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第七章

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 黒竜が白虎を追いかけている間、アドラー達は釣りをしていた。

 密林を流れるレーナ川の支流は魚影も濃く、女神の恵みがなくともよく釣れる。

 糸を垂らすのは幻影団の男子達。
 女の子らは「えっ、虫とか触れないし」と冒険者らしからぬ言い訳をしてお喋りに励む。

 ダルタスは斧の研ぎに精を出し、アドラーはねじり鉢巻で獲物を待っている。

「えらを突き、尻尾に切れ込みを入れて血を抜く。頭を落として腹を割る。これが本おろしで、一太刀なら大名おろし。三枚おろしの出来上がり!」

 思う存分、地球の知識を活かす。

「お刺身も出来るけど、川魚は寄生虫がね。小麦粉と獣油があればムニエルとかも……」

 ここでアドラーは反応を待ったが、リューリアもブランカもお喋りに夢中。

「ん、俺は塩を振ってよく焼けば文句はない」
 斧からは目を離さず、ダルタスが雑に相手をしてくれた。

「……鮮魚の扱いはこの世界には早かったかな……」

 太陽と鷲の団員は、アドラーを信頼し気を許しているが、気を使うという事もなくなった。

 アドラーは、持って帰るために切り身を保存する。

 塩をふって布に包んで木炭を一本入れ、裏が涼しく表は暖かいマレフィカ特製の魔法の毛布にくるむ。
 片面の熱をゆっくりと反対側へ移動させる魔法道具で、アドラーは食品の保存に愛用していた。

「へえ、そんな使い方も出来るのですか。手伝いますね」と、アストラハンが寄ってくる。

 ここ数日、幻影団の実質的な団長は、何かとアドラーを手伝ったり役に立つ所を見せようとする。

 アストラハンは、短めの髪が寝癖のように左右に跳ねて、少し冷徹な感じはあるが人目を引く顔立ち。
 女神の孤児院育ちの団長代理という、アドラーも真っ青の主人公属性で、戦闘能力も高い。

「あの、アドラーさん。戻ったら二人で話がしたいのですが……」
 ついにアストラハンが切り出す。

「分かった。何でも聞くよ」
 若くて伸び盛りの青年が、故郷を出て自分の力を試したくなったとアドラーには分かっていた。


 短い冒険の収穫は、ダルタスの斧と二日熟成させた魚の切り身。
 湖の女神に会って黒竜まで呼び寄せたが、太陽と鷲ではよくあること。

 ただしキャルルは残念そう。
「えっ、竜!? いいなあボクも見たかったなぁ……本物の竜」

「なんでだ! 目の前にいるだろ!?」
「こんなのじゃなくて格好いいのが見たい!」

「こんなって言ったな!」

 ブランカが白い尻尾を伸ばしたが、キャルルは見事に避けてみせた。

「むっ!?」
 しばし、地上最強の竜種の姫がクォーターエルフの少年を追い回す。

 何時もは手も足も出ないキャルルが、少しだけブランカの動きに付いていく。

 アドラーも目を見張った。
「へえ、凄い加護を貰ったな。どの神さまに頂いたの?」

 キャルルは、ちょっと恥ずかしそうに、そして嬉しそうに答えた。
「バスティの姉さんの一人から貰ったんだ。兄ちゃんと同じようなのが欲しくて……」

「苦労したんだにゃ。アクアと一緒にうちも拝み倒したにゃ」
 バスティもやって来た。

 ”猫と冒険の女神”は、この南の大陸メガラニカにも何柱か存在する。
 バスティは一番年下で、世間にはほとんど知られていない。

 力を持つ姉の一人に降臨してもらい、女神二人とキャルルが頼みこんだ。

「だから、こういう事も出来る!」
 キャルルは、アドラーにも強化をかけてみせた。

「広域? いやデュオかな。攻防に五割以上、こんな強力な神授魔法は滅多にないぞ」
「凄いね兄ちゃん、そこまで分かるんだ!」

 キャルルが目を丸くする。
 自身と仲間一人の攻防能力を大幅アップ、これがキャルルが新しく貰った能力。
 あとはエルフ王に貰った剣を使えるようになれば、超一流の冒険者になる素材を少年は手に入れた。

