82 / 214
第五章
82
しおりを挟む浅い湖を、巨大な昆虫が歩いてやってくる。
季節ごとに大きくなったり縮んだりする湖で、特に決まった名前はない。
湖岸に立ったアドラーは、リザード族のハプシェに声をかけた。
「あー、君たちは逃げなさい。あれは意外と凶暴だ」
「そうもいきませんよ、僕らの村ですから」
ハプシェは笑って答えた。
強がりの笑顔だが、悪いものではなかった。
アドラーは、リザード族の若者達を集めて指示を出した。
まず、湖岸に並べてある船を指さす。
「大事な道具だが、命には変えられん。船を並べて盾にしろ。銛、弓、網で足止めに専念。とどめは俺に任せてくれ、戦いは本職だ」
そして、何度も「俺を信じろ。無理はするな」と繰り返し、リザード族の若者達に強化魔法をかけた。
アドラーは彼らに信用されている訳ではない。
現時点では、強化の効果量はほんの気休め程度。
「さて、やるか」
アドラーは、真っ先に現れた大物に飛びかかる。
ナフーヌの外骨格は硬く、下手に斬りつけても通らない。
突き刺したままでひねると刀身の方が曲がる。
アドラーは、リザード族から貰った剣に硬化の魔法をかけていた。
上位の武器には、使い手を強化する物がある。
エスネの使うミュルグレスと呼ばれる剣がそれ。
武器自体が強化された物、特殊な効果がある物と様々なタイプがあるが、アドラーの手にあるのはただの鉄の棒と言って良い。
使い手が強化しなければならない武器は、紛れもない安物である。
「おおっ!?」
リザードの若者達から歓声があがった。
アドラーが手にした武器は、ナフーヌの外骨格をいとも容易く貫いた。
「一つ!」
倒した敵を数える、アドラーの悪い癖が出る。
剣が曲がらぬよう丁寧に引き抜くと、アドラーは次の獲物に向かう。
集落の防衛戦は慣れたもの、そして最も気合が入る。
アドラーの戦いっぷりにリザード族が勇気をもらい、徐々に特殊強化魔法が効き目を発揮する。
この魔法は、アドラー個人への信頼度で効果量が上下する。
アドラーとリザード族の若者達は、村への侵入を一歩も許さず頑張っていた。
「二十二! あ、折れたっ!?」
剣が先に限界を迎えた。
「ちっ、よく頑張ってくれたが……」
アドラーは、柄の部分だけになった剣を適当に放り捨てた。
「アドラーさん!」
ハプシェが新しい武器を投げて寄越そうとしたが、二人の間に一際大きなナフーヌが割って入る。
指揮官級だと、アドラーには区別がつく。
リザード族の若者達は必死に耐えていたが、これに手間取ると死者が出かねない。
夜の湖からは、次々に新手が上陸していた――。
「だんちょーーー!」
そこへ、アドラーの頭の上から聞き慣れた声がした。
そして、指揮官級の大物の上に白い影が舞い降りる。
両手に掴んだ剣の先から着地し、刃は根本まで埋まり致命的な一撃を与える。
「ブランカ! 早かったな」
「えへへ」
一番の大物の上に仁王立ちしたのは、エルフの長剣を手にしたブランカ。
白銀の髪が風に舞い、胸元にはエルフ王に貰った大きな紅玉が輝く。
ドラゴンは光るものが好きだ。
「その剣、どうした? よくキャルルが貸してくれたな」
「あいつね、今怒られてる。だから勝手に借りてきた」
キャルルは、エルフの剣を片時も離さない。
眠る時も手の届く所に置くが、ミュスレアに叱られる時だけは別である。
十も離れた姉に怒られると、それどころではない。
「よく分からんが、よく来た!」
アドラーは、ブランカから自分の剣を受け取った。
賢い竜の子は、団長の分もしっかりと持ってきていた。
「マレフィカ!」
アドラーは上空に向かって叫ぶ。
「全員でこっちに来るように伝えろ、大至急だ!」
「はいよー」
ブランカを送り届けたマレフィカが、ホウキに乗って飛んで行く。
「さて、ブランカはそっち。俺はこっち。振り回してリザード族を斬るなよ?」
「はいな!」
剣が生み出す暴風が二つになった。
上陸するナフーヌが次々と駆逐される。
リザード族は、長剣を器用に使うブランカに近づかなかった。
危ないからでなく、むしろ畏れと驚きを持って白い髪と尻尾を見つめていた。
「もう増えないな。塔の動きが、止まったか?」
僅かな時間で数百体を呼び寄せた古代の塔は、沈黙を守っていた。
最後の集団に対して、ブランカがブレスを吹いた。
閃光の中、百体以上が一瞬で消滅し戦いは終わる。
「あっ、勝手に使うなって言ったのに……」
アドラーの視線に気付いたブランカが言い訳を始めた。
「あのね、あたしにもちょっと責任があるの。けど、悪いのはキャルルだよ。うん、全部あいつのせい!」
ブランカは手と尻尾をぱたぱたさせて、自分は悪くない悪いのはキャルルだと訴える。
「話が見えないけど、それは後で聞くよ。よくやったな、ブランカ」
アドラーがぽんっとブランカの頭を撫でると、尻尾が左右に大きく揺れる。
船が幾つか壊れたが、リザード族に死者は出なかった。
だがリザード族は、歓声を上げるでもなく遠巻きにして眺めるのみ。
「怖がらせたか……」と、アドラーは思った。
モンスターの居る大地を、水を追って移動するリザード族にとっても、先ほどの二人の戦いは異常。
