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第五章

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 次の試合は、ブランカの番だった。

 アドラーには、何となくバルハルトの考えが読めた。
 先にリューリアからキャルルと出して、一方的にしたくないのだろう。

 バルハルトは、”宮殿に住まう獅子”の大幹部で、一つの支部の興廃など気にしなくて良い。

 その程度の事で、帝国の爵位を持ち、将軍としても戦場に出たバルハルトの地位や名誉は揺るがない。

「さて、ブランカ。調子に乗って場外に落ちたりするなよ? ちゃんと手加減するんだぞ?」
「はーい!」

 アドラーの短い注意に、ブランカは手を上げてから飛び出した。


「”斬新気鋭の天才魔法剣士”ライクルトン!」
 ブランカの相手は、そう紹介された。

「覚えてる?」と、アドラーは隣のミュスレアに聞いた。
 彼女は怪我の一つもなく、腰に手を当てて水を飲んでから答えた。

「確か、地味な奴だったと思う。選ばれるほど強かった記憶はないなあ」

 しかし、出てきたライクルトンは、赤と緑に染めた髪を逆立てた派手な奴だった。

「あんなの、いたっけ……?」
「顔は……見覚えある……かな?」

 二人は揃って首を傾けた。

 ブランカには、説明文がなかった。
 名前以外の正体が掴めなかったのだが、それがブランカには不満。

「おい、ハゲっ!」とバルハルトに呼びかけた。
 バルハルトは五十過ぎで、立派な髭と体格だが頭は薄い。

 兜を被る軍人や冒険者の職業病のようなもので、しかも育毛の魔法もない。

「なにかね、お嬢さん」
 ハゲと呼ばれても、豪快な笑顔でバルハルトは聞き返した。

「あたしはオーロス山で育った、白竜のブランカだぞ!」
「おお、それはすまんな。だが竜と言われてものう、お嬢さんは飛べるかね?」

「うっ、それはまだ……」
「それでは竜とは呼べぬなあ」

 むうっと唸ったブランカが、口を尖らせる。
 アドラーは、もう良いから始めて下さいと、審判のバルハルトに合図した。

 第六回戦。
 ブランカの相手となったライクルトンが、何故天才と言われたか、アドラーも理解した。

 ライクルトンは、腰に付けたランプから火の精霊を呼び出し、風の精霊と混ぜてブランカを襲わせる。
 同時に、素早いステップで後方に周りこんで剣で突きかかる。

 数度の攻撃は、精霊魔法と剣術を組み合わせた見事なもの。
 ライクルトンは、この半年で急成長して抜擢された、ギムレットの隠し玉であった。

「とは言え、そこらの精霊がブランカに効くわけもない」
「精霊たち、もう怯えてるもの」
 アドラーもミュスレアも、解説しながら見る余裕がある。

 精霊たちは、ブランカに近づくのを嫌がり始めていた、正体に気付いたのだ。
 制御を失った精霊を無視して、ブランカは軽く距離を詰める。

 ライクルトンが振り下ろす剣を見て避けてから、長い尻尾で足を掴んで引きずり倒した。

「あまり強くないな。もう終わるか?」
 首根っこを捕まえて、地面に押さえつけながらブランカが聞いた。

 アドラーの目にも、ライクルトンが驚いているのが分かる。
 小柄な少女に見えるのに、腕を振りほどけないのだ。

「くそが、ほざけ! トカゲ風情がっ!」

 ライクルトンは、叫ぶと同時に魔法を使った。
 今度は法術魔法の爆炎系の呪文。

「なるほど、天才なわけだ」
 アドラーも少し驚く。
 精霊系と法術系、二種類を使えるとあっては二つ名にも相応しい。

 炎に包まれたブランカに向け、ライクルトンは剣を突き刺す。
 見ていたアドラーには、魔法の威力や動きも分かる。

「付け焼き刃の呪文で、竜の持つ魔法防御を打ち破れるはずもない」
 ブランカの身体まで、炎が届いてないのは分かっていた。

 炎から飛び出て来たブランカが、突き出された剣を左手の甲で弾く。
 少しだけ右手に力を溜めると、そのまま鎧の胸部に向けて竜の爪を突き出した。

「きゃあ!」と、観客席の女から悲鳴があがる。