 ただし、たった一つだけ弱点があった。

 北の大陸アドラクティアを統括する”猫と冒険の女神”の長女から貰った、アドラーの全体強化特大は、同系であるキャルルの強化を上書きする。

 キャルルが自分の力で戦い始める時まで、しばらくはお預け。

「アドラー、見て見て。わたしはこんなの!」
 長女も貰った力を披露する。

 意外なことに、ミュスレアは守りの魔法を望んだ。

「守りたい人が増えたから……」という、とても彼女らしい理由で。

 女神アクアは、最初は盾の女神アイギスに頼もうとしたが、人気のあるアイギス様はがめついのでも有名。
 タダ働きはごめんとばかりに、居留守を使われた、とアクアがいった。

「それで代わりに来てくれたのが、びっくりなのよねえ」
 女神アクアが、右手をなんとまあの形で振りながら語る。

 ミュスレアの願いに応じたのは、盾の女神の上位神である守護の女神アテナだった。

 主神級の、戦闘系の神々でも最上位の力を持つ女神の降臨に「神殿が崩れるかと思ったわ」とアクアは語る。

 守護の女神アテナの力は絶大だが、地上の者が受け取れる量には限度がある。

 ミュスレアが授かった魔法を使うと、オーロラのような光の壁が辺りを包み込む。

絶対障壁ファランクスっていうんだって。どんな攻撃にも耐えるけど、使えるのは一日に一度だけ」

「伝説級じゃないですか」
 最強女神の贈り物は桁が違った。

 歴史の中では、竜や巨人に挑む時代の勇者が守護の女神アテナの加護を受けたと残る。
 だが最近では、都市や国の守護神として崇められ、個人に力を貸すことはほとんどない。

 それに加えて、ミュスレア個人の防御力も大きく上昇していた。
 こちらはアドラーの特殊強化と乗算されて、さらに能力を伸ばす事が可能だが……ミュスレアは数年後に、冒険者を引退する。

 そしてアテナの加護は、彼女の子供へと受け継がれていく。


 新しい加護を授かったお祝いとお別れ会が開かれていた。
 幻影団と太陽と鷲団、合わせて二十名ほどのささやかな宴会。

 アドラーは寿司を披露したが、この地域の米のような穀物と生魚は愛称が悪かった。
 ただし熟成させた魚の評判は上々で、炙って出すとあっという間に食い尽くされた。

 アドラーとアストラハンは、二人で人気のない神殿廊下に居た。

「もうお察しかと思いますが……」
「察しは付くけど、はっきり聞かせてくれないか」

 アストラハンは、”太陽を掴む鷲”でやっていきたいと述べた。

「ルーシー国に不満はないんです、田舎ですけど。仲間も兄弟同然で育ってきて、アクア様も生みの母以上に愛しています。けど、強い冒険者の集うギルド対抗戦に参加して、自分の可能性を試してみたくなったんです!」

 アドラーからしても、アストラハンの実力には問題はない。
 それどころか、ライデンの冒険者ギルドの何処でも一軍に入れるレベル。

「その前に、一つ聞いておきたい。もうみんなには話したのか?」

 幻影団の隊員がアストラハンを頼りにしているのは、アドラーから見てもよく分かる。
 二つ返事で連れて行くつもりは、太陽と鷲の団長にはない。

「そ、それはまだ……けど、分かってくれると思います」
 若いアストラハンは、孤児院で共に育った仲間達にまだ甘えていた。

 アドラーは、一度は断るつもり。
 後任の団長代理を育ててからでないと、アストラハンが後悔する事態になりかねないから。

 続けて説得の言葉をかけようとしたアドラーを、女性の声が遮った。

「アスラ、お願い! いかないで! アドラーさまも、連れて行かないで下さい……」

 アストラハンをあだ名で呼んだのは、クリミアだった。

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