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第四章

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 アドラーは、ファゴットの屋敷へと急いだ。

「余り心配はしてないけどね」

 マレフィカはホウキで空を飛べるし、バスティはああ見えても女神。
 傭兵達も女や猫に乱暴するような連中ではなかった。

 ただ、近所のお屋敷は、戦利品狙いの傭兵に荒らされていたが。
 
「……なんだこれ? バリア?」
 ファゴットの家に着いたアドラーは、屋敷全体を強い魔力が守っているのを見つけた。

「やあ、やっと迎えに来たか。家の周りを傭兵がうろつくものでなー。入れないようにしてやった」

 中からマレフィカが出てきて、アドラーもほっとする。

「無事で良かった……あーっと、放置しててごめんね?」
「気にするな。じっくりと実験が出来た」

 小柄でグラマーな血統の魔女は、のんびりと笑う。
 魔法に関する知識と実力は、アドラーなど足元にも及ばぬはずだが、まだ底が知れない。

「ところでバスティは?」
「うん? 会ってないのか? 黒猫なら王宮に居るぞ。王と王子と一緒になー」

 マレフィカが驚きの情報を伝えた。

「え?」
「な、なんですとっ!?」

 ファゴットがエルクから転がり落ちるほど驚く。

「ほ、本当ですか!?」
 そのまま這っていき、マレフィカのスカートの裾を掴む。

「は、離せよー。王宮の木の中に匿われてるそうだ。二人と一匹は」
 魔女はスカートを取り戻しながら教えた。

「あ、あの、アドラー殿! わたしはお先に!」
「ああ、行け行け」

 返事は待たずにエルクに飛び乗ったファゴットが全力で駆け出す。

「……これにて一件落着、かな?」
 アドラーはマレフィカを見たが、魔女は怪しく笑った。

「もう一つあるぞ。これだ」
 マレフィカが不味そうな飲み物を取り出す。

「ひょっとして?」
「そうだ、王子の解毒薬だ。苦いが、効き目はばっちりだ」

 アドラーも釣られて笑う。
 初夏のスヴァルト国の気候は穏やかで、地上での戦いなど押し流すような蒼天だった。

「あとは、みんなでライデンに帰るだけか……いや、待てよ」

 アドラーは思い出した。
 サイアミーズ軍、二個軍団が出撃準備を整えていたことを。


 馬の後ろにマレフィカを乗せたアドラーが王宮に着くと、王陛下と王子殿下、それにバスティが木の中から助け出されたところだった。

 宮殿の中庭で三千年は過ごしている老木は、エルフ王の頼みをこころよく引き受けたそうだ。

「やれやれ。わたしの中で隠れんぼとは、そなたが子供の頃以来だな」
 既に精霊化した老木は、アドラー達にも聞こえるように喋った。

「すまぬな。他に思い付かなかったのだよ」
 老王は長い友人に礼を言ったあと、集まった皆を労う。

「お祖父様! お兄様!」
 シュクレティア姫が二人に飛びつく。

 バスティから警告を受けた老王は、孫である王子を連れて窓から中庭に飛び出た。
 頼まれた老木は、大きな口を開いて二人と一匹を匿う。

 人には見つけられぬはずである。

「バスティ、お疲れ様」
「にゃー、長いこと待ったぞ」

 アドラーの手から肩に乗った女神は、長い寿命のほんの六日間の文句を言った。
 ギルドの守り猫になってから、これだけ放って置かれたのは初めてなのだと。


 バスティの首輪に付けた水晶球は、大量の画像が記録出来て、マレフィカとも通信できる優れもの。

 これを元にして反乱の関係者を炙り出す……が。

「よいか、ほどほどにせよ。ほどほどだぞ」
 老王は、王令によって反逆者と傭兵達への恩赦を命じた。

 エルフ族の小国が、大逆とはいえ多数の人族を処刑するのは、憚られることであった。
 この大陸では、人族以外の立場はとても弱い。


 もちろん、アドラー達のような人族の協力者の存在も大きかった。

 王宮内の大浴場でくつろぐアドラーとキャルルの元へ、全裸の老王がやってきた。

「そのまま、そのまま」
 どう反応して良いものか迷ったアドラーを、湯船に押し止める。

 きちんとかけ湯をしてから、王はアドラーと向き合う位置に浸かった。
 老いたエルフの体は、幾つもの戦傷があり歴戦の勇士だと雄弁に語る。

「これはな、オークとの戦争じゃ。こっちは人族との争いじゃ。これは森のダイアウルフに挑んだ時のもの。それでこれが、浮気した女に刺されたものじゃ」

 王は一つ一つの傷を、アドラーとキャルルに自慢した。

「すげーな、じいちゃん。触って良い?」
 キャルルが興味を持ったようで、老王も笑って受け入れる。

「ふぅ、老いて忠臣に裏切られるは、余の不明。あれの遅くに出来た息子を、我が国に仕えさせなかった理由が、今となっては良く分かる」

 王がカーバ宰相の話をする。

「その頃から反逆するつもりだったと?」
 アドラーは聞いた。

「違うのじゃよ……。この国の出世立身は、エルフの寿命に合わせておる。奴が四十を過ぎて授かった息子が、ここでの地位に得るまでに、カーバの寿命が尽きる。カーバほど有能な者は、そうそうおらんでな……。人族の寿命に合わせて引き上げてやれば、奴も安心して引退して死ねたであろうな」

