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第七章

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 顔合わせが済んだあと、アドラー達三人は応接室の奥へと移った。

 狭く地味な部屋で、小さな円卓が一つある。
 魔法や精霊の盗み聞きを防ぐ造りで、貴族や金持ちの家にはあると聞いていたがアドラーも入るのは初めて。

「三人だ、丁度良いな」
 帝国の皇子が真っ先に座り、次にアドラーで、家主のバルハルトは三つのグラスに水を注いでから正三角形になるように座る。

 共通の知り合いのバルハルトが音頭を取った。

「アドラー団長、アグリシア家のマクシミリアン殿下である。難しい方ではない、気楽にしてくれい」

 そう言われても「はいそうですか」とはアドラーもいかない。
 背筋を伸ばして視線を直接合わせないように、マクシミリアンの様子を伺う。

 帝国を統べる名門の嫡男は、手入れされた髪と眉、均整の取れた体つきで略式の冠も被らず、青年士官といった印象がある。
 高貴な血を重ねたルックスは……かなり良い。

 皇子が自己紹介をした。
「そうだな、余がマクシミリアン・エルンスト・ヴェンツェスラウ・バルタザール・ヨーハン・アントン・イグナティウス・ディア・アグリシアである。エスター大公にしてファルツ帝領伯、昨年からは副帝も兼ねておる。うん、名前は覚えなくていいぞ」

 アドラーも、「アドラクティア大陸生まれのアドラー・エイベルデイン」と答える。

 この皇子が足を運ぶ気になったのは、アドラーが北の大陸生まれに他ならないと思っている。
 それ以外にどんな用事があろうとも、人を挟んで言いつけるか、呼び寄せればいい。

 だがマクシミリアンは、一枚の白いハンカチを取り出して変わった要求をした。

「最近、うちの妹が君の団の活躍に夢中でね。サインしてくれないかい?」

「これにですか?」
「うん、レースルちゃんへって書いてくれる? 年の離れた妹ってのは駄目だね、どうしても甘やかしてしまう」

 マクシミリアンは快活に笑い、バルハルトも驚いた顔をしていた。

 アドラーは尋ねてみた。
「どこでうちの事を……?」

「アスラウがね、あれの母親は私の生母の妹なんだ、だから離宮にはよくやって来るが、レースルにエルフやゴブリンを助けて回る冒険者ギルドの話をしてね。変わった事をするんだね、君たちは。理由が知りたいな」

 皇子のペースのまま、本題に入り始めていた……。


 一方で、キャルルとアスラウは、答えの出ない口喧嘩を始めていた。

「妹の方が良いだろ、姉なんて居ても邪魔なだけだぞ?」
「それはないね。我が家の妹も年下の従姉妹もうるさいだけだ」

 この二人が仲良くなったには理由がある。
 成長の遅いクォーターエルフと、幼児期に魔力強化の施術を受けて成長が遅れたアスラウは、同じ悩みを抱えていた。

 同年齢の男子の間で、背の高さは絶対のヒエラルキーを持つ。
 例え美人の姉が二人いようと、宮廷魔術師の家に生まれ次期皇帝の従兄弟であろうとそれは変わらない。

 キャルルは主張する。
「うちの姉なんてボクよりデカイし、片方は鬼みたいに強いし、ボクなんて……ってなるだけだ!」

 アスラウも言い返す。
「そんなのまだましだ! 僕なんて二つ下の妹に背を抜かれたんだぞ!?」

「あーあ、妹が欲しかったなあ」
「優しい姉が欲しかったなあ……」

「そんなもの存在しないよ」

 キャルルが断言したところで、二人は護衛兵の詰め所を見つけた。

「なあ、最近弓を覚えたんだけど見せてやろうか?」
「へーまた古臭い。知ってるか? 時代は魔法兵器だぞ、けど見てやるよ」

 天才魔術師でもあるアスラウは、護衛兵に見つからぬように魔法を使う。
 十五歳の二人は、まだまだ遊びたい盛りだった。


 一方で、大人たちは真面目な話になっていた。

「ふむ、少数種族に対する迫害か。我が国でも話題になることはあるが、なあバルハルト」

「はい、今は各諸侯がそれぞれ対処する事になっております」
 
 マクシミリアンは結論をアドラーに下した。

「我が帝国家は諸侯の支持によって立っている。構成各国の内政に口を出すのは慎まねばならん」

 アドラーは、思わぬチャンスを得ていた。
 既に帝国を指導する立場にあるマクシミリアン殿下に、ゴブリンやコボルトからエルフまで、少数種族の保護を願い出る機会など二度とない。

