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第七章

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 ゴブリン達はとても働き者だ。
 岩山の洞窟は隅々まで掃除して衛生を保ち、僅かな資源を使ってなんとか生き延びようとしている。

 岩を削って四角い穴を作り、そこへ土と砂を入れて食べられる植物を育てれば、水や肥料を節約出来るプランターとなる。

 これを狙ってやってくるトカゲやネズミは、貴重なたんぱく源。
 女子供だけになったゴブリン達は、たくましく生きていた。

「それも、長くは持たない。早急に村を取り戻す。まずは村までの道中の安全の確保、それからは村の護衛とボスの討伐を同時にやる」

 村の再建も、アドラー達が手伝う。
 魔物だけ倒してボロボロの村に放置して、後は任せたなんて出来るはずがない。

「マレフィカ、ちょっと働いてもらうことになる」
「ああ、任せてもらおうかー」

 森の魔女は、珍しくやる気に溢れていた。
 小さくかわいい子ゴブリンの大群を守るのは、彼女にとって実益を兼ねた使命。

「まずは偵察。周辺を安全にしてから、村の再建をする。新しい村造りだ、良い案があればどんどん出してくれ」

 百人力のダルタスが居ても一朝一夕に終わるはずがない大事業も、マレフィカが居ればなんとかなる。

 赤瞳黒髪の魔導一族、血統の魔女は同時に二十五の砂岩ゴーレムを作りだした。

「すげー! ただの変態お姉さんじゃなかったんだ!」
「キャ、キャルルくん! そ、そういう言い方はやめてくれないかー」

 多彩な趣味を持つ魔女は、嬉し恥ずかしといった感じで顔を隠す。

「この数だと複雑な命令はわたしでも無理だが、ものを運ぶくらいのことは出来る」
「充分だ、運ぶものがたくさんあるからな」

 岩山の近くにいたバジリスクを、新たに数体討伐する。
 ゴーレムを使って離れた所まで運び、しばらく待機すると、その死肉を狙って様々な生き物が集まる。

 プテラノコンドルやナマハゲワシといったスカベンジャーが集まり、それを見てサバクノジャッカルやデスコピオン、そしてバジリスクまでやって来る。

 普通のトカゲはせいぜいニメートルだが、この砂漠の魔物は小さくてもその三倍。

 野生のラクダをもエサにする怪物を、アドラー達は次々に倒していく。

「このっ、くそっ! 倒れろ!」
 キャルルも遂に前線に立った。

 ゴブリンの少女達が輪を作って眺めに来るエルフの少年は、ここに来て自分が七番目に強いと知った。

 残された二百ほどのゴブリン族で、キャルルよりも戦える者は皆無。
 少年は初めて、自分が守られる立場から守る者になったことを自覚した。

 使いこなせないエルフの長剣でなく、弓を手にしてキャルルは戦うと決めた。
 もう長い剣を振り回して、体勢を崩して「兄ちゃん! お姉ちゃん!」と助けを呼ぶ段階を卒業するつもりだった。

 ちなみにキャルルの弓は、アドラーとマレフィカが頭を捻って作りあげた一品物。

 ブランカの祖母、大陸の守護竜に貰った角を使った魔導合成弓。
 竜の髭を弦に使い、象が踏んでも壊れる事はなく、矢の威力を上げるにとどまらず射ち手の防御まで自動で行う過保護にも程がある超高級品。

「へー、なかなかやるじゃん。大きくなったわねぇ」
 全力で弓を引く弟を見たリューリアは、嬉しそうでもあり寂しそうでもある。

 ずっと自分の後ろに隠れていた――姉はそう思っている――キャルルが、自分の前に立って戦っていた。

 もちろんキャルルも、毎日の練習はかかさない。
 ダルタスやブランカ相手に近接戦の訓練をしたあとに、矢を百は射つ。
 今では、三本に二本は狙った付近へ飛ぶ。

 エルフの弓使いへの道はまだまだ遠いが、キャルルは団で六番目の戦力になろうとしていた。

 血なまぐさい戦場の上空から、マレフィカが警告を送る。

「西からも一体来たぞ。あ、北からもだこっちは大きぞー」

 情報を受け取ったアドラーは、全員を確かめて待ち受ける。
 油断さえしなければ、冒険者が二十人も居れば狩れるバジリスクを相手に、”太陽を掴む鷲”が遅れを取るはずもない。


