刻まれたオレの証を見ては幸福感で胸がいっぱいになる。
 うなじを撫でてキスをするとレンは恥ずかしそうに頬を赤く染める。 
 可愛いなぁ~って思いながら、今度はレンの唇にキスをするのが日課になっている。
 そして、今日もまた学校に行く前にレンにキスをすると、いつもよりボーっとした顔で送り出してくれる。

「レン、大丈夫? 今日は学校休もうか?」
「ううん、大丈夫。ヒートがくる前はいつもこんなんだから」

 大丈夫だと言ったレンの体からは、昨日よりも濃いフェロモンの匂いがした。
 番になってから初めてのレンのヒートに、オレは緊張と興奮でここ数日ソワソワしていた。
 ヒートの時の性的欲求を満たしてやれるのは番であるオレだけだ。
 今までは一人でヒートを耐えてきたレンにとびきり甘い時間をプレゼントしてあげたいと思い、授業などそっちのけでレンのことばかりを考えていた。
 最後の授業が終わると、走ってレンの部屋に向かう。

「レン! ただい……——っ!」

 玄関のドアを開けた瞬間、むせかえるようなレンの香りが体を包み込んだ。
 思わず意識を本能にもっていかれそうになるが、なんとか耐えて匂いのする方へと歩いていく。
 寝室のドアを開くと、ベッドを見て息を呑んだ。
 ベッドの上には布団ではなく、オレの服が散乱しベッドの中心でもぞりと動くレンの腕の中には今朝着ていたパジャマが大事そうに抱かれていた。

ーーこれが、オメガの巣作り……

 自分の番が初めて作った巣に見惚れていると、レンがオレを求めて呼ぶ。

「ハヤト、こっち、きて」
「あ、うん」

 慌ててレンのもとにいくと、すぐに抱きしめられる。
 ほてった体と、甘い香りに反応してオレの体からもぶわりと何かが放たれる。
 すると、レンはとろりと目を細めて幸せそうに微笑む。

「レン、巣作り上手にできてるね」
「え? あ……これが、巣作りなんだ。ヒートがきたら、ハヤトが欲しくてたまらなくて、気がついたらハヤトの香りがするものを集めてた」

 レンは無意識に巣作りしていたようで、恥ずかしそうに照れた顔をする。

ーー今度はもっとオレの私物を置いておこう。

 次のヒートの時にレンはどんな巣を作ってくれるのだろうかと想像しながら、大切な番をぎゅと抱きしめ、キスをして、たくさんの愛を伝えていった。
 

                おわり               

ーーーー

番外編読んでいただきありがとうございました!
以外と人気な九条さんのお話も番外編で投稿できたらなと思っています。
更新した際はどうぞよろしくお願いします。
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