 それは、故郷であるアドラクティア大陸の平和にも繋がる。

「殿下、戦を諸侯が始める時代は終わります」
 メガラニカ大陸のこれまでの歴史を否定する一言を、アドラーは発した。

「ほう」
 マクシミリアンが、やっと興味のある顔つきになった。
 続けよ、と手を振って許可を出す。

「交戦主体は、いずれ組織統率された国へ移ります。そして国の戦争に必要なものは、大義名分となります」

 マクシミリアンが不愉快だと表現する顔を、作ってみせる。

「余はファルツ帝領伯の領主でもある。帝領伯は一つの国であり、余こそが国であり国の意思であるのだが?」

「それは否定いたしません。ですが、各諸侯が交戦権を持つことの意味を、聡明な殿下にはご理解頂けるかと」

 帝国の皇子は、作っていた顔をやめた。
 強力な集権国家を作るために必要なことを、アドラーが述べようとしていると理解していた。

「それが、少数種族の保護と繋がるのかね?」

「私戦の禁止です。諸侯は、魔物や長年迫害した少数種族に備えて騎士を揃え兵を養っております。そのついでに、諸侯同士が争ってしまうと。兵力を召し上げるのは、一朝一夕にいきませんが、軍を備える理由を一つずつ消すのです」

 帝国には、諸侯専用の裁判所がある。
 裁くのではなく、争いを仲裁するためのものが。

「ふむ、魔物の相手はそなたら冒険者が、警戒する少数種族がなくなり諸侯同士の戦いも禁じれば、帝国はサイアミーズやアビシニアと戦うためだけの軍隊を揃えることが可能か」

 アドラーは、皇子の理解力に驚いていた。
 歴史を一度見通したアドラーと違い、皇子やバルハルトは普通の現地人のはずなのに。

「アドラー殿、その議論はアグリシア家の内部では長く行われております。だが、徴税権や外交権と並ぶ領主の三大権利、交戦権を取り上げるのは内乱の危険が……」

 バルハルトがアドラーに答えをくれる、帝国の中枢ではとっくに気付いてた問題であった。

 アドラーは一押しする。
「まずは諸侯から戦う理由を取り上げるのです。それから金と手間と人のかかる軍備を帝国が預かる。ニ、三世代も兵を率いぬ君主が出れば、喜んで兵権を渡すでしょう。殿下も閣下も、常備軍団制を持つサイアミーズに、現状では勝てぬ可能性があるとご承知かと」

「そなたは見てきたような物言いをするな。だが説得力はある」
 マクシミリアンは、反論せずに深く椅子に腰掛けた。

 帝国の封建制は、諸侯が集えば莫大な軍事力を生み出すことが事が出来る。
 開戦から3ヶ月もすれば、優に二十五万以上が構成各国に揃う。

 しかし、それでは既に侵攻を開始した十万の軍隊に勝てない。
 唯一、アグリシア家だけが六万程度を国境沿いに常駐させている。

「少数種族を警戒対象でなく帝国民として認め、手が空いた諸侯から引っこ抜いた戦力をもって帝国軍とする、か。悪くはないが、実現は息子の代になるかな」

「御意」
 アドラーはつい廷臣のような言葉が出た。

 それを聞いた皇子は、笑ってからアドラーに尋ねた。

「アドラー団長、そなたはアドラー閣下かアドラー将軍になる気はないか? 今なら好きなものを選ばせるが」

 アドラーは、この会談で初めてしっかりと視線を合わせて答えた。
「冒険者と、小さなギルドの団長の立場が気に入っております」

「うむ、仕方ない。では今後も冒険譚を期待しているぞ、私も妹もだ」

 マクシミリアンは、これに満足して席を立った。
 まだサイアミーズ国が北の大陸へ侵入したとの大事な話があったが、そちらはバルハルトに任せる。

 最後に、帝国の皇子はバルハルトに命令した。

「レオン王国の件は、そちが処理せよ。余の名を使ってよい。ゴブリン族への襲撃と強制奴隷化は、帝国から強く抗議するとな」

「承りました」
 バルハルトが頭を下げて、応接室に続く扉を開くと同時に、何処かでガラス窓が割れる高い音がした。

 外では一斉に護衛兵が騒ぎ出し、万が一に備えてバルハルトが警戒の度合いを上げたところで、二人の少年が応接室に飛び込んで来た。

「やべー、兄ちゃん! やっちゃった!」
「何処に射ってんだよ、バカ!」

 弓を持ったキャルルとアスラウが、慌てた顔をしていた。

 皇子は本当の最後に一つ付け加えた。

「バルハルト、ガラスの代金は私が払おう。アドラー団長、一つ貸しだぞ。アスラウも、また離宮に遊びに来なさい」
 マクシミリアンは颯爽と出ていった。

「兄ちゃん、ごめん?」
「キャル、お前のせいで借りが出来たじゃないか」

「ガ、ガラス代くらい、ボクだって!」とキャルルは言ったが、帝国の皇子は自身の居る建物に矢を射ち込んだことを不問にすると言ったのだった。

「やれやれ、変な頼み事はごめんだぞ……」
 アドラーは、キャルルから弓矢を取り上げた。
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