「村へ、戻るぞー!」
 アドラーの大きな掛け声に、さらに大きな歓声があがる。

 二十五体のゴーレムが、ゴブリンを乗せて荷物を持ち、守るようにして砂漠を進む。

 村の井戸は無事だった。
 バジリスクが落ちて死んで腐っていれば、再建は不可能だった。

 家畜は全て食われ、畑も荒れ果て、家も村を守る柵も壊れている。
 それでもゴブリン達の顔は明るい。

「ようやく故郷に戻れるです! 団長さま、ありがとうございます!」
 クルケットの小さな手が、アドラーの手をぎゅっと握る。

「まだだよ、クルケット。家を直して堀を作って柵も高くする。畑にも手をいれて、家畜は他の村から分けて貰わないとね。暮らせるようにするのが本番だ」

「あ、ありがたいですけど、このへんは木も少ないですし、男手もないです。すごく時間がかかってしまいます……」

 クルケットが申し訳なさそうに見つめるが、アドラーには勝算がある。

「その為のゴーレムだよ!」

 聞いていたマレフィカが天を仰いでいった。
「ほんとに魔女使いの荒い団長だなー。働くのは苦手なんだけどなー」

 マレフィカの魔力はアドラーとは三桁くらい違う。
 魔術師が一体作り出せば一人前のゴーレムを、同時に二十五も使役する。

「えーっと、家の解体と柱立て、水路を掘って空堀も作る。土はこっちに積み上げて見張り櫓の基礎。そして畑を耕してさらに防御柵……で、出来るかなあ……?」

 一つ一つは単純作業でも、やることは多かった。
 懸案だった防御柵の素材には、バジリスクの骨を使うことにした。
 大量に討伐した肋骨や足の骨は、村を一周させるに充分。

「マレフィカさまー! がんばってー!」
 子ゴブリン達の応援に、子供好きの魔女が気合を入れる。

 この世界の重機とも呼べるゴーレム二十五体が、一斉に起動する。
 百軒ほどの小さな村など、半時間で平らに出来るマンパワーが、再建に向けて動き出した。

「こっちはマレフィカに任せて、あとはバジリスクのボスだが……。おい、ダルタス、丸太を運んでないでこっちへ来て」

 アドラーは、ゴーレムに負けじと力仕事を始めていたオークを呼び、ミュスレアも含めた三人で地図を眺める。

「やっぱり、北の枯れ川か東の枯れた森。どちらかじゃない?」
 
 ミュスレアの意見に、アドラーも同じくする。
 周囲二日の範囲のバジリスクは討伐したが、魔物を呼び集めた親玉はまだ見つかっていない。

 足跡とゴブリンの情報から推測するに、三十メートル近い超大物。
 本来の黄と茶の体色を捨て、赤い模様が浮き上がる特殊個体と呼ばれるもので、間違って狩るなどということはない。

「そいつさえ倒せば、残りも自然と散るだろうが……」

 ボスを倒さぬ限り、アドラーは村を動けない。
 奴隷として連れて行かれた男達の救出にも行けない。

 数日間の探索でも行方を掴めなかったが、情報がやってきた。
 北へ三日ほどの距離にある別のゴブリン村からだった。

「つ、強い人がおるとの噂を聞いてやって来ただ! おらの村にもバジリスクが出た! 男どもが何人も食われただ! 赤い頭の怪物も見ただ!」

「詳しく聞こう」
 アドラーは、一人で砂漠を渡ってきたゴブリンを迎え入れた。

 間違いなくボスである。
 このゴブリンが来た村から南の集落は、奴隷狩りに会うかバジリスクの餌場。

 クルケットの村のように、同時に襲われた所もある。

「そいつは、俺が倒す。必ずだ。だが少し頼みを聞いてくれないか? この村の家畜は全滅した。乳を出して子を産める、メスの牛がどうしても必要なんだ」

 アドラーは、交換条件のつもりだった。
 貴重な財産を、ほいほいと手放す村など無いはず。

 砂漠を渡ってきたゴブリンの男は、大きな目をぱちくりさせて言った。

「なんだべ、そんなことか。もちろんそのつもりだべ。わしらゴブリンは弱いでな。助けに行っても被害が増えるだけだ。だから見捨てるのは仕方ないべ、けど生き残ったやつは全員で支えるだ。家畜の半分は、ここや近くの村に配るべさ」

 ゴブリンの男は、当たり前の顔をしていた。

 村の再建に向けた、最後の心配が埋まった。
 アドラーが集合をかける。

「直ちに出発する。目的は北の枯れ川、村にはマレフィカだけを残す。六人で強行軍だ、準備は怠るなよ!」

 真っ先に準備を整えたのはキャルルで、その周りにゴブリンの少女達が集まっては無事を祈る。
 初めて頼られる立場になったキャルルの顔は引き締まっている。

「無茶しなきゃ良いけど……」
 ミュスレアが、嬉しさ半分と心配半分でつぶやいた。
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