200 / 214
八章
200
しおりを挟む魔女占いをしていたマレフィカが、驚きの声をあげた。
「おおお? アドラー団長に付いていた、女難の相が消えた!」
キャルルが魔女の手元を覗き込みながら言った。
「そんなの見てたら分かるじゃん」
バルハルトとロシャンボー、二人の将軍と共に、アドラーとイグアサウリオとダルタスが会議室へと消える。
アドラーの左右を譲らなかった二人のエルフ娘は、ここに来て一歩引くことを覚えた。
重要な会談に争いを持ち込むのを避け、男達に託すことにしたのだ。
「ところで、マレフィカ。ボクの運勢は?」
魔女のカードを見ながらキャルルが聞く。
「うーん、ちょっと待ってねぇ……あれ、キャルルくんに女難ありと出てる」
「なんでボクに?」
キャルルに好きな女の子はおらず、ライデン市なら追いかけ回される事もあるが、ここには団の面々しかいない。
不思議そうな顔をしたキャルルは、ヒト族の基準年齢なら十二、三歳。
女の子を追いかけるには少し早い。
魔女の占いを疑うキャルルの首根っこを、長女が捕まえた。
「さて、難しいことは団長に任せて、わたしたちはお風呂を借りましょうか。キャルル、あんた臭うわよ?」
風呂、特にお湯は贅沢品だ。
薪を拾って人肌まで温めるのは大変で、貧乏ギルドでは毎日入るとはいかない。
しかもミュスレアやリューリアが優先的に使い、キャルルは一週間くらい黒い顔でも平気。
そしてここバルハルトの大邸宅には、贅沢にもお湯を張った巨大な浴室が用意されていた。
「や、やだよ! あとで兄ちゃんと入るからっ!」
年頃の弟は必死の抵抗をするが、長女は逃さない。
「駄目よ。アドラーと一緒だと、あんたトンビの行水じゃないの」
せっかくの機会に、ミュスレアは弟をしっかり洗うつもりだった、昔のように。
ぽんと、リューリアが手を叩いて言った。
「じゃあみんなで入りましょうか。ここのお風呂、大きいんだって」
「はーい!」と女性陣が声を揃える。
華やかな声を聞いたキャルルは一瞬で青ざめた。
「な、なに言ってんの! ボク、男だよ!? ね、姉ちゃん、お願い放して! 放せ、この馬鹿力!」
弟を抱え上げたミュスレアの腕力は、ますます強まっただけだった。
――大浴場にて。
「おい、キャルル。こっち見ろよ」
「見ろよ!」
「見るにゃ!」
半泣きのキャルルを、バシウムとブランカとバスティが取り囲み、いじめていた。
キャルルは恥ずかしくて顔も上げられない。
一方のバシウムは、軍隊育ちで裸体を晒しても平気なタイプ。
ドラゴンのブランカも、女神さまのバスティも全裸の方が自然。
「あ、あっちいけよ! 何でこっちくるんだよ!」
キャルルは不幸を満喫していた。
こういう態度が少女達を面白がらせると、分かってはいても羞恥が勝る。
見かねたミュスレアが、少し反省して助け舟を出した。
「そこらへんで許してあげて。キャルル、ごめんね? お詫びに頭洗ってあげるから」
「……ゆっくり洗って」
キャルルはぎゅっと目を瞑って姉の手を待つ。
早くに母親を亡くしたキャルルにとって、姉に世話してもらうのは恥ずかしくないことだった。
それに加えて、ずっと目を閉じてたから見てないと言い訳が出来て、一石二鳥である。
姉に頭を触られながら、キャルルはやっと一息ついて呟いた。
「ボクって、なんて不幸なんだろう……」と。
一方その頃、アドラー達五人は密室にいた。
魔法や精霊の盗み聞きを防ぐ、狭い狭い部屋である。
禿げた頭にカイゼル髭のバルハルト、垂らした顎髭のロシャンボー、ひたすら巨体のダルタスと、横幅のあるリザード族のイグアサウリオ。
「……むさ苦しいなあ」
アドラーは男の臭いに囲まれ、つい本音が出た。
全員が一級の軍人か戦士、筋肉が充満した部屋は居心地が良いとは言えない。
「わはは、そう言うでないアドラー殿。泥にまみれた戦場での作戦会議よりはましであろう?」
バルハルトは何時もと変わらず豪放磊落。
もう一人の将軍、ロシャンボー上将は硬い表情のまま。
五人が席に着き、一通りの挨拶を終えた後で、ロシャンボーが立ち上がって言った。
「まずは、謝罪せねばならない。名誉にかけて有翼族を返すと約束したが、私は誓いを破った」
深刻な話題で真面目な会談は、まだ始まったばかりだった。
そしてキャルル。
「この手はリュー姉だね。それくらい分かるよ」
生まれてこの方、クォーターエルフの末弟は、自分で頭を洗うより二人の姉にしてもらった方が多い。
目を閉じていても、頭に触れた手がどっちの姉かくらいは分かる。
次の手が伸びて、泡だらけの頭に指を突っ込む。
「うーん、これは爪があるから……ブランカ?」
「はずれにゃ! うちだにゃ!」
誰がキャルルの頭を洗っているかゲームが始まっていた。
裸の女達が集まり、ダークエルフ族のリヴァンナまでやって来て参加する。
もちろん、遊ばれているキャルルは余り面白くない。
湯船の中から、マレフィカが誰にも聞こえないように語った。
「……また私の占いがあたってしまったかー。だがねキャルルくん、今の君と代われるなら、金貨百枚だって払う男はいるのだよ……まだ分からないかなー」
女性陣の長いお風呂が終わっても、アドラー達の会談は続く。
風呂上がりの果実をかじる者もあれば、紛糾する会議の中でアドラーは水で喉を潤す。
ロシャンボーの持ってきた情報は、サイアミーズの国家機密。
だが「国を裏切るものではない」と上将は断言し、アドラーにも抑制を求める。
しかしアドラーは、有翼族の一家を返さなければ実力行使も辞さずと条件を曲げない。
長い会議が終わる頃には、キャルルら子供達はすっかり寝静まっていた。
アドラーとロシャンボーは、握手して別れる事が出来た。
バルハルトが疲れた目頭を抑えながらアドラーに言った。
「また迷惑をかけるのう、我ら国家の都合で」
「いいえ、問題ありません。ただ迎えに行くだけですから」
アドラーは疲れを隠して答えた。
半年前、サイアミーズ国は、二個軍団の壊滅に加えて四個軍団が大規模な損失を出した。
ミケドニア帝国も一万近い死傷者が出たが、サイアミーズの損害は倍以上。
