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第六章
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しおりを挟むアドラーは、またまた苦境に陥っていた。
これからギルド全員、一致団結して迷宮に挑むという時なのに。
キャルルは、自分の剣をしっかりと抱えてアドラーから距離を取る。
リューリアも無駄使いへの怒りで目つきが鋭い。
見世物にされたブランカも一歩離れ、ダルタスでさえ悪い空気に目をそらす。
「よっしゃー! やるぞ! 楽しい楽しい対抗せーん!」
ミュスレアだけがやる気満々であった。
――ギルド対抗戦の本戦は、128のギルドが64の組み合わせで討伐ポイントを競う。
そして、勝ったギルドは下の層へ進み、負けた方は残留。
また64の対戦が組まれ、強いギルドはどんどん下へ進んで強い魔物を倒す。
とても良く出来た、独創的なイベントである。
お陰で見学や賭けが捗るのだ。
ダンジョンの開放時間は、朝の七時から夜の十一時まで。
これを知った時は、流石のアドラーも驚いた。
「暗黒企業も真っ青なんですけど!」と。
魔物討伐のポイントは、胸に付けるカード型の魔法道具が自動でカウント。
種類や数も正確に計測する優れもので、「何故にこれだけはハイテクなのだ?」とアドラーも不思議に思ったほど。
過酷な戦いになることが多く、慣れた団でも重苦しい空気になる中で、ミュスレアだけが元気一杯だった。
「どーしたみんな、何か暗いなあ?」
けろりとした顔でミュスレアが皆に問う。
彼女は、この対抗戦が大好きであった。
若干二十歳で個人ランキング上位10名に入り、大いに名前を売ったほど。
「簡単簡単、出てくるやつを倒せば良いんだよ! お姉ちゃんに任せときな!」
エルフ王から貰ったミスリル合金の槍を片手に、赤金の髪を風になびかせて仁王立ちする長女は、とても凛々しく美しい。
今や団員への求心力を失いかけたアドラーにとって、これほど頼もしい存在はなかった。
夜明けから1時間ほど、開放されたグラーフ山の地下迷宮にアドラー達は踏み込んだ。
ギルド対抗戦の本戦が始まる――。
「兄ちゃん、強化魔法」
「だんちょー、あたしも」
何だかんだ言っても、みんなアドラーを信頼している。
地下四層に降りた頃には、何時もの”太陽を掴む鷲”に戻っていた。
「ブランカはまだいいよ。無くても平気だ」
個人ランキング上位10名に贈られる『グラーフの英雄』の称号を持つミュスレアは、余裕の表情。
初日の舞台となる地下四層と五層、ここの魔物は数は多いが強くはない。
底辺が四キロほどあるピラミッドを逆さまにして埋めたのが、グラーフの地下迷宮の構造である。
32のギルドが4つの角にある階段から同時に侵入すると、ダンジョンが生み出した、溢れんばかりの魔物が突然のご馳走に狂喜乱舞して襲いかかる。
各ギルドは、それぞれのポイント――その過多に応じて報酬が出る――と勝利を目指すが、足を引っ張ったりはしない。
むしろ、序盤はかなり協力的である。
アドラーが降りた一角には、ライデンのトップギルド”シロナの祝祭”団の第一部隊が居た。
「皆の衆、それでは行こうか」
一人の老人が低く通る声を全体にかけた。
シロナの団長、ロゴスである。
誰もが認めるライデン市の冒険者の代表で、戦歴は三十年以上。
大神殿の神官長から四十を過ぎて冒険者になった変わり者、本人も部下も絶対に諦めぬことから”不屈のロゴス”と呼ばれる。
ロゴスは、この一角に広い魔法障壁を張る。
怪我人はここに運ばれ、もちろん他の団が利用しても良い。
「ほー、凄いな素晴らしい! あれは私にも無理だ」
マレフィカが頑丈な障壁を見て褒める。
ロゴスが得意とするのは防御系で、ライデンで最高の銀星ランクを持つ。
戦っても強いとの噂だが、アドラーはまだ見たことがない。
「わたしに続け!」と飛び出したのは、青のエスネ。
シロナ団で先鋒を務めるのが彼女の役目で、ミュスレアが横に並びかけていった。
「今回はわたしが勝つ!」
「ふっ、貴公は自分の団の心配をするんだな」
