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八章
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しおりを挟む「ふはははっ、俺たちは強い!」
七人と一匹から三十人になった”太陽を掴む鷲”は、アドラーが吠えるほどの快進撃を見せていた。
本戦初日、ライデン市ギルドランク75位の”冒険とは歩くこと”団を一蹴。
本戦二日目、カラハリ公国を代表するギルド、”革のブーツは煮ると食える”団を大差で退ける。
三日目は、ライデン市で序列5位、”手袋をつけた犬”団に競り勝った。
ようやく、やっとのことでアドラー率いる太陽と鷲が、名門ギルドとして復活しようとしていた。
アドラーだって調子に乗る。
「あなた、恥ずかしいからやめてちょうだい」とミュスレアが頼むくらいに。
「あなた、だなんて図々しい」
鋭いエルフ耳で聞き取ったリヴァンナがジト目で睨む。
南北の大陸でアドラーへのアタック権を別けたのは、リヴァンナにとって痛恨の失敗だった。
ライデン市のある南大陸は、今が夏の終わりでもうすぐ秋。
冒険のシーズンは終わりつつあり、北大陸ではその逆、これからが本番となる。
リヴァンナの読みでは、春になった北大陸にアドラーが戻ってくると思っていたのだ。
だがミュスレアは速攻を仕掛けた、アタッカーらしく正面突破である。
ちやほやされる状況に満足し、なるべく今のままが良いなあと考えていたアドラーも、エルフの電撃戦により包囲殲滅されようとしていた。
しばらくの間、アドラーが北の大陸に行く用事はない。
せいぜいのとこ、集まって来たシャーン人を送り届けるくらいであった……が、キャルルが一騒動を起こす。
二百人ほどのシャーン族で、子供世代は僅かに三人。
寿命のわりに子供が少ないエルフ族でも、これは格別に少ない。
三人の子供ダークエルフを、キャルルが案内していた。
「これリンゴ飴、知ってる? 買ってあげるよ」
対抗戦は最大で三万もの冒険者が集まり、それを目当てに屋台が出て、さながらお祭りとなる。
シャーン族の子供を案内するキャルルには、アドラーから小遣いが出ていた。
ついでに姉のミュスレアからもせしめた。
バレたら怒られる小遣いの二重取りも、使ってしまえば問題ないと、キャルルは三人に大盤振る舞いをする。
「ありがとうございます、キャルル様」
一番年長のダークエルフの娘がお礼を言う。
「やだなあ、様とかやめてよ。キャルルでいいよ」
キャルルが三人にリンゴ飴を手渡すと、一番小さな男の子が「ありがとう、キャルルお兄ちゃん!」と笑った。
末っ子のキャルルには感動だった。
真ん中の女の子は、頬を染めて飴を受け取ると、口の中を見せるのが恥ずかしいとばかりに小さく齧る。
気前が良くて社交的、大人に混ざって頑張る少年冒険者は、アドラーの五倍はモテるのだ。
年長の娘が、遠慮がちにキャルルに聞いた。
「ですがキャルル様、我々はこれからアドラー様にお仕えすると聞いています」
「ええっ!? そんなわけないよ、兄ちゃんがそんな要求するわけないもん」
キャルルは即座に否定。
アドラーが恩着せがましく役に立てなど、言うはずがないと確信していた。
だが今回は、どちらも正解であった。
もちろんアドラーはそんな要求はしていない。
だがシャーン族の長老たちは決めていた、一族の移住を世話してもらい、金貨五百枚もの支度金のお礼は三代かけても返しきれない。
せめて数人なりと、アドラーの下へ送って影の役を努めようと。
「まあ、どっちでも良いけどね。兄ちゃんが変な任務言いつけたりするわけないし」
キャルルは気楽に考える、一番下っ端から脱出するチャンスかもと思ったのだ。
屋台をカニ歩きで制覇する四人の子供エルフは、かなり目立つが危険はない。
周りは大人の冒険者だらけで子供に絡んだりしないし、何と言ってもキャルルはミュスレアの弟で、保護者はアドラーだと、ライデン市の冒険者なら誰でも知っている。
しかし誰もが紳士的とは限らない、特にキャルルと同世代の男の子は。
「うおっ、褐色エルフだ! 珍しい!」
「エルフのガキばかりが四人もいるぜ!」
「ヤキソバ食ってる、エルフなのに!」
十六歳になったキャルルより少し年上、頭の悪そうなヒト族の男子が三人でからかいを始めた。
「行こう」と、キャルルが間に立って先を促す。
少年は、この手の嘲笑に慣れていた。
決まって姉が居ない時にやって来ては、キャルルをからかい、時には虐めることもある。
だが成長の遅いキャルルにはどうすることも出来ず、長い耳を恨んだりもしたが、今は違う。
三人のシャーン族の子を守るのは、キャルルの役目。
怒ってやり返したり言い返したりしては駄目だと、しっかり分かっていた。
