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第七章

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 アドラーは、慎重に場所を選ぶ。
 一方的に戦場を選べるのだ、万全を期すれば負けるはずがない、のだが。

「毒は駄目だよ、毒はー。私でも万能薬は作れないぞ?」
「ごめんなさい、まだ未熟で……」

 マレフィカとリューリアでは、事前に毒抵抗を付与するといった芸当は出来ない。

「ロゴスの爺さんでも居ればなあ。いや、そんな事を言っては駄目だな。即効性の毒を食らっても三時間は動けて、三日は死なないようにならない?」

 ライデンの盾の異名を持つ、”シロナの祝祭”の団長ロゴス。
 この熟練の冒険者なら毒無効すらも可能にするが、いないものは仕方がない。

 アドラーの要望を聞いたリューリアは、当然のように怒った。
「もう! また一人で危ないことばっかり! なんで何時も……!」

「リューリア、リューリア」
 アドラーは、かわいい妹分を二度呼んだ。

 逃げる様子もないので、そっと頭に手を置く。
 難しい年頃のリューリアには、アドラーもとても気を使う。
 乙女心は春の風よりも気まぐれで、飛びついて来たかと思えば手を引こうとしただけでも逃げる。

「大丈夫だよ。この二日間、リューが一番頑張ってくれたからね。今度は俺の番だ。少し待てば、イグアサウリオが来る。あいつも回復魔法が使えるから」

 大量の怪我人を休みなく治癒し続けているリューリアの魔力も体力も、限界に近づいていた。
 アドラーが毒に倒れても、手当てする余力がないことが一層彼女を苛つかせる。

「なんで!? 外の人に頼むの!?」
 団のヒーラーとして自覚と自信が芽生えて来た彼女にとって、アドラーが知らない人を頼るのは嫌だった。

「ごめんよ、リュー。そういうつもりでは無いんだ」
 アドラーは、全面的に任せて貰えないことがリューリアの怒りの原因だと分かった。

 けれども、奔放な姉とわんぱくな弟に挟まれた次女は、大好きな団長を困らせるつもりはない。

「うー……ごめんなさい……わがまま言うつもりはないの。ねえ、そのイグアサウリオって人、わたしよりも治癒魔法が上手いの?」

「そうだなあ、あっちの方がちょっと上かな」
 アドラーはかなり控えめに答えた。

「ふーん、なら何か習う事もあるかもね。来るの、楽しみにしてるわ!」
 リューリアは、強引に機嫌を直してくれた。

「それに作戦もあるからね。マレフィカ?」
「はいはい、お任せあれー」

 マレフィカが連絡球を渡す。
 上空を飛ぶマレフィカとの連絡用。

 魔法技術の進んだ南の大陸メガラニカでも、六白年前に現れた連絡球は時代を押し進めた最も偉大な発明品の一つ。

 軍隊や冒険者が使用するだけでなく、収穫した穀物を何処へ運ぶべきか即座に分かる魔法道具は、大陸の人口を四倍増させた。
 どれだけ食料があっても、行き渡らなけれな意味がない。

 基本術式はオープンソースだが、核術式は今も最初期の物から変わっていない。
 余りに高度過ぎて誰も手を入れる事が出来ず、開発者すら不明……であったが、マレフィカとアドラーは誰が作ったのかつい最近知った。

「いけるかい?」
「もちろん。ゲルテンバルグの本に詳しくあった。これで私は大陸一の魔女に近づいてしまったぞー」

 不死の大魔導師、今はリッチとなったゲルテンバルグが連絡球の生みの親だった。
 それを知ったアドラーは、不死の王を消滅させなかった事を、心から神に感謝するほどだった。


