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八章
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しおりを挟むこの城、ブルゴーニュ公の城にいるかもしれない強敵で、アドラーは一人だけ心当たりがあった。
その強者に関しては、リヴァンナがあちこちで探りを入れていた。
城の周辺や内部、付近の教会や墓地まで、土着の幽霊に尋ねて回ったのだ。
「やっぱり来てないって」
幽霊から聞いた話をリヴァンナがアドラーに伝える。
「ふーん、ならまだ生きてるのかな?」
死んでいれば英雄の魂が見つかるが、生きてるなら何処に居るか分からない。
先代のブルゴーニュ公、フィリップの探索をアドラーは打ち切っていた。
姿勢と表情を正したアドラーが、老人に対して丁寧に尋ねる。
「恐れながら、先のブルゴーニュ公爵、フィリップ閣下であらせられますか?」
髭を撫で付けた老人は、一度だけ遠くを見てからアドラーに視線を戻して言う。
「わしゃ殿下じゃ」と。
セダーン城の外では、ダルタスがアドラーの戻りを待っていた。
むしろ敵でも良いから現れろと望んでいた。
筋肉鎧のオークの後ろでは、二人のエルフが言い争う。
アドラーが離れ、周りに人が居なくなったとこで、戦争が再開したのだ。
「わたしは、ずっと知ってる。アドラーがもっと小さい頃から」
「うっ……け、けど、わたしは今一緒に住んでる!」
ミュスレアが大きな胸を張ったが、さらに大きな胸をリヴァンナが見せつける。
「一つ屋根の下で、手を出されない。つまり魅力が足りない」
「うがっ! け、けど、あんただって昔馴染みって言う割に進展ないじゃない! 女として見られてないんじゃないの?」
二人は、アドラーとの付き合い自慢から相手を貶める方向に移動した。
露骨で直接的な悪口がダルタスの後ろで飛び交う。
オークの人生で、これほど居心地が悪かったことはない。
「……団長、早く戻ってきてくれ。エルフ不信になりそうだわい」
ダルタスの願いは半分だけ叶った。
左手に持ったままの水晶球に文字が走り、確認したダルタスが低く鋭い声を出した。
「くだらぬ喧嘩はそこまでだ!」
一瞬だけ黙ったミュスレアとリヴァンナは、次にダルタスを口撃した。
「ダルタス! 下らないとはなによ!?」
「これより大事なことはない、脳筋オークめ」
女の迫力にすっかり怯えたオークは、謝りながら大事な報せを告げた。
「すまぬ、許せ、申し訳ない。だが最終局面だ、最後の一矢を放てとマレフィカからだ」
白いエルフと黒いエルフは、ようやく口を閉じた。
互いに頷き合って、ミュスレアは手にした武器を確かめて一歩前に出る、そしてリヴァンナは制御していた三百の悪霊に命令を出した。
アドラーとキャルルは、フィリップ殿下から短くもはっきりとした謝罪を受けていた。
フィリップは現王の大叔父で、れっきとした王族。
だがその地位は息子には受け継がれない、ウードはあくまでも公爵閣下に過ぎない。
「本当にすまぬ。息子が歪んだのはわしの責任である。王家に内紛の火種を残すのを恐れ、ウードを息子と認めるのも後継者にするのも遅れに遅らせた。不確かな立場のまま据え置き、ようやく嫡男としたのは奴が三十を過ぎてからじゃった」
アドラーは何も答えなかったが、代わりにキャルルが言った。
「そんなの言い訳になるもんか。ボクなんて生まれて直ぐにお父さんは蒸発して、お母さんも亡くなったけど……悪いことはしないよ! 優しい姉が二人も居たお陰だけど……」
キャルルは直ぐ隣のアドラーを見上げた。
大きな手が降りてきて少年の頭を撫でる、子供扱いでも嬉しい暖かい手だった。
フィリップは、もう一度詫びた。
「許せとは言わん、取り返しが付かぬであろう。だが老骨にも出来ることはある、そなたらには感謝せねばな」