「おっと、待てよ」
悪ガキ達が道を塞ぐ。
「通してください。こんなとこで騒いでも、すぐ人が来ますよ」
キャルルは丁寧に頼むが、相手はにやっと笑って言い返す。
「それはどうかなあ。俺の親父、対抗戦運営の偉い人なんだ」
予想外の言葉にキャルルも動揺する。
対抗戦で勝ち進み、ようやく手にした報酬はギルドにとって大事なもの。
自分勝手な行動で失うようなことがあれば、みんなが困って悲しむとキャルルは知っている。
「……話なら、ボクが聞きますから」
そう言いながらキャルルは手で合図してシャーン族を遠ざけようとするが、別のガキが回り込む。
「ちょ、待てよ! へへ、すっごい美人だな……服の下も日焼けしてんのか?」
一番年長の娘に目を付けた一人が、乱暴にも服の裾を引っ張る。
「おい、止めろ! 何をする! ボクは……」
ミュスレアの弟で、アドラーの団の一員だぞと言おうとして、キャルルは口を閉じる。
男の子のプライドが半分、大事にしては駄目だとの思いが半分。
「なんだ、言えよ?」
最後の一人がキャルルの頬をぱしっと叩く。
信じられないほど遅い動きで痛くも何ともなかったが、キャルルは卑屈な笑い――奴らが求める表情――を作って財布を差し出した。
「これで、勘弁してください」と。
だが悪ガキどもは笑い飛ばす。
「俺の親父はさぁ、ライデンの大商人で市議会の議員だぜ?」
「俺の親父は、運営にも協力してるフォーク准伯だ。帝国貴族だぞ、驚いたか?」
キャルルにはどうにも出来ない、上流階級で権力者の子弟ばかり。
覚悟を決めたキャルルは、今度は目と手で命令する「先に逃げろ」と。
獲物を逃したガキどもは激怒する、その怒りは残ったキャルルに向く、しかしそれで良いと少年は考えた。
こんな奴らに殴られても、冒険者の自分なら耐えられるとも。
「あの、お願いです。なんでも言うことを聞きますから、キャルル様と二人は解放して下さい!」
キャルルの意に反して、誇り高きシャーン族の娘は自ら願い出た。
いやらしい笑いを浮かべた帝国貴族の息子とやらが、ダークエルフの目立つ耳を掴む。
「痛い!」と娘は叫んだ。
エルフの耳は鋭いが、その分だけ敏感、力を込めて引っ張ると目に異物が入ったような痛さがある。
「大袈裟なやつめ、たかが耳に触れたくらいで……おい貴様、何のつもりだ?」
フォーク准伯の息子の腕を、キャルルが握っていた。
まだ小柄、平均的な十六歳の身長以下のキャルルが下から三人を睨む。
「その手を離せ! さもないと、ボクが相手になるぞ!」
声変わりのしない可愛い声に二人は笑ったが、フォーク准伯の息子の手が震えて開く。
「こ、このチビめ! チビのくせになんて力だ! おい、お前ら!」
キャルルは毎日のように剣の訓練をしていて、握力だけは一人前。
「チビエルフめっ!」と、笑った二人が同時にキャルルに殴りかかった。
一人前の握力といっても、それは冒険者として一人前である。
他の能力、素早さにバランス感覚、反射神経に精神力から戦闘経験まで、今のキャルルの強さは街の不良少年など……相手にもならない。
反撃に出たキャルルも驚いた。
アドラーに付いて回ったこの1年、自分がこれほどに成長していたとは思っていなかった。
「少し、手加減してやるよ!」
唸りをあげた少年の闘争心は止まらない。
もちろん武器など使わない、キャルルの手足は思い通りに素早く動き、自分より背の高い三人が相手でも圧倒する。
鼻頭に一発で流血し、さらに腹に一発ずつ食らっただけで、絡んできた三人は地面に膝を付く。
子供の喧嘩に混ざることはないが、激化すれば止めようと見ていた周囲からも歓声が上がるほど、手加減をした鮮やかなものだった。
「ち、ちくしょうめ! 覚えとけよ! 親父に言いつけてやるからな!」
三人の悪ガキは、同じことを言いながら逃げていった。
「キャルルお兄ちゃん、強い!」
一番小さな男の子が目を輝かせる。
上と真ん中、二人の少女は、早くも住み慣れた故郷のことを忘れる勢いでキャルルを見つめる。
「あー、やっちゃったなぁ……どうしよう」と言いつつも、キャルルは誇らしげ。
二人の姉にもアドラーにも頼ることなく、自力で脅威を排除したのだから。
だが……権力者の復讐はこれからがしつこい。
急ぎ団へと戻ったキャルルは、正直にアドラーへと事の顛末を話す。
アドラーは褒めるべきか叱るべきか、少し迷っていた。
シャーン族の子供たちは怒らないで下さいと頼み、弱いものを守ったキャルルに落ち度はない。
アドラーはキャルルの頭に手を置いた。
「キャル、お前はもっと強くなる。その時に、今日と同じ解決の仕方を選んだら駄目だぞ。戦わなくても守ることは出来る……」
そこまで言ったアドラーは気付く、自分が言っても説得力がないなと。
それから少年の頭を強めに撫でた団長は決断した。
