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第七章

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 ”鷲の幻影”団は、東寄りの五つの村への護衛を買って出てくれた。

「お二人がこれほど怪我をするなんて、詳しく知りたいのですが……」
 アドラーとダルタスを見るアストラハンは、無念の表情。

「本当に助かる、ありがとう。ゆっくり話せれば良いのだけど……」

 アドラーも話す暇さえないのは心苦しいが、千ニ百人もゴブリンがいると日々の食料だけでも莫大なもの。

 半分の六百人の護衛を、アストラハン達が引き受けてくれる。

「よろしければ、ルーシー国へ来ませんか? アクア様も喜びますし、怪我や美容に効く温泉もありますよ?」

 ”鷲の幻影”の団長は、アストラハンでなくレーナ川の女神アクアで、水の神様は砂漠へなど来ない。

「それは嬉しいなあ。ほとぼりも冷ましたいところだし」

 アドラーは、怒りに任せて名前と所属を何度か名乗った。
 どうせ調べればバレるのだが、しばらくは何処かへ身を隠したい。

 アストラハン――彼は団長代理を任されるだけあって有能で強い――は、ダルタスの折れた斧を見て付け加えた。

「うちの国には、伝説の斧があります。自分も見たことありますが」

「なんとっ!? 団長!」
 オークが反応した。

「それなら行ってみるか、約束だしな」
 アドラーは、高原地帯に広がるルーシー国へ足を伸ばすと決めた。

 まずは六百人のゴブリンが、口々に礼を言い、手を振りながら去って行く。

 本当は宴会でも開きたいが、酒も余分な食い物もない。
 あっけない別れだが、生きてる者は家族に会え、労役先や道中で亡くなった者も故郷に戻ることが出来る。

 残りのゴブリン族も、順番にアドラー達が送り届ける。
 残った四百枚の金貨は十の村に均等に分けて、村の再建に使われる。

 そしてクルケットとの別れの時が来た。

「団長さま! クルケットは寂しくて悲しいです! ありがとうございましたです!!」

 体当たりでアドラーに抱きついたクルケットは涙まみれ。
 全員と抱擁しても、涙腺が止まることはなかった。

「ク、クルはこれからもみんなと居たいです! けど……村はこれからなのです……」

 クルケットの両親は無事だったが、彼女にはまだ幼い弟妹が居て、両親を失った子供も沢山いる。
 お姉さんのクルケットには、やるべき事がたくさんあった。

「また来る」とは、アドラーも約束は出来なかったが、連絡の取り方は伝えた。

「何かあれば東のルーシー国へ。ここからでも歩いて行ける距離で、そこのレーナ川の流域には女神の神殿が沢山ある。何処でも良いから飛び込んで、”鷲の幻影”からうちに連絡してもらってね。必ず助けに来るからね」

「はいっ!」
 クルケットが元気よく返事をした。

 アドラーは、デトロサ伯を放任していたレオン王国を全く信用していない。

 実際に数カ月後には、喉元を過ぎたレオン王国は何があったか調査を始め、ゴブリンに対しても特に融和的になる事はなかったが……。
 
 直ぐにミケドニア帝国から横槍が入って調査は中止される。
 軍を握るバルハルト侯爵と、さらに上の人物が直接の圧力をかけたのだ。

 驚いて慌てふためいたレオン王国は、ゴブリン族に対しても一方的に不可侵を宣言した。
 ミケドニア帝国に口実を与えるのは、レオン王国の滅亡を意味する。


 これより数百年の平和を享受するゴブリン族は、クルケットという名の少女が長老となってさらに繁栄の時を迎える。

 砂漠に住む全てのゴブリンから尊敬される長老には、三人の息子がいて、上から、アドラー、ダルタス、キャルルという珍しい名前を持っていた――。


 もう一人にも話がある。
 最前線で取材を続けたアーネストも、しぶとく生き残っていた。

 彼はゴブリンの村を何十年も行き来して、貴重な文献を多く残す。
 
 月刊冒険者に連載された『ゴブリンと砂漠』は、ゴブリンの歴史から調べ上げ、砂漠の生活から大脱走までを描いた重厚なものとなったが……学術や歴史資料に等しく、いまいち盛り上がりに欠けた。

 さらに数年後、連載を終えた彼は一冊の本を出版する。
『ゴブリンの冒険』と銘打たれた小説は、長く評価され冒険物の定番になった。

 ゴブリン族の少年達がリザード族の助けを借りて砂漠を抜け出し、各地を旅しながら半エルフの美しい少女と出会い、そして一匹狼のオークと出会い、力の腕輪を手に入れ故郷の村を救いに戻る。

 この単純明快な物語は、ヒト族のゴブリン族に対する理解を大いに深めることになる。

 再会したアーネストに、アドラーが尋ねる機会があった。

「ゴブリンの冒険、面白いんだけどさ。何で俺は出てこないの? あとキャルルが女性にされたって怒ってたぞ」

 アーネストは悪びれずに答えた。
「だって、アドラー団長が出たら現実味がなくなるので……」


 レオン王国の内戦で、”太陽を掴む鷲”がヒト族の公式記録に残る事はなかった。
 だが砂漠のゴブリン族は何時までも、黒猫を連れた七人の勇者と、彼らの元へ旅した少女の事を語り継いだ……。

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