上 下
173 / 214
第七章

173

しおりを挟む

 アドラーの前を大きな川が東西に流れ、対岸でミケドニア帝国とサイアミーズ王国が対峙していた。

 東から来たミケドニアは左翼を川に、西から来たサイアミーズは右翼を川に接して片翼の守りとして使い防備を固めている。

「この距離では下手な動きは無理だね。真正面からぶつかり合いだ」
 アドラーは両軍の戦術を断言した。

 もう小細工は通用しない。
 奇をてらった指揮官がよくやる別働隊など自殺行為。
 本陣の守りを薄くした挙げ句、少数の生贄を差し出すだけになる。
 それほど両軍は拮抗していた。

「兄ちゃん、どっちが勝つ?」
 興味本位でキャルルが聞いた。

「動いた方が不利と言いたいが、ほら少し戻った所に病人だらけの部隊がいるだろ? あれが全快して参戦すればバルハルトが不利だなあ」

「教えてあげないの?」
 今度はリューリアが尋ねた。

「バルハルトなら、もう知ってるよ」と、アドラーは答えた。

 横一列の防衛ラインを引いたサイアミーズ軍に対して、バルハルトは小さな防御拠点を幾つもジグザグに並べていた。
 それを見たサイアミーズ軍も真似をする。

 弓と槍の魔法には慣れた両軍も、小銃に匹敵する魔弾杖を使った会戦は初めてで、互いに手探りだった。

「それで、放っておくの?」

 ミュスレアは睨み合う軍隊に否定的。
 両軍とも二万五千から三万ほどいる、精鋭同士で指揮官は有能、壮絶な殺し合いを始めてくれるだろう。

「北へ……渡りたいな。北方が気になる」
「どうして?」

「ここは、俺が破壊した塔に近いんだ」
 この地域に古代遺跡が集中しているのを、アドラーは不思議に思ってない。

 龍脈や地脈にレイライン、エネルギーの濃いゾーンは存在する。
 大地からマナを吸い上げ原動力にする遺跡は、当然それに沿って作られる。

「ってことはつまり?」
 ミュスレアが顔に疑問符を浮かべて聞き返した。

「両大国の軍隊には、大陸の掃除を手伝ってもらおうと思ってね。生き残ってるナフーヌの群れを、こいつらにぶつけてやる!」

 アドラーは、自分好みの作戦を堂々と披露した。

「凄いわアドラー! あなたってやっぱり天才ね! って言うと思った?」
 ミュスレアが半目で睨む。

「兄ちゃんそれ……」
「成功した試しがないのじゃー」

 キャルルもマレフィカも否定的。

 アドラーは元地球人らしく、漁夫の利作戦が好きである。
 何時も楽することを考えているが、モンスターが思い通りに動いたことはない。

「こ、今度こそ成功するから! もう一回だけ、ね?」
 アドラーも必死だ。

 全員が微妙な顔をする中で、思わぬ援軍が現れた。
「……だんちょーの言う通り、何かいるかも」

 北の空を見つめながらブランカが呟き、これで決まった。
 普段は大きな白い犬といった風情のブランカも、中身は本物のドラゴン。
 この子が言うなら確かめる価値があると、全員で一致した。

「それで……キャルルとリューリアは、バルハルトに預かってもらおうかなーと考えてたのだけど……?」

 そっくりな緑の目がアドラーを睨む。

「兄ちゃんの側が一番安全だし」
「わたし、本気で怒るわよ?」

 アドラーは長女の顔を見たが……ミュスレアは連れていくことに反対しなかった。

「なら、みんなで行こうか?」
 元気よく返事をした六人と一匹を連れて、アドラーは川を渡る。

 1キロ余りの距離をおいて睨み合う両軍の丁度真ん中。
 そしてそのまま戦場予定地の中央を歩く。

 突然現れた子連れの現地民らしき集団に、ミケドニア軍もサイアミーズ軍もざわつく。
 だが、命令無く攻撃するわけにはいかない。
 遊びで撃つほどだらけた軍隊とは違う。

 それにメガラニカ諸国の戦場協定で、民間人の移動を妨げてはならないとの決まりがある。
 地球でも、布陣した軍の周りを民間人が行き交い、時に戦いを見物していた。
 地雷、という兵器の発明で牧歌的な戦争は終わったが。