精鋭の即応軍団が、同時に六個も機能不全に陥ったことで、両大国の緊張は急激に高まった。
この好機を逃すなとミケドニア帝国内では主戦派が声をあげ、バルハルトと穏健派が暴走を抑えにかかる。
幾つかの分野でサイアミーズが譲歩し、軍のトップに位置するロシャンボー上将がミケドニア帝国を訪問したことで、戦争は回避されたばかり。
その事情はアドラーにも充分に伝えられた。
「ですから、軍人ではない自分たちが、なるべく騒ぎを起こさずに取り戻します」
アドラーの言葉に、バルハルトとロシャンボーはようやく笑顔を見せた。
機密に属する情報と、サイアミーズ国内の通行許可、偽造ではない他人の証明書、アドラーには作戦を果たすに充分な物が手に入った。
空腹を満たそうと、食堂に入ったアドラー達を、ミュスレアとリヴァンナが起きて待っていた。
お互いにどうしようと見合った二人は、張り合うこともせず、ダルタスとイグアサウリオにも同じように食事を出す。
二人が下がった後で、ダルタスが言った。
「ふう……妙な緊張感があるな、団長?」
「この世界にも胃薬がいるなあ」
適当に答えたアドラーが、温かいポトフにスプーンを突っ込む。
「仲良きことは良いことだな」
最後に、これまた適当にイグアサウリオが応じる。
男三人は、深夜の湯船に使って足を伸ばす。
明日から、サイアミーズの国内に潜入すると決まっていた。
0
お気に入りに追加
655
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢更生物語〜貴方達の根性叩き直して差し上げますわ〜
神無月
恋愛
初めまして 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花ことラン・ドルチェです
今日はおめでたい入学式(中学校)なのにあの糞、いえ、王子(仮野郎)婚約破棄?新しい愛人?ちょっとお待ちなさいな!?うるさいうるさいお馬鹿達にはお灸を据えなければいけない様ですね。宜しい 公爵令嬢たるもの売られた喧嘩は買わぬは恥
ならば、『貴方達の根性叩き直して差し上げますわ!!』
完璧チートな悪役令嬢(仮)と馬鹿な純粋王子、腹黒魔術師長子息、ワンコ騎士団長子息、ロリコン先生、眼鏡名家息子、可笑しい事ばっかりほざくビッチ男爵令嬢、この麗しの公爵令嬢が成敗して差し上げます。見るとスッキリーあの頃の自分に戻れるかも?さぁ、皆これを機に乙女ゲームを買おうぜ!!
毎週土曜日を中心に更新します
異世界転生令嬢、出奔する
猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です)
アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。
高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。
自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。
魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。
この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる!
外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。
私とお母さんとお好み焼き
white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。
シングルマザーの織りなす経営方法とは?
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。
チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。
なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!
こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。
※注:すべてわかった上で自重してません。
誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら
Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!?
政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。
十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。
さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。
(───よくも、やってくれたわね?)
親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、
パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。
そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、
(邪魔よっ!)
目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。
しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────……
★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~
『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』
こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる