上 下
83 / 214
第五章

83

しおりを挟む

 アドラーがやぐらを登ると、顔や体のペイントが汗とオイルで流れ、小さなマントと膝を抱えるエスネがいた。

 彼女を崇拝するシロナ団の者が見たら、卒倒するだろう。
 いや、アドラーの命が危ない。

「すいません、お待たせしました……」

「遅いぞ……。下で戦いは始まるし、私は丸腰どころか全裸だし、しかも終わったら誰も居なくなってお祭りが再開するし!!」

 エスネが怒るのも無理はない。
 全裸マントで二時間ほど一人にされたのだ。

「くっ! 皆にこんな姿を見られたら、舌を噛むしかない。貴公、どう責任を取るつもりだ?」

「ほんとにごめんなさい」
 アドラーは土下座の勢いで謝る。

「ところで、はしごはどうした?」
「それが……」

 はしごは、防衛戦に使用されてボロボロに壊れていた。
 はしごを横にすると、お手軽な防壁になる。
 軍に行った者なら、一度は習う定番の使用法。

「背負って降ります」
 アドラーは、エスネに背中を向けた。

「な、なんだとっ!? そ、そしたら、下から丸見えではないか!? ライデンの乙女と呼ばれるこの私になんてことをっ!」

 アドラーも初耳の称号だった。
 彼女とグレーシャの仲が悪いのを、今更ながら思い出す。

「では、どうすれば……?」

 しばらく、アドラーとエスネは試行錯誤した。
 この時間と騒ぎが、恐ろしい者を呼び寄せるとも知らずに。

「ま、これで良い」
 ようやくエスネの許しが出た。

 身体強化を全開にしたアドラーが片手でエスネを抱え、彼女の腕が首に回る。
 下からもアドラーからも裸体が見えぬ、片手お姫様抱っこ。

 アドラーは片手と両足を使い、慎重にやぐらを降りる。

「上から見てたが、そなた強いな」
「強化系の魔法が使えるので……」

「ふむ、それにしても限度というものがあろう……。ところで、重くないか?」
「いえ、とても軽うございます」

「うむ、よろしい。貴公には世話になった、一つ借りが出来たな」

 落ちないようにエスネがしっかりと抱きついて、柔らかさと体温がアドラーに伝わる。
 体に張り付いたマントは美しい曲線を描き、目のやり場に困るほど。

『いやー色々と起きたけど、良い冒険になったなぁ』

 アドラーは、冒険の女神に感謝していた……が、地上では、二体の 戦鬼オーガが待っていた。

「アドラー!!」
 ミュスレアとリューリアが、同時に怒鳴る。
 エルフの鋭い感覚は、いとも容易く宴から消えたアドラーを見つけ出していた。

「何処の女よ! って、エスネか?」
「は、裸の女!?」

 ミュスレアは呆気にとられたが、リューリアの反応は激しかった。
 全身に塗られた保温のオイルが光り、ぎりぎりの所をマントが隠す副団長の姿は、少女にとって刺激が強すぎた。