 ブランカの右腕は鎧を貫き、手首まで隠れた後、そのままライクルトンの体を持ち上げる。

 腕一本で刺し殺されたと誰もが思ったが、ブランカが引っこ抜いた右手は拳になっていた。

「待て!」と、バルハルトが止めた。
 胸を強打されたライクルトンは、呼吸困難になってのたうち回る。

 ライクルトンがぶら下げていた『身代わりの護符』を確かめたバルハルトが顔を上げていった。

「運が良いな。これが無ければ心臓を潰されて死んでいたぞ? 勝者は、”太陽を掴む鷲”のブランカ!」

 歓声も上がったが、どよめきの方が大きかった。
 尻尾のある銀髪のあどけない少女が、腰に付けた剣すら抜かずに一蹴したのだ。

 一般の観客も驚いたが、冒険者の方が強い衝撃を受けていた。

「やべーよ……俺、あの子にトカゲっ子って言って怒られたことある……」
「俺も、リザード族かって聞いて怒られた……」
「あとで謝りに行かないと……」

 アドラー達と、関わりのあった者の方が震えていた。
 それほどに強烈な勝利であった。

 そんな客席など意に介せず、ブランカは尻尾を左右に振って戻ってくる。

「手加減! したよ?」
「えらいえらい」と褒めた後で、アドラーは叱った。

「いいか、二度と他人にハゲっなんて言ったら駄目だぞ?」
 アドラーの真面目な視線に、ブランカはこくりと頷いた。

 よく知らない奴にブランカが勝っても、団の者は誰も驚いたりはしない。
 気分が乗らない時は日向で昼寝ばかりだが、動きたい気分の時は、ダルタスでさえ投げ飛ばす。

 バスティと団のマスコットの地位も争う、ギルドのエースアタッカーなのだから。

 次は遂に、ダルタスの出番であった。
 出てくるのがクォーターエルフの美人姉妹に、自称ドラゴン娘と、変わり種ばかりの太陽と鷲でも一段と異色。

 本物のオーク戦士の登場に、闘技場は色めき立つ。

「ダルタスさまー!」
「きゃあん、素敵よう!」
「逞しいわぁ、しびれちゃう!」

 一部の観客から、野太く熱烈な歓声が飛ぶ。
 いずれもマッチョの男ばかり。

 並の男より頭二つ高い長身に鋼の筋肉を持つダルタスは、ライデンに来て二ヶ月で、一部の男達から崇拝にも似た人気を集めている。

 アドラーとマレフィカには、その理由が分かったが黙っていた。
 乙女の心を持つマッチョにとって、ダルタスは理想の王子様なのだ。

 ダルタスは、片手を上げて声援に応える。
 異種族差別の強い人族でも、このオークの大男に向かって罵る者は居ない。

 ダルタスにとって、多少暑いが酒も飯も美味いライデンは、意外に住み心地が良い街だった。

 ”南の怪人、オークの英雄”と紹介されたダルタスの相手は、かつての太陽と鷲でも不動のタンク役を勤めたマティーニ。

 身体の幅は常人の倍、背も200センチ近いマティーニだが、ダルタスと並ぶと小さく見える。

 巨漢二人の対決に、試合は大いに盛り上がる……はずだった。


「団長、すまぬ! いっそここで腹を切って……!」
 ダルタスが大きな体を縮めて謝っていた。

「いや、そんなことするな……勝敗は武門の常だ……ははは……」
 アドラーも予想外なことに、ダルタスが負けた。

 試合展開は一方的。
 斧を振り回すダルタスに、マティーニは大きな盾で受けるのみ。

 だがマティーニは、怪物を相手にするのに作戦を持っていた。

「オークの戦士よ、このままでは埒があかぬ! 素手で勝負といかないか?」

 マティーニの誘いに、ダルタスは当然乗った。
 もちろん素手でもダルタスは強い。

 これも一方的になりかけたが、マティーニは数発ほど耐えるだけの力を持っていた。

 そして隙を突いてダルタスの捨てた斧を拾い上げ、決められた箱まで運んで入れた。
 武器を奪われれば負け――明示されていたルール――に則り、ダルタスは敗北した

「え、まじ? ひょっとしてボク次第?」
 ようやくキャルルが気付く。

 ギルドの興亡は、少年の細い肩にかかるのだった。
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