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第七章

その11 ラスト

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 ――キャルルがグレーシャに勝ったのと同じ頃。

 地上に残された五人のベテラン冒険者が、上空に何かを見つけた。

「なんだあれ?」
「鳥か?」
「いやガーゴイルか?」
「ド、ドラゴンだぁ!」と、ひと騒ぎ起きそうになった。

 武器を取るべきか迷うB級相当の五名を尻目に、飛竜は優雅に舞い降りて首を地面に付ける。

「ありがとな!」と「ありがとうね、助かったわ」
 お礼を言いながら長い首を伝って降りてきた二人の少女を、ライデン市から来た冒険者が知っていた。

「アドラーのとこのリザード娘と、今年のミス冒険者か?」
 質問形式の確認に、若い声が二つ返って来た。

「竜だぞ! がおー!!」
「ごきげんよう。けれども、その呼び方はやめて下さい!」

 五人のベテランが歓迎ついでにリューリアを昼食に誘おうとした時、地下の異変が地上に伝わった。

「きゃ! 地震?」
 次女の素朴な疑問に、冒険者の一人がみんなに聞こえる音量で語る。

「いや違う! 生きてるダンジョンが急成長する音だ。俺はかつて、ガレリア半島で同じ音を聞いたことがある! あの日は寒い日で、俺もまだ若く髭も生え揃って……」

「結論から言え」
 別の冒険者が頭を叩き、鉄兜が軽い金属音を出した。

「ああ、すまん。出てくる敵がいきなり強くなるってこった」

「な、なんだってー!」と四人のベテランは息を合わせて叫んだが、リューリアはもう走っていた。
 ブランカも慌てずにぴったりと張り付く。

 ダンジョンの入口では、受付嬢がまだ職務に忠実だった。
「いらっしゃいませー。お二人ですね? こちらでランク判定をしております。ご協力下さい……あの、女の子二人だけは流石に危険なので……」

「わたしはヒーラーよ!」
 何処でも通用する回復職の証、治癒師の杖を見せつけながらリューリアが押し通る。

「これか? ほい」
 続くブランカが、判定器の水晶に触れて結果が出る前に通り過ぎる。

「あ、ちょっと入場料もです!」
 受付嬢は、無銭入場に運営本部の用心棒を呼ぶべきか迷いながらランク判定の結果を見た。

「えっ!? あれ、嘘でしょ……?」
 目を疑って、強く目頭を抑えてからもう一度見た。

 そこには、筋力から敏捷まで全て255でカンスト、魔力は計測不能。
 攻撃力と防御力は共にSSS、用心棒など何人いようが無意味な数値が並んでいた。

 ダンジョンに走り込んだリューリアとブランカは、一層ばかり降りたところで焦っていた。
 逃げてくるルーキー冒険者が増えて先に進めない。

「りゅーりあ、許可をちょうだい! だんちょーの代わりに!」
「うーん、いいわ。やりなさい」

 ブランカには、キャルルの居場所は分からないが、女神バスティなら感じ取れる。
 薄い瞬膜に覆われた瞳が輝き、竜のブレスがダンジョンの異空間ごと地面を貫いた……。


 そして今、ブランカの参上に一番安堵したのはタックスだった。
 ルーキーの何割かが死ぬ状況に追い込まれ、本気で困り焦っていたのだ。

 タックスがブランカに聞いた。
「嬢ちゃん、頼んでいいか?」
「うん任せとけ。全部もずくにしてやる!」

「もくず、よ。もずくって何よ」
 きちんと間違えを訂正しながら、リューリアがブランカの背中から降りた。

「だんちょーが、食べたいって言ってたから……間違えた」
「どーせまた変な物でしょ、お兄ちゃんのことだから」

 リューリアの断言は当たっていた。

「ブランカ、お願いね。わたしは怪我人を診てくるわ」
「あい!」

 竜のブランカは、キャルル以上の気分屋である。
 本気を出すにはそれなりの驚異か理由が要る。

 そして赤く染まった包帯を巻くキャルルの姿は、全力を出すに充分な理由。
 自分だけ置いていかれた不満も咆哮に込めて、地上最強の一頭が大きく跳ねた。

「ちぇ、いいトコだけ持ってかれたな」
「いやー普通に助かっただろ、これ」

 強がるキャルルと冷静さを取り戻したアスラウのところへ、次女がやって来た。

「げぇ……リューねえ……」
 キャルルには逃走するという選択肢もあったが、大人しく捕まることにした。
 何故なら、姉の目はもう決壊寸前だったから。

 大きな怪我をしたのは、頭と頬を地面で削ったキャルルだけだったが、二人ともかすり傷だらけで衣服は土と埃でぼろぼろ。
 汚れきった二人を、リューリアは両手を使って抱きしめた。

「もう、馬鹿な子たちねぇ……けど生きてて良かった」

 予想外の扱いにキャルルも素直に謝ることにして、アスラウも続く。
「……ごめんなさい」
「本当にごめんなさい」

 二つの頭をぎゅっと抱きしめたリューリアは、自分がつま先立ちにならねば二人に届かないと気付く。

「はぁ……大きくなったのね。仕方ないか……」

 キャルルは、思わぬ幸運に喜んでいた。
 殴られるならまだしも、ここでお尻など叩かれたら一生笑われる。
 後はミノタウロスが出て倒したと言えば、この姉とて許して褒めてくれるだろうと。