 完全に準備を整えて、アドラーと三十人のドワーフはシャーン人を待ち受ける。

 ディエンの集落から更に奥、断崖と谷に挟まれた細い道が続く先の広場を戦場に選んだ。

 アドラーより更に1キロほど奥には、ダルタスとミュスレアが別のドワーフ族を引き連れて待機。
 上空にはマレフィカが飛び、ブランカだけが崖の木の上でのんびりと待つ。

「来たぞ」と短いメッセージが、マレフィカからアドラーへと送られる。

 闇と森に隠れたシャーン人は、空からは一切見えないが、奴らがサイアミーズの駐屯地や相互に連絡を取る度にマレフィカには分かるのだ。

 連絡球の核術式を知ったマレフィカは、送信時の微量な魔力を探知する魔法道具を作っていた。

「来ると分かった夜襲か。悪いが、うちの魔女が一枚上手なんでね」
 アドラーは、三十人のドワーフに強化魔法をかけ、自らも腰の剣を確かめる。

 道に沿って二十人、崖上の森から二十人が、アドラーただ一人を狙って襲いかかろうとした瞬間、シャーン人は声以外の連絡を絶たれた――。


 ――ドラクロワ上将に呼び出されたシャーン人は、派遣された四十人の全てで一人の男を殺せと命じられた。

 それは簡単な命令であった。
 どれほど優れた戦士であろうと、死を厭わぬ四十人の暗殺集団に狙われて助かる術はない。

 また夜の森も彼らにとっては、庭に等しい。
 優れた感覚を持つシャーン人にとって、見知らぬ大陸と言えども不自由はない。

 目標に向けて進みながら、連絡球を使って細かく本陣に情報を送り、また四つに別けた部隊も静かに連絡を取り合う。

 待ち伏せされていると、族長の娘であるファエリル・ヴィコーニアは気付いたが、同時に襲いかかれれば問題ないと判断した。

 闇夜に紛れ声も出さずに連携が取れる、四十人のシャーン人に敵うはずがないのだ。

 そして、四方からの攻撃タイミングを合わせる為に、最後の連絡をしようとした時、全ての連絡球が通信を拒否した。

「ひひひ、悪いね。製作者権限ってやつだ。まあ私が作った物じゃないけどなー」
 ほうきに乗った魔女が、夜空で意地悪く笑った。


 最初から通信手段がなければ、動揺も無かった。
 だが突如として通信を失った部隊は、立ち直るまで時間がかかり……アドラーが見逃すはずもない。

「六!」
 斬り込んだアドラーは、一瞬で十人の内の過半数を片付け、距離を取った四人は無視して次の隊へ向かう。

 シャーン人の族長の娘ファエリルは、大声を出して叫んだ。
「総掛かりだ! ひるまずに討ち取れ!」

 この一声で、森からも二十人が飛び出るが、作戦の成功には繋がらなかった。
 ただし、彼女の命は救った。

「指揮官!」と判断したアドラーが、本能的にファエリルを狙ったが、声が女のものであったのと、黒い覆面から飛び出た長い耳に気付いて気絶させるだけにした。

 刀の柄でファエリルの腹を突いたアドラーに向けて、小さな弩を使った毒矢が飛ぶ。
 同時に九本、半分は叩き落として数本は避けたが、太ももに一本だけ刺さる。

「痛っ!」
 叫んだアドラーは、すぐに小瓶を取り出して飲む。
 毒の種類は分からないので、効くかもしれないと言うマレフィカの解毒薬。

「不味い!」
 アドラーは、解毒薬の味の恨みをシャーン人にぶつける。
 人数が増えた敵は、何とかしてアドラーを囲もうとしていた。

 上空のマレフィカは着々と指示を出す。
 ミュスレア達には前進を、ブランカには「ぶっ放せ」と伝えたが、意外な返事が帰ってきた。

「ねえ、変なトカゲがそっちに向かってるけど?」
「うん?」

 マレフィカは、今日の昼に見た顔を上空から確認した。
「う、嘘だろ……こんなに早く来るとは」

「通して良いよ。団長の知り合いだ」とブランカに伝え、それから数分後、竜のブレスが道を破壊した。

 アドラーは何本かの毒針や毒矢を受けていた。
 体が重くなるが、まだ動く。

 マレフィカの薬のお陰か、強力な防御のお陰か、まだ致命傷ではない。

 三十人のドワーフは、盾を使ってアドラーを守ろうとして、数人が毒で動けなくなった。

「あと少しで、後ろからマレフィカとダルタス達が来る」と、アドラーは確信していたが、意外にも最初の援軍は前から来た。

「アドラー、きさま! 本当に生きていたか!!」
 大柄なリザード族が、長い金属製の杖を振り回しながら乱入してきた。

「どけいっ!」
 アドラクティア大陸で最強のプリーストが振り回す祈りの杖が、二人同時にシャーン人をなぎ倒す。

「イグアサウリオか、相変わらずだな。それにしても早かったな」
「報せを聞いてそのまま走って来たわい! 黙って消えた貴様を殴る為になっ!」

 大柄なリザードは遠慮なく、常人なら即死の拳をアドラーへと繰り出した。

「おっと、とっと」
 かろうじて避けたアドラーの足がもつれる。

「ん? なんだアドラー、お前弱くなったなあ」

「違うわ! 毒だ、毒。いいから治せ」
「ふん、相変わらず脆弱なヒト族めが」

 リザード族の毒耐性は、二足種族でもずば抜けて高い。

「お前らと一緒にするな。早くしろ」

 イグアサウリオは、昔を思い出して嬉しそうに笑ったてから、杖の一振りでアドラーの受けた毒を全て中和した。

「ついでに、毒など無効にしてやったぞ。感謝しろ」
 リザード族のプリーストが恩着せがましく言った。

「あっちのドワーフ達も頼む」
 アドラーは、イグアサウリオを見ずに頼んだ。

 シャーン人の退路は絶たれた。
 もう毒も効かない。

 四十人の暗殺部隊は、あとは全滅を待つのみになった……。
 
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