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第六章

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 両の頬を強く引っ張られる痛みに、アドラーは目を覚ます。

 起伏のないヒーラー服の上に、整ったリューリアの顔が見えて、膝枕だと分かった。
 リューリアの視線を目だけで追うと、アクアが立っている。

「はーい、アドラー団長。酷い目に会ってるのを見かけて、来てあげたわよ」
 アクアが体を折り曲げて挨拶をした。

「おおおっ!」
 ロゴスと他三人、アドラーも知らぬ爺さんらの視線がアクアの胸元に集中する。

 アドラーの頬を引っ張る両腕に、ますます力が入る。

「リュー、リューリアさん? 痛いのですけど……」
「あ、あら? ごめん……って起きたの!?」

「お陰様で……」
 アドラーは、団のみんなの視線が自分に集まり、それから急速に場の空気が緩むのを感じた。

 一安心と息を吐いたリューリアが、病人に向けてはならぬ目つきに変わって尋ねた。

「で、誰? あの下品な女」
 緩んだ空気が、また凍りつく。

「げ、幻影の鷲の団長さんです……。め、女神さまで……」
 アドラーは、正直に答えた。


 体を起こそうとしたアドラーは、力が入らないのを感じる。
 三日ほど絶食した後に、急にマラソンをやらされてぶっ倒れた感覚。

 右脇のあたりに、キャルル、ブランカ、バスティがしがみついて並んでいる。

 ダルタスは出入り口が見えるとこに陣取っていた。
 屈強なオークは、常に皆の盾になれる位置に居座る。

 左側には爺さんが四人と、女神と言うよりも酒場の歌姫のような服を着たアクア。
 その格好が、アドラーの頬が伸びた原因。

「……どれくらい寝てた? フェンリルは? みんなは……他の団の奴らは……?」

 頭の回転が鈍い中、アドラーが思いつく限りの質問を重ねた。

「そんなに長くないわ、まだ日付が変わる前よ。フェンリルは倒したの、覚えてない?」
 ミュスレアが飲み物を持って来て側に座る。

「死者はおらん。アドラー団長のお陰じゃ、礼を言うぞ」
 ロゴスが長い髭を撫でながら、ようやくアクアの胸から目を離した。

「それで、アクアさんは何故ここに……?」

 アドラーは、アクアの大きな胸から目を逸らすようにして聞いた。
 リューリアが、団長の視線を厳しく監視しているのだ。

「あら、お言葉ね。大河の女神の本質は、全てを押し流す。身についた汚れの一つや二つは祓ってあげてよ?」

 まったく意味が分からなかったが、アドラーは手を伸ばしてミュスレアから水を貰おうとした。

「な、なんじゃこりゃ!?」
 腕に紫色の粉がこびりつき、所々にきのこが生えているのを発見した。

「おお、それじゃそれじゃ!」
「今それを治そうとしててな」
「おっぱいの女神殿、何とかなりますか?」

 老人たちが騒ぎ始めた。

「だから、わたしの出した聖水をあげるって言ってるのに」
 女神アクアが近づき、アドラーの顔を覗きこむ。

 アドラーの頭の上で、二つの巨大な釣り鐘が揺れ、次の瞬間にはリューリアが手で両目を塞ぐ。

「あなたに治せるんですか?」
 次女が救いの女神にかけた声色は、棘まみれ。

「これくらい余裕よ、余裕。けどねぇ、条件があるわ」

「何でも言って下さい!」と、ミュスレアが即答した。

「あなた方の胸、見ていただける?」
 一同が胸に付けているのは、対抗戦のポイントをカウントする魔法カード。

 目を塞がれたアドラーは見れなかったが、自分のカードを確認したミュスレア達が驚きの声をあげた。

「えっ、三万点超え?」

 ブランカとダルタスも自己申告した。
「あたしもだ!」
「むっ、四万だと? 何時の間に」

 フェンリルの首を二つ潰したアドラーは五万点超え。
 巨大な怪物は、合計で十万点以上の貢献ポイントがあった。

「ボクは80点のままだ……」
 キャルルが悲しそうに呟く……。

 アクアの声が少し冷たくなった。
「お分かり? 本日は勝ちを譲って頂けるとのお約束でしたのに、うちの子達が頑張って稼いだ分を一瞬で!」

「め、女神殿!」
 ロゴスが女神にきちんと正対して、膝を整えていった。

「彼らはわしの救援に応じてくれたのです。お陰で人死が出ずに済み申した。お怒りをお静め下さいませ!」

「あ、あら、やだ。別に怒ってはないわよ! これあげるから、後でわたしのお願いも聞いてね?」
 逆にちょっと慌てたアクアが、胸の谷間から瓶を一本取り出す。

「は? なにそれ?」
 リューリアが小さく呟き、アドラーの頬がまた引っ張られた。

 女神の聖水は、アドラーの体に付いた胞子をきのこと共に洗い流す。
 アクアは更に樽一杯の聖水を手から生み出し、周辺も洗い清めなさいと伝えた。

 四賢人が、彼らのギルドを使って清掃にあたる。

「おっ!? やっと力が入る!」
 紫の胞子から解放されたアドラーは、急激に回復を始めた。

「では、わたしのお願いも聞いてくださる?」
 アクアが改めてアドラーに尋ねた。

「もちろんです。自分に出来ることなら何でも!」

 女神様の願いは、ささやかなものだった。
 ルーシー国には、”鷲の幻影”以外に有力な冒険者ギルドがない。

 本来は”レーナ川と豊漁の女神”であるアクアも、常にギルドの面倒は見られない。
 何かあれば団員を助けて欲しい、ギルドアライアンスに基づき、同盟ギルドになってくれと言うもの。

「あの子達が稼いで孤児院が回る。文句一つ言わないわ、言ってもいいのに。だから、せめて少しでも安全にね。分かって下さる?」

 アドラーに異論はない。
「けど、我々で良いのですか?」
 少数の貧乏ギルドですけど、とまでは言わなかったが。

「だって、あの子達に手が負えないって、そういう事でしょ?」

 アクアが、アドラーとブランカを見ていった。
 当然、ブランカの正体には気付いている。

 とんでもない化け物に遭遇した時、確実に助けになる人物は、この大陸でも多くはない。

「それなら喜んで」
 アドラーは申し出を受けた。

 これで、互いの救援依頼は、各地のギルドを通じて直ぐに通知される。
 あとは無事を祈りながら駆けつけるのみ。

 ”太陽を掴む鷲”は、ギルドの崩壊時に全て解消された同盟を、新たに一つ手に入れた。


 本戦の二日目。
 アドラー達は、昼過ぎまで寝ていた。

 対抗戦の運営は、死者が出なかったのを良い事に、通常通りにイベントを進めていた。

 もちろん、冒険者からの評判は悪い。

「せめて物資くらい寄越せ。クソ運営」
「現場に出ろよゴミ運営」
「初日で五十人以上の怪我人だぞ、分かってんのかカス運営め!」
「こっちを使い捨ての駒とでも思ってんのか、運営のクズどもは」

 どの世界のどの時代でも、儲かるイベントを強行する運営は嫌われる。
 そして、事前に手を打つ有能な運営など存在しない。

 本戦の三日目になり、対抗戦はまだまだ荒れるのだった。
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