特にブランカのブレスの威力は、魔法だとしても恐るるに足る。
「あー心配ない、何もしない。直ぐに出ていくから……」
アドラーは、これ以上リザード族に迷惑をかけたくなかった。
「神竜!」
「まさか伝説の」
「我らが神!」
「うん?」
アドラーは首をひねった。
迷信とは距離を置く若者達から、妙な言葉が漏れて聞こえた。
リザード族は、一斉に膝をついてブランカを崇め始めた。
「そーだぞ、あたしは最初の竜の子孫、ブランカ! トカゲじゃないぞ!」
気分を良くしたブランカが、並んだ頭に向かって自己紹介をした。
ブランカが、村の中を我が物顔で歩く。
とてもご機嫌である。
山に居た頃は祖母と二人、山を降りたら人族の子供にからかわれ、今は小さなギルドの一団員。
きちんとドラゴン扱いしてもらえるのは、今回が初めてだった。
「うむむ……輝く御髪に長い尾、類まれな力を持つ咆哮、まさに伝説の通りじゃ!」
村のシャーマンも納得せざるを得ない。
アドラーにしても、この子が竜なのは事実なので否定のしようもない。
ブランカは、祭り用に並んだ食べ物を見つけると、勝手に果実を取って食べた。
「美味しいな、これ」
行儀の悪さにアドラーは頭を抱えたが、村の者たちは「おおー」と感激した後、料理を運び始めた。
宴の再開である。
やがて、ミュスレア達もやってきた。
村長と長老とリザードシャーマンは、短く相談して全員を村に入れてくれた。
神竜様と、そのお供の一行なのだ。
アドラーは、手元にあった予備の剣などを、リザード族に押し付ける。
村の危機を救ったから飯くらい……と言うわけにもいかない。
元凶のキャルルは、ミュスレアにがっつりと絞られて目が真っ赤。
久しぶりに姉に本気で殴られたそうだ。
「兄ちゃん……ボク……」
「いいよ、キャルル。もう叱られたんだろ? けど勝手に動いて、分からぬ物を触ったら駄目だ。知らぬ間に、この村が全滅するところだったぞ」
「甘いわねえ……」
リューリアが二人聞こえるように呟く。
次女は弟に厳しい。
「ま、まあほら、何とかなった訳だしな? 明日、俺もその神殿に行ってみるから」
キャルル達は、神殿の地下で怪しい存在に会ったという。
バスティが言うには「悪魔」だとか。
気にはなるが、今は全員の無事を喜ぼうと、アドラーは思った……。
「あっ! 忘れてた!」
アドラーが慌てて立ち上がる。
湖岸の物見やぐらの上、はしごも外され、冷たい風が吹く頂上に、全裸マントのエスネが一人取り残されていた。
「くしゅん! おーい、アドラー、早く迎えに来てくれー」
丁度、凛々しい顔に似合わぬ可愛いくしゃみをしたとこであった。
0
お気に入りに追加
654
あなたにおすすめの小説
魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました
うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。
そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。
魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。
その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。
魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。
手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。
いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?
よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ!
こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ!
これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・
どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。
周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ?
俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ?
それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ!
よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・
え?俺様チート持ちだって?チートって何だ?
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる