上 下
114 / 214
第六章

114

しおりを挟む

「ふむう、そうじゃのう……何から話すかのう……」

 アドラーは、バルハルトが口を開くのを待った。

 こちらの大陸に来て2年半ほど、冒険者になって2年、団長になって半年。
 そんなアドラーが、バルハルトと一対一で話せるなど本来はありえない。

 冒険者に階級はなく、上下関係もうるさくはないが、眼の前の爺様は国の冒険者を代表する一人。

 日に焼けたハゲ頭と、鼻の下に蓄えた髭、人好きのする大きな口元、未だ萎む気配もない筋肉。

 アドラーが心底から警戒しても、正面に座る歴戦の勇士を嫌いになるのは難しかった。

「わしは、軍人貴族の家系で、次男坊として生まれた。十五で騎士を志して軍に入隊したのじゃ……」

「えっ!?」
 そこから、と言うのをアドラーは何とか控えた。

「年寄りの話は長いもんじゃ。そこで五年過ごしたが、騎士の育成過程というのは儀礼に決まり事だらけで……」

 バルハルトは結果から告げて、半生を語り始めた。

 二十歳で帝国軍を飛び出し冒険者界に飛び込み、きままで荒っぽい冒険を積み重ね、今や最大手の”宮殿に住まう獅子”に引き抜かれる。

 しかる後に、招集された戦争で冒険者を率いて皇太子を救出して、乞われて宮廷に戻るも貴族連中に嫌気がさす。
 またギルドに専念するも、今度は友誼を育んだ皇太子が即位して爵位を押し付けられて……。

 バルハルトの話は、とても面白かった。

 屋敷の外では、キャルルとアスラウが試合を続ける歓声が響いていたが、何時の間にか聞こえなくなる。
 疲れた二人は、執事の持って来た甘い菓子を黙々と食べていた。


「そんなこんなで今の地位におる訳じゃ。どうかのアドラー団長、貴君のことも聞かせてもらえまいかな?」

 アドラーは、思わず全てを話しそうになった。

 小さな潰れかけの貧乏ギルドの団長に対して、閣下と尊称されるバルハルトは、穏やかで親しみを込めた態度を崩さない。

「バルハルト閣下」
「呼び捨てで良いぞ」

「バルハルト総団長、わたしは、貴方とは敵対はしたくない。いやまあ、もう一度ぶつかりましたけど。それでも、戦場で対面するのは御免蒙りたい」

「奇遇じゃな、わしもそうじゃ。部下をやたらと死なせる無能にはなりとうない」

 帝国男爵にして”宮殿に住まう鷲”の四分の一を指揮下に収める総団長は、にかりと笑った。

「あなた方の探している新大陸には、既に人が住んでいます」
 アドラーは、断言した。

「ふうむ……。みな、お主の様に強いのか?」
「いえ、そんな事は。普通に日々の暮らしを立てる者がほとんどですし、決してこちらの脅威になる程では」

 進んだこの大陸の恐れにはならないと伝えた。

「そうか。ただ魔物が暮らすだけか、手も出せぬほどの人々が住むなら良かったがのう……」

 アドラーは小さく息を吐く。
 バルハルトがただのコンキスタドール的な思想でなく安心をした。

「あのー、実はですね。とある神さまに聞いたところ、大陸は全部で四つあるらしいです。魔物――ナフーヌ――が支配してる所もあるので、そっちに行って欲しいなーって」

「なぬっ!?」
 この情報は、バルハルトも予想外で初耳だったようだ。

 まずはアドラーの生まれ故郷のアドラクティア大陸、現在再建中。
 次はヒト族が支配的なここメガラニカ大陸。
 もう一つはナフーヌの住処で、最後の一つはまったくの不明。