「お、お兄ちゃんの、ふ、不潔!!」

 アドラーが見たこともない軽蔑の視線をぶつけると、リューリアは全力で走り去る。

「あっリュー、待て、違うんだ。これは生贄用で……」
 アドラーの言い訳は、少女の背中に追いつくことなく夜の闇に吸い込まれた。

「……エスネ、あんたさぁ。これどうなってんの?」
 ミュスレアが、エスネのマントをめくる。

「きゃっ!」と叫んだエスネの悲鳴と同時に、白いお尻がアドラーの目に飛び込んだ。

「わ、私だって、好きでこんな格好をしてるわけではないぞ!」

 エスネの名誉を守るため、事情を聞いたミュスレアがこっそりと風呂へ連れて行く。

 全てが無事に終わったかに思われたが、しばらくの間、リューリアはアドラーと視線すら合わせてくれなかった。


 ――翌日になった。
 村は復興中で、アドラーは、バスティとブランカを連れて廃神殿を訪れる。

「こっちだにゃ」
 バスティが先頭に立って歩く。

「こんなとこ、よくこれまで見つからなかったね」
 アドラーは不思議だった。
 この辺りには、幾らでも冒険者がやってくる。

「違うにゃ。主が目覚めたから、出入り口が開いたにゃ」

 ブランカは居心地が悪そうだが、猫の女神に恐れる様子はない。
 二人の先に立って、黒猫の姿でとことこ歩く。

 アドラーは、ブランカとキャルルから、此処で何があったか聞いていた。
 キャルルが神殿の地下でレバーを動かすと、突然一人の男が現れたと。


 その気配は、ブランカでも気付かないもので、驚く二人に男はこう言った。

「ふはは、我は古来よりこの地に住まう悪魔であるぞ!」

 両腕を広げた上半身裸の男に、キャルルとブランカは恐怖した。
 二人とも悪魔(へんしつしゃ)を見るのは初めてだった。

「きゃー!」と驚き抱き合う二人を見て、悪魔は満足そうに続けた。

「ふむ、子供を脅かすと言うのは良いものだな。だが、その装置を触ってはならんぞ」

 自称悪魔は、キャルルがいじったレバーを元に戻し、怯える二人と黒猫を見据える。

「そなたは普通の子か。で、こっちは竜の子。猫よ、お主は同族だのう、だいぶ若いが」

 ひと目で三人の正体を見抜いた男はただ者ではなかった。

「うーん、この辺りの古い神かにゃ? もう役目が無いみたいだけど……」

「そうである。昔は土地の者の面倒を見てたのだが、少し長く眠り過ぎたわい」
 男は、豪快に笑った……。


 アドラーは、バスティに尋ねる。
「それって神なの? 悪魔なの?」

 バスティの答えは単純明快。
「役目を担って働くのが神で、ふらふらしてるのが悪魔だにゃ。どっちも同じ存在だぞ」

「ふーん、バスティさんが働いてるとこは見たことないけど……」
「にゃ、にゃんだと!?」

 心外だとばかりに、バスティが牙を剥いた。

 地下の奥では、男が待っていた。
 浅黒い肌に年齢不詳の容貌、ただどの種族にもない立派な角が一本生える。

「昨夜は、子供たちがお世話になりました」
 アドラーは、丁寧にお辞儀をする。

「気にするな。起きたばかりで暇だったのでな。ところで、お主も変わっておるの?」

 アドラーは正直に、北方大陸の猫と冒険の女神に呼ばれたと告げた。

「おお、あの小娘か。知っておる知っておる。最後に会ったのは何時になるかの……」

 自称悪魔は、本当に神さまだったようだ。

「それで、何が聞きたい?」
「昨夜、起動した塔の話を。あれは大陸を繋ぐものですか?」

 アドラーは率直に聞いた。

「本来なら……ここで無理難題を押し付けて試すとこだが……わしも少し前に、起動させてしまったのでな」

「ひょっとして、この辺りに現れていた魔物はあなたが?」

「そうじゃ。数千周期の眠りから目覚めて、塔が動くか試したら奴らが渡って来おったわい。すまんすまん」

 悪魔は語る。

 この世界に大陸は四つある。

 竜と巨人が争う力の時代、大陸の一つで戦いが激化した。
 森を焼き大地を砕く戦争に、神々は決断した。

 生まれて間もないヒトやエルフやリザード族らを、避難させようと。

 選ばれたのが、アドラーの生まれ故郷とこの大陸。

 塔は、大陸同士を繋ぐ橋である。

「では、最初の大陸は、我々がナフーヌと呼ぶ魔物に支配されてると?」

「知恵の時代を争うは、個体で生きるそなたらと群体の奴らじゃ。奴らが勝った大陸があっても不思議はないの」

 やっとアドラーにも理解出来た。

 故郷のアドラクティア大陸で大発生していたのは、古代遺跡を渡って来た侵略軍。
 ここ数ヶ月、この付近で見かけたナフーヌも、未知の大陸からやって来たもの。

 それからアドラーは、一番聞きたい事を尋ねた。

「それでは、この大陸と私の故郷を繋ぐ遺跡もあるんでしょうか?」
「断言は出来ぬが、たぶんある。一万周期ほど前は行き来していたはずでの」

 アドラーは、よく分からないといった顔をしているブランカを見た。

「ブランカ、お前と俺の生まれ故郷に戻れるかも知れないぞ」

 竜の娘は一瞬だけ顔が明るくなったが、直ぐに口を尖らせた。

「せっかく仲良くなったのに、もうみんなと別れるの?」と。

「うっ……」
 アドラーにとって、これまで考えぬようにしていた事だった。

「言っておくが、わしは他の橋や通路が何処にあるか知らんぞ?」
 見かねた自称悪魔が付け加えてくれた。

「なら、数千年かけて探せば良いのか!」

「待て、せめて数十年にしてくれ」
 アドラーに数千年はちょっと長い。

「なら、いっぱい冒険しないと駄目だな! 一緒に!!」

 ブランカに満面の笑みが戻る。
 竜の胸元には、大きな紅玉がきらきらと光っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
コミックシーモア電子コミック大賞2025ノミネート! 11/30まで投票宜しくお願いします……!m(_ _)m ――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

異世界で等価交換~文明の力で冒険者として生き抜く

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とし、愛犬ルナと共に異世界に転生したタケル。神から授かった『等価交換』スキルで、現代のアイテムを異世界で取引し、商売人として成功を目指す。商業ギルドとの取引や店舗経営、そして冒険者としての活動を通じて仲間を増やしながら、タケルは異世界での新たな人生を切り開いていく。商売と冒険、二つの顔を持つ異世界ライフを描く、笑いあり、感動ありの成長ファンタジー!

異世界でゆるゆる生活を満喫す 

葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。 もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。 家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。 ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。 婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。 しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。 二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。 彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。 恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。 ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。 それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

処理中です...