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第七章

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「だんちょー、やるか?」
 祖竜の子供、ブランカが牙を見せてアドラーに聞いた。

 今のブランカは、十五日に一発くらいはドランゴブレスが撃てる。
 威力は絶大、地面ごと騎兵隊の一部は消滅するだろう。

「いや、止めておこう。まだ攻撃してくる様子はない」

 問答無用で突進してくるならアドラーも考えたが、追ってきた騎兵は見える位置で止まった。

 頂上生物であるブランカは、短いサイクルで巡る命に配慮はするが遠慮はしない。
 歯向かうならば輪廻を巡れとばかりに消し飛ばす。

 だがアドラーは、女の子にそんな命令をする気はなかった。

 アドラーがよく知る地球の動物は、オスがよく争う。
 特に哺乳類のオスは、メスの奪い合いに縄張り争いと命をかける場面が常に訪れる。

 高等生物で平和主義が多いのは鳥類。
 この種は、見た目の美しさや歌声やダンス、巣作りの上手さでメスを争う。

「人類に一番近いのは鳥では?」と、前世のアドラーは常々思っていた。

 メスが命をかけて戦うのは、哺乳類も鳥類も、子供を守る時がほとんどである。

「ブランカはあっちで食事をしといで。ここは俺に任せて」
「ほんとにいいのー?」

「ほんとうだ」
 白い髪をぽんと叩くと、白い尻尾を振りながらブランカは走っていく。

「あ、あのーアドラー団長? 本当にどうするんです? 突撃してきたら皆殺しですよ」

 月刊冒険者の記者、アーネストも聞いてきた。

「そりゃまあ、攻撃しないでって頼むしかないなあ」
 アドラーは、小説を書くために記者になったという男を気に入っていた。

「そんな無茶な。あれだけの重装騎兵なら、千人のゴブリンくらい簡単に押し潰せますよ?」

「そうならないように手は打ったんだが、レオン王国がねえ。首都レオンの様子はどうだった?」
「いえ、私はマレフィカさんに会ってから、直ぐに漁船を借りて北上してきたので……」

 レオンの冒険者ギルド本部に出入りしてたアーネストは、話を聞いて意気込んでやってきた。
 冒険者ギルド本部は、ライデンやレオンのように大都市や国ごとにある。

 彼はゴブリンへの偏見が薄かった。
 この二日間、誰彼構わずに話を聞いて、中立かゴブリン寄りの記事を書いてくれそうであった。

「戦って引いてもらうしかないかもな」
 他人事のようなアドラーに、アーネストが抗議する。

「いいですか、アドラー団長。私にもこんな機会は滅多に……いや、向かって来てるのは、どう見てもデトロサ伯の騎士団ですよ。ただ馬に乗った兵士とは訳が違います、戦争の専門家です。一人や十人で何とかなるはずが……小説は大団円でないと駄目なんですよ……」

 アーネストの本音がちらほら漏れていた。
 アドラーやクルケットから話を聞いた小説家志望の記者は、これが傑作を書くチャンスだと思っていた。

 どんな話を書くのか、楽しみになってきたアドラーが敵の動きを見つけた。

「お、偵察か? いや軍使か。手順を踏むつもりらしいな」

 アドラーは、まだ話足りないアーネストを置いて、一人で南に歩き出した。

 見るからに立派な装備の騎士級が五人、馬に乗ったままアドラーを待っていた。

 そして先に名乗った。
「フェルナンド・デ・マガリャネス。デトロサ伯の騎士で、騎士団長である。そなたの名前をお聞かせ願う」

 マガリャネスは威風堂々、正面からアドラーを見下ろす。

「アドラー・エイベルデイン。ライデンの冒険者、”太陽を掴む鷲”の団長だ」

 ライデンと聞いて騎士達がざわつく。
 ミケドニア帝国の北の玄関口、北部海域一円に手を伸ばす商業都市を知らぬ者はない。

「ライデンからこのデトロサまで、遠路ご苦労である。して何用で参られたか。帝国の冒険者とはいえ、そこのゴブリンどもは伯爵家の財産であるが」

 マガリャネスは表情一つ変えぬ。

「彼らはただ自分の家に帰ろうとしているだけです」
 アドラーも応じた。

「奴隷の逃亡は罪である!」
「それは借金を背負った奴隷と、戦争で身代金が払えなかった者の話だ。レオン国法もデトロサの国内法も、理由なき奴隷を認めていない」

「そなたは、フェリペ閣下の財産を奪おうとしておるのだぞ?」
「違う、あくまでゴブリン達の自力救済だ。私はそれを助けているに過ぎない」

 アドラーは、この地の歴史と成文法は一通り読んでいた。

「我が伯国は、長いことゴブリンを使ってきた。我らの慣習を犯すと言われるか」
「過去の労役、たとえばこの”アルフォンソの道”は、ゴブリン族との交易発展の名目があり、アルフォンソ伯は食料と引き換えにゴブリン族の助力を得たのだ」

 マガリャネスの声が一際大きくなった。

「我々はフェリペ閣下の命を受けてここに来た、それでも従わぬと言うか!」

 アドラーも大声で返す。
「俺が依頼を受けたのはライデン市だ。帝国にゴブリンを助けるなという法も、伯爵ごときに従えという法もない!」

 マガリャネス団長が強く睨んだが、アドラー団長は一歩も引かぬ。

「もう一つ聞こう。そなたは戦うつもりか?」
「必要とあらば」

「何故、そのような無茶をする。ライデンの冒険者といえば、大陸一の評判も高い。ゴブリンなどに肩入れせずとも、幾らでも武名は立てられよう」

「この男達が戻らねば、ゴブリン族が多く死ぬ。残された女子供らがだ。もし北方の砂漠が無人になれば、この国に魔物がなだれ込むぞ?」

 アドラーが見つめるマガリャネスの目が、初めて動揺した。
 法解釈などどうでも良くとも、女子供が犠牲になるというのは、マガリャネスにとって衝撃だったようだ。

「わ、我々が北の砂漠に出て、警備をしよう。ゴブリン族の扱いを改めるよう、伯爵閣下にも奏上する。労役に戻す気はないか?」

「俺たちを見逃して、伯爵を諌めてくれないか? もう大勢が死んだ。これ以上の犠牲は出したくない」

 アドラーは僅かな希望に賭ける。

「……すまぬが、連れ戻せとの命令だ」
 かなり長く沈黙したマガリャネスが、交渉断絶を告げた。

「そうか……俺が死ねば、ゴブリン達も降伏する。ほとんど武器も持ってない」

「歯向かわぬ者への攻撃は禁止させる。我々は太陽が真上に来たら攻撃を開始する。アドラーと申したな、そなたが逃亡しても追わぬと約束しよう」

 マガリャネスは、アドラーに逃げよと伝えて馬首を返した。

 正午まではあと一時間余り。

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