 王の出した結論はこうであり、アドラーは口を出さなかった。

「ま、そこは見直すとしてだ。そなたには改めて礼を言わせて貰う。人とエルフとの決定的な対立は、そなたによって防がれた」

 王は深々と頭を下げる。
 アドラーと老王が、二人きりになるのはこれが初めてだった。

「じいちゃん、ボクは? これでも苦労したんだよ、あのわがまま娘に代わってさ」

「おうおう、キャルル殿にも礼を言うぞ。本当にありがとう。何か、欲しい物があるか?」

「剣が欲しい!」
「よし、王家秘蔵の逸品をやろう! 山の底で万年の時を経た金剛岩をも砕く剣じゃ!」

「まじで? やったー!」
 王は安請け合いをして、キャルルは飛んで喜んだ。

「さて、おーい。お嬢さんらも、何か欲しい物があるかね?」

 エルフの老人は、女湯にも声をかけた。

「えっ、なに?」
「きゃっ……お姉ちゃん、何かくれるって!」
「う、美味い物でも良いのか?」
「うちは神だからにゃー、物欲はにゃー」
「エ、エルフの魔導書!」

 仕切り越しに五人の返事が飛んでくる。

「うーむ、良いのう。我が家には、最近若い娘がおらんからのう……。アドラー団長、どうじゃ一緒に覗かぬか?」

 王は、とんでもない誘いをした。

「やめてください! 怒らせたら怖いんですから! これからずっと言われてしまいます」

 アドラーは、ミュスレア達にスヴァルト国に残れると告げた。
 世話は王家が見てくれる。

 キャルルと姉妹の顔を見た王は、「ひょっとするかものう」と喜んで受け入れると言ってくれた。

 だが……。

「なんで? わたしはライデン生まれだし。アドラーも残らないんでしょ?」
「そうそう。私がいないと誰がご飯作るの?」
「姉ちゃんらは置いて行って良いけど、ボクは帰るよ。やっと団に入れたのにさ」

 三人とも、あっさり断った。

 このところのアドラーは、団長業が楽しくなってきていた。
 バスティとブランカとの約束もあり、マレフィカは自分の森がある。

 まだ”太陽を掴む鷲”を捨てる気のないアドラーに、全員が付いていくと宣言した。

 ただし、この国の戸籍は貰った。
 アドラーよりも百年は生きるクォーターエルフ、居場所の保証があるのは喜ばしいことだった。

 そして。
「うむ。俺も頑張るつもりだ、団長」
「なんだと!? ダルタス、お前ずっと付いてくる気か?」

「今更なんだ。俺の体を賭けた勝負に勝ったではないか」
「変な言い方をするな!」

 ダルタスは、当然のように入団を申請した。

「ひひひ、オークとヒト物も悪くない」
 マレフィカが怪しく笑う。

「だが、別にずっと付いて来いとは……」
 アドラーは、ここでギムレット達とのギルド会戦を思い出した。

「飯はあるが、給料は期待するな?」
「構わんぞ。己の認めた強者に尽くすは、オークの誉れだ」

 こうして、アドラーの団は七人と一匹になった。


 サイアミーズの軍隊は来なかった。
 その理由は、直ぐに知れた。

 ミケドニア帝国とアビニシア連邦による、南方海域での緊急の共同演習。
 その原因は、大運河に対する破壊工作。

「つまり、ブランカ。お前のあれだ」
「もう一発ぶっ放すか?」

「やめなさい!」

 ドランゴブレスによる運河の崩落は、未知の魔法だと断定されていた。
 そして両大国は、これ以上の破壊が起きる前に周辺国――ほぼサイアミーズを名指し――へ圧力をかけることにしたのだ。

 サイアミーズの国土はほとんどが内陸で、軍艦は五十隻余り。
 ミケドニアは百六十隻を持ち、島国のアビニシアは二百八十隻も揃える。

 輸送艦を出してクーデターの支援など、不可能になった。

「あとは、この国が何とかするだろう」

 賢き老王は健在で、王子は回復に向かっている。
 アドラーは、今度こそみんなでライデンに戻ると決めた。
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