神妙になった老人に、アドラーが一つ聞く。
「フィリップ殿下は、自らこの塔に?」
老いてなお英雄の黄昏と呼べる老人が、やすやすと幽閉されるとはアドラーには信じられなかった。
「いや、わしは魔法の方はさっぱりでな。息子に家督を譲って1ヶ月ほどか、目が覚めたらこのざまよ。魔法で眠らせ、封じられると何も出来ぬ。ただし何の文句も言わなんだ、その資格がないと思ったのでな」
老人の言葉を、アドラーは信じることにした。
「それでは、嫌でもここから出て頂きます。何もなさらないのなら、この地は戦争になりますよ。サイアミーズの王家も、ミケドニア帝国も、準備万端で狙っておりますから」
三人と一匹は、幽閉の塔から出る。
その前にアドラーは背中からエルフの宝剣を外し、キャルルの背中に結んでやる。
「これでよし。さてキャル、走り抜けるから背中においで」
「いいの!?」
塔の外にはまだ騎士が群れている、アドラーは手を引くよりも背負って突っ切ることを選んだ。
嬉し恥ずかしといった顔で、キャルルがマントに潜りこんで上から顔を出す。
その頭にはバスティが飛び乗った。
「キャルルの頭はうちが守るから一気にいくにゃ!」
一塊になったところでアドラーは重要なことを思い出した。
「あっ……あのー殿下、一つお願いが……」
「なんじゃ? わしに出来ることなら何でも聞くぞ」
キャルルを背負ったアドラーを見ながら、フィリップは思い返していた。
息子のウードが生まれてから、背負ってやった記憶がほとんど無いことを。
王族貴族の父子なら珍しいことではないが、息子が歪んだのは己のせいであったと、老人は深く後悔していた。
ウードは、屋上に来ていた。
密かに父を閉じ込めた塔がそこにある。
塔の存在は、セダーン城の者なら誰でも知っているが、中身を知っている者は少ない。
フィリップを眠らせた魔術師も、工事をした人足も、全てウードが始末したからであった。
ウードは叫ぶ。
「なにをしておるか! 火だ油だ! 塔を燃やせ、全て灰にしろ!!」
悪事がバレるの恐れる子供のように喚く主君に、従う騎士どもも困惑する。
敵が潜り込んだとはいえ、自らの城に火を放つのは躊躇われた。
一人の騎士が進言した。
「既に袋の鼠です。ここはじっくりと構えて……」
ウードは、余計な事をいった騎士の顔を乗馬用の鞭で打った。
「やかましい! あの中のものは、外に出してはならんのだ! 死ぬまでな!」
騎士にとって主君の命令は絶対。
火攻めの準備をしようと、アドラーに斬られた負傷者の回収さえ終わらずに、一部の者が駆け出す。
だが彼らは別の恐怖を見つけた。
リヴァンナに使役された死霊が、一斉に屋上へと染み出して来たのだ。
レイスやファントムが飛び回る中で、騎士団はそれでも主君を守るために集まり剣を抜く。
そして、アドラーとフィリップは堂々と塔から出てきた。
「お任せしてよろしいですか?」
念の為にアドラーが聞く。
「うむ、さらばじゃ。アドラーとキャルルと言ったか、覚えておくぞ。いずれこの恩は返そう、まあわしの寿命は残り短いがな」
アドラーは目礼して、キャルルは小さく手を振った。
そこら中に転がる剣の一振りを、フィリップが拾い上げると同時にアドラーは走り出し、誰にも邪魔されずに城から飛び降りた。
「キャル、平気か?」
「うん、全然平気!」
平気の合図にキャルルは首に回した腕に力を込める。
安心したアドラーは闇夜へと逃げ込む、皆が待つ方向へと。
その後、城の屋上で何があったかアドラーも知らない。
だが混乱は数日で収まり、駆けつけたロシャンボーは先代の公爵と出会った。
ウード公が病死したので、フィリップ前公が復帰すると公式には発表された。
継ぐものなくなったブルゴーニュ公領は、フィリップの死後に王領となる。
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