 アドラーは”春と花の神”から聞いたことをぶっちゃけた。

 思わぬ話に悩むバルハルトに、今度はアドラーが尋ねた。

「総団長、優れた軍事力を持ち優越した文明築いたと信じる国家が、未開の部族を見つけたらどうしますか? しかも早いもの勝ちで、交易が成立するほどの経済もない」

 バルハルトは、じっとアドラーを見つめる。

「お主が恐れるのはそれかね。しかしだお主を見る限り、すまぬが集めれるだけの情報は集めたのだ。各地の魔物退治から、スヴァルト戦役、オカバンゴ・デルタの救出戦にギルド会戦と対抗戦。アドラー団長は、最高度の教育を受けてさらに指揮官としての訓練を収めたと判断しておる」

 いきなり褒められて、アドラーは照れた。
 思わず、教育は前世で受けましたと言いそうになるが我慢した。

「それだけの人材を排出する国家を、軽々に侵略し支配するほど我が帝国は愚かではない」

 総団長の言葉を、アドラー個人としては信用したい。
 純粋にこの世界の人間であれば、ほっとして笑ったであろう。

「バルハルト総団長、わたしは貴方の事は信頼している。ギムレットとの戦いの時も、あなたは公正な審判だった。だが、わたしの故郷の人々は、半分以上がヒト族ではない。こちらの文明が彼らを公正に扱うかは、疑問です」

 疑問と言ったが、アドラーはほぼ確信していた。
 そんな平和的な出会いと共存が続くわけがないと。

 そして、バルハルトもここで機密を明かす。

「貴君の心配は最もだが、既に……他の列強も我々と同程度の事は知っておる」

「はい?」
 アドラーは、椅子からずり落ちそうになる。

「アビシニア連邦は、密かにせっせと外洋航路を探しておる。サイアミーズ王国は、自国の古代迷宮の幾つかを軍の管理下に移したそうじゃ」

 ありえる話だった。
 ”春と花の神”は、転移装置は大陸中にあると言っていた。

「アドラー団長が、侵略軍を防ぎたいと思うのは当然じゃ。お主の力ならば、数百や数千ならば、押し返すじゃろう。じゃが……三大国と周辺諸国、総勢で五十万を遥かに超えるわい。これを皆殺しには出来まい?」

 もちろんそこまでする気はない、ただ軍事力での介入さえしなければ良い。
 しかし、国家の力とは九割が軍隊である。

 交渉に使えるカードを隠して譲歩する馬鹿は居ない。

「侵攻して奴隷狩りを始めた連中を、片っ端から殲滅するまでです」

 アドラーは、はったりを効かせたが、バルハルトには余り効果がない。

「どれほどの傑物だとて、一人や数人では、出来ることも限られよう。そこでじゃアドラー団長、帝国軍に入る気はないか?」

 バルハルトは、とんでもない事を言いだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

end of the World

金木犀
恋愛
不慮の事故に遭った主人公は死人が蔓延る異世界の帝国で皇妃として目を覚ます。

悪役令嬢更生物語〜貴方達の根性叩き直して差し上げますわ〜

神無月
恋愛
初めまして 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花ことラン・ドルチェです 今日はおめでたい入学式(中学校)なのにあの糞、いえ、王子(仮野郎)婚約破棄?新しい愛人?ちょっとお待ちなさいな!?うるさいうるさいお馬鹿達にはお灸を据えなければいけない様ですね。宜しい 公爵令嬢たるもの売られた喧嘩は買わぬは恥 ならば、『貴方達の根性叩き直して差し上げますわ!!』 完璧チートな悪役令嬢(仮)と馬鹿な純粋王子、腹黒魔術師長子息、ワンコ騎士団長子息、ロリコン先生、眼鏡名家息子、可笑しい事ばっかりほざくビッチ男爵令嬢、この麗しの公爵令嬢が成敗して差し上げます。見るとスッキリーあの頃の自分に戻れるかも?さぁ、皆これを機に乙女ゲームを買おうぜ!! 毎週土曜日を中心に更新します

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

たんぽぽ

あーあーあー
現代文学
Twitter企画「 #同じあらすじで小説を書く遊び」参加作品。男の子が日曜日に朝食をとったあと公園を向かい、たんぽぽの写真を撮ろうとしてスマホを落としてしまう話。

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

処理中です...