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28話 Side ジン
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「ゲ……イル……さま……」
無駄だと分かっているが、名を呼ばずにはいられなかった。
硬直し冷え切った体を揺すり、消え入りそうな声で何度も何度もゲイル様の名を呼び続ける。
だが、そんなことをしても現実は何も変わりはしない。
とめどなく溢れ出す涙で、ゲイル様の姿が歪む。
沢山酷いこともされ、エクラ様を呪い魔物に変え憎む気持ちもあるが、こんな結末を望んでなどはいない。
ゲイル様は俺の命を救ってくれ、育て、生きる喜びを教えてくれた。
憎む気持ち以上に沢山の幸せも与えてもらったのに……こんな別れなんて……
「ぃやだ……げいる、さまぁ……」
ゲイル様の死を受け入れられずにいると、礼拝堂の外から声が聞こえてくる。
「おい! 中で音がしたぞ。魔物の生き残りがいるかもしれないぞ」
「もしかして、あの『白の魔物』じゃないか? おい、団長に伝えて中を調べるぞ。すぐに動ける者を集めて討伐の準備だ」
男たちの声にハッとし、エクラ様の方を振り返る。
聞こえてきた『白の魔物』とは、エクラ様のことなんじゃ……。
『討伐』という不穏な言葉。
このままここにいたら、エクラ様もあの魔物たちのように殺され……る……。
悲惨な死を遂げた魔物たちの死骸にエクラ様の姿を重ねてひゅっと息が詰まる。
「に、にげ……なきゃ……」
ゲイル様がいなくなった悲しみをかき消すように涙を拭う。
いまだ恐怖で震える足をなんとか動かしエクラ様の元へと駆け寄ろうとした時『何か』を蹴飛ばす。
カラン……と、音を立てて転がる鈍色の玉。
その『何か』は、よくゲイル様が首から下げていたものだった。
『ジン。この宝玉にはエクラの魂と精神を閉じ込めてある』
ゲイル様の言葉が蘇り、急いで転がり落ちた宝玉を手に取りエクラ様に駆け寄る。
「エクラ様、ここから逃げましょう」
俺の言葉にエクラ様は頷き、俺たちは地下道へと向かった。
身を潜めていた部屋から、持てるだけの食糧と水を手にし小さなランタンで暗闇の中を歩き続ける。
時折、背後から物音がすれば討伐隊が追いついてきたんじゃないかと恐怖が襲う。
「ジン……」
「大丈夫です。俺が絶対……絶対にエクラ様を守りますから」
エクラ様にそう声をかけ、怖がっている自分自身に言い聞かせる。
恐怖を紛らわすようにエクラ様の指先を握りしめ、出口の分からぬ闇の中を進み続けていった。
……ニ日、いや、三日くらい経っただろうか。
持ってきた少量の食糧と水は底をつく。
乾いた声でエクラ様の名を呼べば、頬に冷たくざらりとしたエクラ様の肌が触れる。
緊張感と恐怖ですり減った精神を支えてくれるのは、エクラ様だけだ。
「エクラ……さま……」
「ジン……ジン……」
———次に目が覚めたとき、俺たちは生きているだろうか……
そんなことを考えながら、互いの名を呼びエクラ様に抱きつくように眠りに落ちた。
そして、長い長い暗闇の道はようやく終わりを告げる。
薄らと光が見え、俺は最後の力を振り絞り駆け足で光の方へと向かう。
光が漏れていた場所は、木の板で塞がれており俺の力ではどうにもならなかった。
「これ……無理だ……。あの、エクラ様。力を貸していただけませんか?」
エクラ様にお願いをすると、小さく頷き板に手をかざす。
ミシミシと音を立て、光を閉ざしていた木の板が壊され……眩いほどの光が俺とエクラ様を包み込む。
辿り着いた光の先。
眩しさに目が開けられず、慣れてきたところで薄らと目を開く。
目の前に広がる緑の森。
青々と茂った草木が、風に優しくゆらめいていた。
「あ……出られたんだ……。やった……エクラ様! 外に出られましたよ!」
嬉しさのあまり抱きつくと、エクラ様も喜んだように頬ずりしてくれる。
でも、喜んでばかりもいられない。
早くここから離れてもっと安全な場所に行かないと……。
「エクラ様、もう少し頑張りましょうね」
エクラ様の手を取り歩き出そうとすると、木の根につまづき転びそうに……。
しかし、転ぶ前にエクラ様に抱き寄せられ、俺はすっぽりと腕の中に収まる。
「すみません、エクラ様」
「……ジン」
気にするなと言ってくれているようで、嬉しくて頬を撫でる。
降りようと足を動かすが、エクラ様がしっかりと抱きしめ腕の中から逃れられない。
「エクラ様? もう、大丈夫ですよ?」
見上げると、漆黒の瞳は空を見つめていた。
エクラ様は骨張った翼を広げると大きく羽ばたかせる。
ふわりと体が浮上し、俺は驚いてしまう。
「え? エ、エクラ様!?」
名を呼ぶと一気にエクラ様は空へと浮き上がる。
背の高い木々を楽々と超え、青空に吸い込まれるように高々と舞い上る体。
ギュッとつぶっていた瞼を恐る恐る開くと、真っ青な空が広がる。
「うわぁ……すごい……」
あまりの高さに恐怖心もあったが、それをかき消す美しい風景。
周りを見渡すと王都が目に入る。
「ジ……ン……」
「……はい。俺は何があってもエクラ様とずっと一緒にいますよ」
『一緒に逃げてくれるかい?』
そう聞かれた気がして、腕をぎゅっと掴み答えるとエクラ様は嬉しそうに口角を上げる。