千人以上の先陣に立った二人の美女が、当たるを幸いと魔物の群れをなぎ倒し始めた。
「俺達も行くかな。キャル、リュー、マレフィカは離れるなよ。ブランカとダルタスは好きにしていいぞ」
四層と五層に多いのは、バトイデアと呼ばれるエイのような魔物。
薄く平らな体に鋭い歯と尾に棘を持ち、迷宮の濃いマナの中を飛ぶ。
腹面に円状の模様があり、それが目に見えることから”目玉”と呼ばれ親しまれている、攻撃的な魔物だ。
「うわっ! こっちにも来た!」
キャルルが、長い剣を抜いた。
女神のバスティに速度強化の加護をもらい、さらにアドラーの加護で三倍。
今のキャルルは、素早さだけは超A級の冒険者。
上と地面すれすれから襲ってくるバトイデアの攻撃を、器用に避ける少年を見ながら、アドラーは気を揉んでいた。
『手助けしたい、けどこれくらいで手を出せば過保護と思われるかも』
右へ左へ走り回るキャルルの少し後ろを付いて回ると、遂に一匹を仕留めた。
「やった! やったよ、兄ちゃん!」
宝剣で真っ二つになったバトイデアを前に、キャルルが振り向く。
魔物はその隙を逃さないが、それ以上の速さでアドラーが隙を埋める。
「こらっ! よそ見しない!!」
二振りで二匹を屠ったアドラーは、キャルルを見ずに叱る。
どんな時も敵から目を離さない団長を見て、少年は一つレベルアップした。
バトイデアは、一匹倒して5点ほどで、銅貨一枚ほどの報酬に代わる。
ポイントは胸に付けた魔法カードへ自動的に加算される。
ちなみに、最奥へ進む上位層になると五日間の本戦で二十万点以上稼ぐ。
一体が一万点ほどの大物も出るとはいえ、上位陣の稼ぎ方は異常である。
「お見事ですな、アドラー団長」
前線の三人――ミュスレア・ブランカ・ダルタス――から離れ、残りの面倒を見ていたアドラーに声をかける者があった。
「これはロゴス団長! 見知って下さるとは、光栄です」
アドラーは、ロゴスとはほぼ初対面。
「いえいえ、ご高名はかねがね。それにうちの副団長が世話になったようで、ありがとうございます」
ロゴスの視線の先では、エスネとミュスレアが最前線でティラノスと呼ばれる地上の魔物を討伐しつつあった。
二人の暴風に、周囲が円形に開く。
勇猛で知られるライデンの男冒険者も、ちょっと引くほどの戦闘力を披露していた。
「あ、いえ。こちらこそ何時もお世話になってます」
アドラーは社交辞令を返した。
「あれはまだまだですが、才能ある若者を見るのは楽しいものでしてな」
ロゴスは、エスネとアドラーを交互に見ながら言った。
「じいちゃん。それ、ボクのこと?」
キャルルも混ざる。
「うん? そうじゃなあ、そなたも素晴らしい才能があるのお」
長い髭を伸ばし手に杖を持った老人は、にこやかに答えてから一つの魔法をキャルルにかけた。
「ちょっとしたお礼じゃ。あのバトイデアの棘には、毒があるでな」
それからロゴスは、バスティにも目を向けた。
「これはこれは。このような所にようこそ。申し遅れました、私はエイニオン・ロゴスと申します。女神さまに拝顔し恐悦至極にございます」
「にゃんだお前、わたしが分かるのか?」
黙っているバスティの本体に気付いたのは、ロゴスが初めてであった。
「不肖ながら、以前は神殿勤めをしておりまして、柱石たる皆様方の気配を感じることが出来ます」
「そっか。まあ、にゃいしょにしててくれ」
バスティが偉そうに答えると、ロゴスは深く頭を下げる。
シロナ団の団長は、去り際にアドラーに警告をくれた。
「この階に、もう一つ神の気配があります。悪意は感じませぬが、注意なさいませ」と。
討伐は順調。
ミュスレアとエスネの大活躍もあり、アドラーの所属する西方部隊が、真っ先に四層の中央にたどり着いた。
そこには五層に降りる穴があり、対抗戦初日はこれからが本番である。
昼休憩までの獲得ポイント
キャルル 35点
アドラー 400点
ミュスレア 3880点
ミュスレアは、エスネを僅差で抑え三位以下を突き放し個人ランキングトップであった。
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