「よし、ほとぼりが冷めるまで身を隠そう! 丁度いい、北の大陸へみんなで行くぞ!」
アドラーの宣言に、リヴァンナが密かにガッツポーズをしていた。
対象的にミュスレアはうなだれる、あと少し、ほんのひと押しだったのにと嘆きながら。
しかし長女は、キャルルを手元に呼んでから褒めた。
「女の子たちを守ったのね? あなたは自慢の弟よ」と。
アドラー達は、本戦の最終日をすっぽかし、シャーン族と助け出した有翼族を連れて北へ渡る。
キャルルに殴られた悪ガキの親は、犯人を探そうとして……失敗した。
運営の偉い人は、事情を聞いた冒険者達の不満の的になった。
「てめー、クソみたいな運営しといて、ガキもクソかよ!」
言いがかりに近い冒険者の抗議で、辞任に追い込まれる。
議員の親も、息子の不祥事が明るみに出て同じく辞任。
最も不幸だったのは、フォーク准伯の息子。
貴族だけあり、手勢を派遣してキャルルを探そうとしたところで、親子ともども帝都に召喚される。
ミケドニア帝国軍で随一の実力者バルハルトが、フォーク准伯に一言だけ告げた。
「貴公の子息だが、良い噂を聞かぬな。わしが軍で預かり、厳しく鍛え直してやろう」
こうして、一兵卒の荷物持ちから始めることになる。
アドラーは、そんなことなどつゆ知らず。
大人数を引き連れながら、北の大陸を横断する。
困ってる人を助けること二十三回、立ち寄った村を救うこと七回、ボス級のモンスターを倒すこと五回。
ことあるごとに、アドラーは宣伝して回る。
「冒険者ギルド、太陽を掴む鷲団、アドラクティア大陸支部です! 御用があれば是非一報を。ついでに団員も募集中!」
だがしかし、北の大陸の住人は勘違いをする。
初めて耳にする冒険者とは、困った時に無料で助けてくれるものだと。
そのせいで、アドラクティア大陸支部は忙しいが収入が少ない状況がずっと続く。
ただし、アドラーのかつての仲間やシャーン族が手伝うので、破綻することはなかった。
本にすれば三冊分の冒険を終え、再びアドラーがライデン市へ戻ったのは半年後。
次のギルド対抗戦の直前だった。
「こればかりは、無視するわけにいかないからな」
アドラーはやる気十分で、一回りたくましくなった仲間たちを見る。
「兄ちゃん、見て見て! リューねえを追い越したよ!」
姉の横に並んだキャルルが、大声で報告した。
「ほんとだにゃ! さすが男の子!」
女神のバスティが真っ先に反応した。
「はぁ……遂にこの日が来るなんて……」
リューリアが少し複雑な表情になる。
「小さい方がかわいいのに……」
魔女のマレフィカは特に残念な顔。
「むぅーキャルルのくせに生意気な。あたしも大きくなるはずなのに」
ブランカは面白くない。
竜なのに団で一番小さいのだ。
「うむ、もっと食え。大きくなるぞ」
ダルタスはキャルルを褒めてくれた。
「成長期だなあ……。ところでミュスレアさん、どうしたの?」
アドラーは、この半年ほど大人しかったミュスレアに声をかける。
うつむいていた長女が顔をあげると、満面の笑顔があった。
「いやーなんでもない! けど長かったぁー! あんな取り決めするんじゃなかったわ! もういい加減に覚悟してもらうわよ?」
アドラーの右腕にミュスレアが飛びつくと、間髪入れずにバスティが頭に飛び乗った。
「ずるい、わたしはこっち!」とリューリアが左側に回り、「あたしはここだ!」とブランカは背中に飛びついた。
「魔女にそういう身軽さはないのじゃー」
マレフィカは出遅れていた。
「こ、こら、お前たち!」
一斉に飛びかかられてよろけたアドラーを見ていたキャルルは、我慢をする。
「ボク、もうそんな子供じゃないもんね!」と言って。
「強がりだな」と、ダルタスが一瞬で看破していたが。
何時もと変わらないが、少しだけ成長した冒険者ギルドの物語はまだまだ先がある。
人と竜と神が同居するギルドは、世代を超えて続くのだ。
完
読んでいただきありがとうございます!
ギルドイベントとトルデシリャス条約を絡めた話にしようと思い書きました
完結表示にしますが、また何か思いついたら書きます
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お疲れ様でした。
文章も雰囲気も好きでしたが、キャルルが出しゃばってる感とギルド対抗戦だけがどうもしっくりこないし、イメージ湧かない感じでした。他の描写は全然イメージわくのに…
たまたま来たら、なんか始まってるな
更新ペースは落ちるのですが
少しづつ書くのでよろしくおねがいします^^
ありがとうございます
他にも同様にご意見をいただいております
生死の絡むギリギリの場面がほぼありませんので
安心して読んでもらおうと思っていました
大きく改稿する機会があれば、手をいれてみようと思います