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第四章
71 ※シャイロックの末路
しおりを挟むスヴァルト国の首都タリスに、黄金鳥が戻ってきた。
シュクレティア姫の家は、代々に渡って金髪の血筋。
森を表す緑地に黄金鳥が王家の紋章。
姫の馬車は、歓声で迎えられる。
長く大樹として君臨する祖父王、将来有望でご病気が国民の心配の種だった兄王子。
それに対して幼い王女は、わがままの癇癪持ちと知れ渡ってはいたが、国民の愛すべきマスコット。
「それが、オークを味方に付けて戻ってきたわけですよ。びっくりでしょう」
馬に乗ったアドラーに話しかける、鹿に乗ったファゴットは誇らしいと言うより安堵の表情。
アドラーの目の前で、馬車から姫が顔を出して手を振る。
同時に反対側の窓からはキャルルが顔を出す。
道の両側から、ひときわ高い歓声が響いた。
「いたずらっ子どもめ……」
アドラーも苦笑する。
キャルルや他の皆は、揃って王女の馬車に乗っていた。
「一緒にいなさい! わたしと間違って殺されたら夢見が悪いもの!」
王女は偉そうに命令したが、アドラーも賛成した。
エルフ族は王女を前線に出す気はなく、アドラーも自分以外を戦場に出させる気は一切なかった。
「兄ちゃん、ボクも!」と無邪気に手をあげたキャルルを、アドラーは「駄目だ!」と一喝した。
普段なら「なんでさ!」と言い返すキャルルも、黙り込むほど厳しい言い方で。
「ミュスレア、みんなを頼むね」
「はい。無事を祈ってます」
リューリア、キャルル、ブランカの順に頭を撫でてから、アドラーは戦いに挑んだのだった……。
「ファゴット、あと一人と一匹ほどが心配なんだけど」
「ええ、お供します。行きましょう」
馬と鹿に乗ったアドラーとファゴットは、そっと凱旋の列を離れた。
ギルドの全員を守るのが、団長の役目である。
――カナン人の大商人ロートシルトは、首都タリスの遥か北に居た。
陰謀に加担した商人の中でも、桁が二つ上の資産を持つロートシルト。
計画の中心人物でもあり、情勢判断も的確。
「やれやれ、困ったことだ。まさか薄汚い蛮族を呼び込むとはな」
オークと手を組むなど、この大商人も予想していなかった。
だが、ロートシルトは昨夜の内に首都を脱出していた。
もちろん宰相にも他の商人にも告げず。
この先の川に持ち船が係留してあり、そのまま海へと逃げる予定だった。
「うん……? おい、道が違うぞ!」
ロートシルトは、四頭立ての馬車の中で叫んだ。
御者台からの返事はなく、慌てて外を見ても、見知った護衛は一人も居なかった。
馬車は道を外れ、人気のない森の中で止まる。
「ま、待て! 貴様ら、シャーン人であろう!? 幾らだ、わしはその三倍は出すぞ!」
馬車から引きずり出されたロートシルトは、状況がはっきりと読めた。
サイアミーズ王家が使う、暗殺に長けた少数民族シャーン人。
タリスでアドラーに毒を使った彼らが、姿を見せる理由は一つしかない。
「わ、わしはまだ役に立つぞ! サイアミーズ軍が来れば、オークとエルフなど一掃出来る!」
シャーン人の一人が、顔の覆いを取った。
「お、女か……?」
浅黒く引き締まった美女の顔に、ロートシルトが思わず聞く。
女は、質問には答えなかったが説明はした。
「ミケドニアとアビニシアの海軍が動いた。本国軍は来ない。そして証拠は消せとの命令だ。スヴァルトは長年の友好国である。傭兵の暴走は、甚だ遺憾であると……」
「そんなっ! わしは誰にも喋……っ!」
最後まで聞かずに、シャーン人の女は、ロートシルトの首を真横に切る。
「死体は捨て置け。馬車の書類は全て回収しろ」
宰相とサイアミーズ国の連絡役は、森の養分となった。
――首都タリスでは。
陰謀に参加した者が、一斉に逃げ出していた。
シャイロックら、カナン人の商人もその中に居た。
