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第七章

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 ゴブリン族が多く住むこの砂漠は、ゴブ砂漠と呼ばれている。
 ゴブ砂漠には、冒険者も恐れる四種の魔物がいる。

 空を舞うデザートイーグル、地中の殺し屋モンゴリアンデスワーム、大地には麻痺毒のバジリスク、そして夜を闇を支配するサバクノキツネ。

 いずれもラクダの大型種、ヨツコブラクダをも楽々と捕らえる魔物ばかりで、中でも化けて人を騙すと言われるサバクノキツネのロンメラは、おとぎ話になるほど有名。

 妖狐のロンメラが砂漠の女王ならば、アドラーが『アカカブト』と名付けたバジリスクは砂漠の王である。

 生まれ出て八百余年、ゴブリンのみならずヒトやリザード族の隊商も襲い、喰った二足種族は六百人を超える。

 頭を持ち上げればビルの三階、胴の長さはバス並み、尻尾の長さも十メートル。
 その上に毒と知恵を持つアカカブトに対して、アドラーは単独で向き合った。

「ここで、通行止めだ」
 アドラーの後ろには、キャルルとリューリアがいる。

 前足での一撃を強引に受け止め、巨大な爪を一本切り落とす。
 アカカブトが、アドラーのことを厄介な武器を持つ敵であると認識した。

 一歩下がったバジリスクの鼻の穴が閉じる。

「おっ、そうくるか。しかしこんな事もあろうかと!」

 バジリスク種は、鼻へ送る空気を迂回させて麻痺毒を飛ばす。
 練熟の冒険者なら見たことなくても知っている。

 だがこのボス、巨大なアカカブトの生産する毒は、量も多く押し出す空気圧も強い。
 毒液でなく毒霧となってアドラーを包み込む。

 砂漠の枯れた川床に、ダイヤモンドダストのようにきらめく毒の柱が立った。

「とりゃっ!」
 しかしアドラーは痺れることもなく、毒の柱から飛び出して、アカカブトを斬りつけてさらに一歩下がらせる。

 アドラーの頭には、革と砂漠ガラスで作った即席のガスマスク。
 中和剤には炭と薬草、そしてマレフィカ特製の魔法薬。

「うー臭い! そして暑い! けど仕方ない……」

 汗と薬の混じった悪臭がアドラーを襲うが、命には代えられない。
 毒ガス戦の経験など無いこの世界で、初めてガスマスクが実戦で使われた。

 ぶつくさ文句を言いながら足止めする団長を見て、リューリアが自分の役目を思い出す。

「癒やしの女神パナシアよ、お願いします!」
 解毒の呪文をアドラーにかけた。

 吸い込む心配はなくとも、麻痺毒は肌からも染みる。
 多少ならばリューリアでもデトックス可能。

 リューリアは、自分の前で右に左にと弓を射つ弟に気を取られていた。
 もう過保護な姉なんて邪魔者扱いだが、それでも心配なものは心配。

 ダルタス、ミュスレア、ブランカの三人を見回して、回復も解毒も必要ないと確認したリューリアが気づく。

「……みんな、集中出来てないじゃないの」

 アドラーでさえ、気もそぞろ。
 真ん中でヒーラーと射手を担当する二人のカバーに余力を残し、全力を出し切れてない。

「もうっ! この子はわたしが見てるから、みんな目の前の敵に集中しなさいっ!」

 その言い方は酷いと、弟が恨めしげに姉を見る。

 キャルルは、ここまで十本の弓を放ち、七本を命中させていた。
 それも比較的小柄で素早く、回り込もうとやってくるバジリスクを倒して追い返していた。

「そ、そういう意味じゃないからね、キャルル? 無茶はしないようにってことよ? お姉ちゃんの事は、キャルルが守ってね?」

 リューリアにとって、弟が姉離れするのはとても寂しいことだったが、今は男の子のプライドを優先させた。

「キャルル、そこは任せるわね」

 ミュスレアが、一言かけてアドラーの援護に向かう。
 右翼からやって来た大型のバジリスクを、四体全て倒した長女は、迷いに迷って弟でなく団長のサポートをすることにした。

 後方を片付けたダルタスも、キャルルに任せて前方へ向かう。

 最後にブランカが二人の側へやってきた。

「なんだよ、お前も前にいけよ」
「だって、もうあたしの出番ないし」

 戦闘に集中した”太陽を掴む鷲”は、砂漠の王を圧倒していた。

 右前足の近くにダルタスが陣取り、巨大な盾と戦斧で攻撃を受ける。
 頭部の攻撃範囲にはアドラーが位置して、アカカブトの注意引いて逃さない。

 拘束された敵の側面を回り込んだミュスレアの槍が、アカカブトの尾の付け根に深々と突き刺さった。

 アカカブトが絶叫を上げる。
 強力な攻撃手段である、尻尾を操る神経系を槍で貫かれていた。

 動かなくなった尻尾を自切して、アカカブトは逃げの体勢に入った。
 およそ六百年ぶりの屈辱、エサもメスも縄張りも独占してきた砂漠の王にとって、忘れかけていた生存本能が頭を支配する。

 だが、アドラーとミュスレアとダルタスの連携は固い。
 三角の包囲網を作り、どの方向にも逃さない。

 最後の毒を噴霧しようと、大きく頭をあげたアカカブトの首をアドラーが斬った。

 切断とまではいかなかったが、王の首がぐにゃりと曲がり、追い打ちとばかりにミュスレアが蹴り倒す。

 止めは巨大なオークの戦斧、頭蓋を砕いて柔らかい中身が飛び散った。

「おわった」
 見ていたブランカが明言した。

「あっ、残りも逃げてく」
 キャルルの手持ちの矢が一本になったところで、他のバジリスク達は逃げ出した。

「こんなもの? あっけないわね」
 幾度か解毒を使っただけで、リューリアの魔力はたっぷり残っていた。

「なに言ってんの、兄ちゃんとダルタスが滅茶苦茶に強いだけだよ!」
 自称二人の弟子のキャルルの鼻は高い。

「お前もよくやった」と、ブランカがキャルルの頭を撫でようとして逃げられた。

「なんだ! 褒めてあげるのに!」
「ちょっと背が伸びたからって調子に乗んな! すぐに追い抜いてやるからな!」

 じゃれ合う二人を放っておいて、リューリアは三人を出迎えるが、ガスマスクを取ったアドラーに飛びつこうとして止まった。

「あのね、なんか凄く、臭う……」
 控えめな次女の言葉に、長女もアドラーの顔に鼻を近づけた。

「うわ、くっせ!」
 冒険者歴の長いミュスレアの一言はまったく容赦がない。

 汗と薬草とマレフィカの魔法薬が混ざった悪臭が、アドラーの顔と髪に染み付いていた。

 帰りの道では、ダルタス以外はアドラーの近くに来ない。
 ドラゴンもクォーターエルフも、嗅覚はかなり鋭い。

 村へ戻ったアドラーはひたすら顔を洗う。
「リューリアが、石鹸を持って来てて良かった……」

 綺麗好きな次女のお陰で、何とか抱きつかなければ分からないくらいになった。

 洗顔洗髪ついでに体を洗い出したアドラーのところへ、黒猫が飛び込んでくる。

「きゃあ! って、なんだバスティさんか」
「なんだとはなんだにゃ。うちもこう見えて乙女……ってそれはいいにゃ! 敵襲だぞ。騎乗十に徒歩二百ほどのヒトの群れが、村へやってくる」

 アドラーは、まだ濡れた体に上着を羽織って剣を片手に飛び出す。

 バジリスクよりも残虐な連中が、向こうからやってきたのだ。
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