 アスラウも幸運を神に感謝していた。
 キャルルの無茶な冒険に付き合ってとんでもない目にあったが、友達の美人姉に包容して貰えばお釣りが来ると。

 だがしかし、無事の確認が一段落すると、二人の耳が重力に逆らって強く引っ張られる。
 世間体を気にしたリューリアが、二人の少年だけに聞こえるように囁いた。

「家に帰ったら、覚えておきなさい」

 処刑宣告と同時に、ミノタウロスとタートルロードが吹き飛んだ。
 怒ったブランカに敵う魔物など地下にはおらず、五人のベテラン冒険者が全員を引き連れて退却する。

「にゃあ!」と何時の間にか猫姿に戻ったバスティが、リューリアの肩に飛び乗って媚を売る。

「バスティも後で話があるからね?」
「にゃ……」
 団の台所を支配するリューリアに敵う者はいなかった。


 地上に戻ったキャルル達ルーキー勢は、応急手当てを受けてから帰される。
 後始末は11人のベテラン冒険者に任された。

「あたしも手伝おうか?」
 純粋な好意からブランカが申し出たが、タックスはやんわりと断った。

「ほんとに良いの?」
「ああ、大丈夫だ」と言ったタックス向こうに、ブランカは見知らぬ仮面の男を見つけた。

 一瞬目が合いそうになった仮面の男が、さっと視線を逸らす。

「ふーん、じゃあいいか!」
 嗅ぎ慣れた匂いを感じたブランカはあっさりと引っ込んで、キャルルのところへ走っていく。

 そして念を押した。
「キャルル! 次に何処か行くときは、あたしも誘ってね!」と。


「良いのか?」
 タックスが仮面の男に聞いて、仮面はこそこそ隠れながら答える。

「こういうのは、自分達で行って帰ったってのが大事なんだ。保護者が出るのは、よくない」

 今度は別のB級冒険者が尋ねる。
「それでどうする? このダンジョン、細工してあるようだが」

 仮面は小さな声で断言した。
「ここは潰す。最下層まで降りてマナを抜き、二度と悪さ出来ないようにする」

「11人でいけるか?」
「明朝まではかかるだろうが、お前らなら充分だ」

「よしじゃあ、リーダーは頼むぜ。アドラー」
 思わず名前を出したタックスは慌てて周囲を見たが、キャルル達はとっくに山を下っていく途中であった。

「おいタックス、あぶねーなあ。リーダーは任せてくれ、俺を信じて付いてきて欲しい。そうすれば全員に強力なバフをかけられる」

 アドラー以外の、10人のベテラン冒険者に異論はない。

 そしてこの時までは、悪徳なダンジョンオーナーであるシャイロックは、全てが上手くいったと思っていた。
 400人の初心者は逃げ帰り、次は中級用として再オープン。
 これを繰り返すだけで巨万の富ががっぽがっぽ……のはずだった。

 だが翌朝までに、シャイロックは二つの不幸に襲われる。

 一つは、たった11人のベテラン冒険者に最下層まで完全攻略され、ダンジョンの奥底に溜まっていたマナは全て解放された。

 もう一つは、コロッサス団という山賊が二十人ばかりやって来て、400人から集めた金貨も景品の虹色鉱石も全て奪われた。

「な、何者だ!」と問われたコロッサス団の頭は、シャイロックに妙な話をした。
「いきなり仮面の男に襲われてなあ、今日が解散祝いだ。だから命だけは助けてやるよ」と。

 キャルル達に復讐しようとダンジョンに近づいたコロッサス団は、山中で一人の男に見つかった。
 その男――アドラーは、軽く全滅させた後で、コロッサス団の頭に言った。

「全員気絶してるだけだ。大人しく村に戻れ……と言いたいが、最後に一働きしてもらおうか。心配するな、分け前はやるよ」

 この保護者はリューリアが着くよりも早くやってきて、ダンジョンを見張っていたのだった。

 コロッサス団が分捕った金貨と賞品は、参加していたギルドへ配られる。
 そして起死回生のダンジョンを失ったシャイロックは、再び破産した。


 そんなことはキャルルは知らなくて良い。
 帰りは徒歩で、姉に自慢話をしながらゆっくり帰るのだ。

 そしてダンジョンが崩壊した日の夕方、キャルルは家に着いた。
 まず風呂に叩き込まれたが、髪を乾かす暇なく奥の部屋へと飛び込む。

「兄ちゃん! 姉ちゃん聞いて! ボクね……!」

 キャルルの目には、何時もと変わらぬアドラーと、大きなお腹を抱えて笑うミュスレアの姿があった。


 おわり……のはず。

 キャルルとアスラウとバスティは、次女から1ヶ月の買い出しと掃除を命じられた。
 温情判決であったが、これがまずかった。

「で、次だけどさ」
「キャルル、てめーまだ懲りてないのかよ!」

「悪くても掃除だぞ! やらない手があるか!」
「……次は何処だ?」

「北の砂漠」
「ばかか、お前。砂漠は無理だ、死ぬぞ!?」

「今度はブランカ連れてって良いんだからさ、それに砂漠のゴブリン族には知り合いがいるんだ」
「へー、そりゃ顔が広いなぁ」

「サバクキツネのロンメラって妖狐がいるらしいから、そいつをな」
「アホか! おとぎ話にも出るバケモンじゃねーか!」

「こっちにだって化け猫がいるし!」
 キャルルがバスティを指差した。

「にゃ!? もう、うちを巻き込むんじゃにゃい!」


 今度こそおわり
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