そして、俺たちは王都を背にしたまま、遥か遠くへ共に羽ばたいていった。
無駄だと分かっているが、名を呼ばずにはいられなかった。
硬直し冷え切った体を揺すり、消え入りそうな声で何度も何度もゲイル様の名を呼び続ける。
だが、そんなことをしても現実は何も変わりはしない。
とめどなく溢れ出す涙で、ゲイル様の姿が歪む。
沢山酷いこともされ、エクラ様を呪い魔物に変え憎む気持ちもあるが、こんな結末を望んでなどはいない。
ゲイル様は俺の命を救ってくれ、育て、生きる喜びを教えてくれた。
憎む気持ち以上に沢山の幸せも与えてもらったのに……こんな別れなんて……
「ぃやだ……げいる、さまぁ……」
ゲイル様の死を受け入れられずにいると、礼拝堂の外から声が聞こえてくる。
「おい! 中で音がしたぞ。魔物の生き残りがいるかもしれないぞ」
「もしかして、あの『白の魔物』じゃないか? おい、団長に伝えて中を調べるぞ。すぐに動ける者を集めて討伐の準備だ」
男たちの声にハッとし、エクラ様の方を振り返る。
聞こえてきた『白の魔物』とは、エクラ様のことなんじゃ……。
『討伐』という不穏な言葉。
このままここにいたら、エクラ様もあの魔物たちのように殺され……る……。
悲惨な死を遂げた魔物たちの死骸にエクラ様の姿を重ねてひゅっと息が詰まる。
「に、にげ……なきゃ……」
ゲイル様がいなくなった悲しみをかき消すように涙を拭う。
いまだ恐怖で震える足をなんとか動かしエクラ様の元へと駆け寄ろうとした時『何か』を蹴飛ばす。
カラン……と、音を立てて転がる鈍色の玉。
その『何か』は、よくゲイル様が首から下げていたものだった。
『ジン。この宝玉にはエクラの魂と精神を閉じ込めてある』
ゲイル様の言葉が蘇り、急いで転がり落ちた宝玉を手に取りエクラ様に駆け寄る。
「エクラ様、ここから逃げましょう」
俺の言葉にエクラ様は頷き、俺たちは地下道へと向かった。
身を潜めていた部屋から、持てるだけの食糧と水を手にし小さなランタンで暗闇の中を歩き続ける。
時折、背後から物音がすれば討伐隊が追いついてきたんじゃないかと恐怖が襲う。
「ジン……」
「大丈夫です。俺が絶対……絶対にエクラ様を守りますから」
エクラ様にそう声をかけ、怖がっている自分自身に言い聞かせる。
恐怖を紛らわすようにエクラ様の指先を握りしめ、出口の分からぬ闇の中を進み続けていった。
……ニ日、いや、三日くらい経っただろうか。
持ってきた少量の食糧と水は底をつく。
乾いた声でエクラ様の名を呼べば、頬に冷たくざらりとしたエクラ様の肌が触れる。
緊張感と恐怖ですり減った精神を支えてくれるのは、エクラ様だけだ。
「エクラ……さま……」
「ジン……ジン……」
———次に目が覚めたとき、俺たちは生きているだろうか……
そんなことを考えながら、互いの名を呼びエクラ様に抱きつくように眠りに落ちた。
そして、長い長い暗闇の道はようやく終わりを告げる。
薄らと光が見え、俺は最後の力を振り絞り駆け足で光の方へと向かう。
光が漏れていた場所は、木の板で塞がれており俺の力ではどうにもならなかった。
「これ……無理だ……。あの、エクラ様。力を貸していただけませんか?」
エクラ様にお願いをすると、小さく頷き板に手をかざす。
ミシミシと音を立て、光を閉ざしていた木の板が壊され……眩いほどの光が俺とエクラ様を包み込む。
辿り着いた光の先。
眩しさに目が開けられず、慣れてきたところで薄らと目を開く。
目の前に広がる緑の森。
青々と茂った草木が、風に優しくゆらめいていた。
「あ……出られたんだ……。やった……エクラ様! 外に出られましたよ!」
嬉しさのあまり抱きつくと、エクラ様も喜んだように頬ずりしてくれる。
でも、喜んでばかりもいられない。
早くここから離れてもっと安全な場所に行かないと……。
「エクラ様、もう少し頑張りましょうね」
エクラ様の手を取り歩き出そうとすると、木の根につまづき転びそうに……。
しかし、転ぶ前にエクラ様に抱き寄せられ、俺はすっぽりと腕の中に収まる。
「すみません、エクラ様」
「……ジン」
気にするなと言ってくれているようで、嬉しくて頬を撫でる。
降りようと足を動かすが、エクラ様がしっかりと抱きしめ腕の中から逃れられない。
「エクラ様? もう、大丈夫ですよ?」
見上げると、漆黒の瞳は空を見つめていた。
エクラ様は骨張った翼を広げると大きく羽ばたかせる。
ふわりと体が浮上し、俺は驚いてしまう。
「え? エ、エクラ様!?」
名を呼ぶと一気にエクラ様は空へと浮き上がる。
背の高い木々を楽々と超え、青空に吸い込まれるように高々と舞い上る体。
ギュッとつぶっていた瞼を恐る恐る開くと、真っ青な空が広がる。
「うわぁ……すごい……」
あまりの高さに恐怖心もあったが、それをかき消す美しい風景。
周りを見渡すと王都が目に入る。
「ジ……ン……」
「……はい。俺は何があってもエクラ様とずっと一緒にいますよ」
『一緒に逃げてくれるかい?』
そう聞かれた気がして、腕をぎゅっと掴み答えるとエクラ様は嬉しそうに口角を上げる。
そして、俺たちは王都を背にしたまま、遥か遠くへ共に羽ばたいていった。
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