「流石に肝が冷えるなー」
 五万を超える軍隊の真ん中を歩き、マレフィカはびくびくしている。

 アドラーとダルタス以外は、しっかりと顔を隠す。
 美女と美少女連れだと分かると、別の問題が起きかねない。

 ふと、アドラーはミケドニアの陣営を見た。
 バルハルトが前線まで出てきていて、視線に気付いたが素知らぬふりで何やら怒鳴っている。

「絶対に手を出すな」とでも言ってるのだろうと、アドラーは予測した。

 次にサイアミーズ軍を見た。
 こちらも偉そうな髭をした指揮官が、魔弾杖をアドラー達に向けた兵士を怒鳴っていた。

 名前も分からぬが、サイアミーズを代表する将軍には違いない。
 両将軍は、これから始まる戦争の方を楽しみにしていた。

 アドラー達はさっさと歩いて戦場予定地を通過する。
 追ってくるものは見当たらず、北へ北へと急ぐが……子供達がバテてきた。

「リュー、キャル、背負うからおいで」
「平気!」
「平気よ!」

 二人とも絶対に音を上げたりしない。

「ほうきに乗ってすまん……」
 一番体力のないマレフィカが申し訳無さそうに謝る。

 魔力の強い部族は――リッチになったゲルテンバルグや、キャルルの友達のアスラウなど――そこそこの数は居るのだが、飛べるのはごく一部の魔女だけ。
 むしろ飛べるから魔女と呼ばれている。

 一段高いとこを飛ぶマレフィカが、魔物を見つけた。
「アドラー団長、馬がいる。草を食ってる」

 野生馬なら、捕まえても直ぐに乗れるようなものではない。
 アドラーも通り過ぎようと思ったが、馬の方が角をこちらに向けて見つめ始めた。

「……ユニコーンじゃないか。この大陸に千頭も居ないと言われる幻の!」
 動物好きのアドラーは興奮気味。

「リュー姉を囮にして捕まえたら?」
 キャルルが遠慮ない一言を放ち、次女に殴られた。

「待て待て、ユニコーンはそのなんだ、清らかな乙女を好むって言われるが、単に女性が好きなだけだ。まあ若い女を好むって言われるが……言葉まで分かるらしいぞ?」

 アドラーは、慎重に単語を選ぶ。
 若い女、と聞いてミュスレアとマレフィカがぴくりと反応した。

 そして。
「いやじゃー! 現実を突きつけられるのはいやじゃー!」
「マレちゃん、大人しくして。わたしたちは一蓮托生よ!」

 アドラーとダルタス以外が、ユニコーンの捕獲に向かった。
 賢い魔物、神獣と呼ばれることもある一角馬なら頼めば乗せてくれることがある。

「なんでボクまで……男なのに……」
 苦情を言ったキャルルだったが、数頭のユニコーンが寄ってきた。

「あの、疲れてるの。乗せてくれない?」
 リューリアが代表して尋ねると、ユニコーンは頭を下げて乗れと合図した。

「よ、良かった! 一人だけ拒否されたら泣いてたぞ!?」
 マレフィカにも一頭寄ってきてくれた。

「なんでボクにまで……」
 半泣きのキャルルも騎乗を許される。

 そしてブランカには、一際大きく白い一頭が寄ってきて前足を折り曲げて挨拶する。

「うん、頼むぞ。あたしはまだ飛べないんだ」
 見た目の倍の重さがある竜の子が飛び乗っても、ユニコーンのボスは涼しい顔。

「俺達は……走るか」
「承知」

 アドラーとダルタスは乗馬拒否された。
 そもそもオーク族が乗れる馬などないが。


 荷物とバスティもユニコーンに乗せ、アドラーとダルタスは強化魔法をかけて走る。
 並の魔物では追いつけない速度と持久力。

 騒がしい移動になったが、アドラーも後方には何の心配もしていなかった。
 だが、ユニコーンの足跡を静かに追ってくるがあった。

 サイアミーズ軍は、僅かながら騎兵を持ち込んでいる。
 品種改良を重ね、大きさと強さとタフさを兼ね備えた軍馬の一団が、隠蔽の魔法を使いながら密かに追撃していた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

俺とシロ(second)

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】只今再編集中です。ご迷惑をおかけしています。m(_ _)m ※表題が変わりました。 俺とシロだよ → 【俺とシロ(second)】 俺はゲン。聖獣フェンリルであるシロのお陰でこうして異世界の地で楽しく生活している。最初の頃は戸惑いもあったのだが、シロと周りの暖かい人達の助けを借りながら今まで何とかやってきた。故あってクルーガー王国の貴族となった俺はディレクという迷宮都市を納めながらもこの10年間やってきた。今は許嫁(いいなずけ)となったメアリーそしてマリアベルとの関係も良好だし、このほど新しい仲間も増えた。そんなある日のこと、俺とシロは朝の散歩中に崩落事故(ほうらくじこ)に巻き込まれた。そして気がつけば??? とんでもない所に転移していたのだ。はたして俺たちは無事に自分の家に帰れるのだろうか? また、転移で飛ばされた真意(しんい)とは何なのか……。 ……異世界??? にてゲンとシロはどんな人と出会い、どんな活躍をしていくのか!……

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...