「な、なんてことだ!」
「オークに食われて死ぬなど嫌だ!」
「金、金ならあるぞ! 誰か馬車を用意してくれ!」
「わしなんて破産じゃよ……」
あり得ない状況だった。
全てが上手く行かなくとも、この争乱は長引くはずだったのだ。
数日で投資が水疱に消え、遁走する羽目になるとは想像もしていない。
太った体を汗まみれにして、ようやく首都を脱出したシャイロックは気付く
「わしは、王家側にも繋がりがあるではないか!」と。
大損はするが命は助かる、いや上手く立ち回れば復興を一手に……などと考えたシャイロックは、そっと商人の群れから抜け出した。
護衛を連れて、タリスへと戻る。
アドラーを経由して『お役に立った』と王家にアピールするつもりだった。
タリスの旧市街まで戻ったシャイロックが鼻を摘んだ。
「臭いな、スラム街か。貧乏エルフどもめっ!」
確かにここはスラム街だった。
だが、この国では温泉を引いた公衆浴場が国費で整備されている。
エルフは臭いにも敏感なのだ。
「いっそ、ガキどもを買い叩いて、うちの、娼館で! うわっ!」
臭い道を文句を言いながら歩くシャイロックがこけた。
「な、何か踏んだぞ! これは鹿の糞か!? 畜生め、おい起こせ!」
護衛に怒鳴り散らすシャイロックへ向けて、曲がり角から臭いの元が現れた。
厩舎を焼かれて逃げ出し、スラム街へ迷い込み、今はお腹を空かせた子供たちに追われる一頭のエルク。
「ぎゃあぁ!」
1トン以上もある軍用エルクの突進に、シャイロックは壁まで跳ねとばされ、懐と背中の荷物から大量の金貨や銀貨が飛び散った。
子供たちが金貨を見つける。
「すげー!」「本物だ!」と口々に騒ぎながら拾い集め始めた。
「き、きひゃまらぁー、はやぐ、たずけろー」
スラムのゴミに埋もれたシャイロックは、まだ生きていた。
護衛達は顔を見合わせると、子供たちに混ざって金貨を拾う。
そして、シャイロックを置いて逃げ出した。
夕飯のエルクは逃したが、思わぬ宝を見つけたエルフの子供たちもシャイロックを見つけた。
手足は折れて首は変な方向に曲がり、見るからに重傷であった……。
ロートシルトとシャイロック以外の商人は、全員が捕縛された。
資産に見合った重い身代金を払って解放される。
老王は、これ以上の火種になる処刑を好まなかった。
長年仕えた宰相は自死していた。
玉座でなく、宰相の執務室で死んだのが奴らしいと、老王は静かに語った。
ロートシルトの死体も見つかる。
これで、カナン人の商人達は、裏切り者が誰かを知った。
「俺は、喋らなかったんだけどなあ……」
アドラーは黙っていたが、姫の動きは明らかにクーデターを読んでいたと、商人らは判断した。
シャイロックの商会や店には、嫌がらせが相次ぐ。
カナン人は恨み深く、とても性格が悪いので有名だ。
商売の邪魔だけでなく、ライバル業者を進出させてシャイロックの資産を削ぐ。
頭のシャイロックが居ない商会はあっという間に経営危機に陥った。
エルクに跳ねられたシャイロックが、ライデンに帰るまで二ヶ月かかった。
しぶといこの男は生きていたのだ。
エルフの子供たちは、大怪我をして惨めに転がる商人を、貧民用の救護院まで運んでくれた。
しかも、数枚の金貨を治療費だと寄付していった。
一ヶ月ほどして、動けるようになったシャイロックは、杖を突いて痛む体を一人で引きずりながらライデンに戻った。
そこで見たのは、カナン人の商人連合から追放され、幾つかの事業は乗っ取られ、部下は勝手に独立し、暗黒街への影響力も失った己の姿だった。
さらに、アドラーに押し付けた借金の50倍もの借金が残っていた。
「シャイロック? ああ、あいつか。もう終わりだね。嫌な奴だったし」
ライデン市の商人の誰もが、口を揃えてそう語った。
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