56 / 214
第四章
56
しおりを挟む『ポリオル王とケテス帝が開いた海の道』――通称大運河は、元々は浅瀬の狭い海だった。
物知りの魔女マレフィカが解説してくれる。
「二千体のゴーレム、十万人以上の労働者。それぞれが魔法で強化された道具を持ち、砂を抜いて岩盤と崖を削った。両大国の面目を賭けた大工事だ。まあ……途中で互いの主張が噛み合わず、戦争にまで発展したが」
なんだかんだで、完成まで百年以上、完成してからは二百年。
西岸のアビニシア側は砂浜、東岸のミケドニア側はドーバーのような断崖。
幅は狭いとこでも1キロ以上、真っ直ぐ進むのが苦手な帆船でも悠々と通ることが出来る。
「どうだブランカ、人も凄いだろ?」
アドラーは、個体としては頂点を極める竜種の娘に自慢したくなった。
細長い人工の運河を物珍しそうに見ていたブランカが答える。
「むむむ、これくらい出来るもん。あたしは無理でも、お婆様なら!」
「ははは、そうかそうか」
ブランカの祖母、成長しきった祖竜でも、幅2キロに長さ20キロに渡って大地を砕ける訳がない、とアドラーは思った。
強がりを言ったブランカの銀の髪を、ぽんぽんと叩く。
「むむむ! 見ててよ!」
ブランカが、東側の断崖に向かって口を開いた。
「ブ、ブランカちゃん、な、何を? ひっ!?」
最初にマレフィカが気付く。
「うーん、んん? 何をやってる……おい、バカやめろ!」
アドラーも気が付いた。
開放すれば船の一隻くらいは吹き飛ばせる魔力が、ブランカの喉のあたりに集中していた。
ブランカの目に、鳥類や爬虫類などが持つ瞬膜が現れ、彼女の目を守る。
そこまで確認したアドラーが、マレフィカに警告した。
「目を閉じろ!」と。
一瞬だけ激しく光り、次の瞬間には岩が崩れる音がした。
アドラーが目を開くと、少し先の東壁に大きな穴が空き、大小の石が海になだれ落ちるところだった。
「な、なんだ!?」
「何事だ!?」
船員達が、慌てふためいて甲板に飛び出してくる。
「がけ崩れだ、大波が来るぞ! 急いで舳先を波に立てて、お願いします!」
アドラーは船員に頼んだついでに神にも祈った。
『船が沈んだら、俺たちのせいになってしまう!』
黄金鳥号は、建造されてから最大の危機を見事な操船で乗り切った。
上下に激しく揺れる大波を超える度に、ブランカはきゃっきゃと楽しんで、マレフィカは船酔いで吐いた。
「ブランカ」
「あい!」
「今後、さっきの技は禁止です」
「竜の吐息だぞ!」
「駄目です。許可なくぶっ放してはいけません」
「……はーい」
「てか、あのブレスは何時でも使えるの?」
「うーん……力を貯めるのに食事100回くらい」
「一ヶ月に一発かぁ……いやいや、禁止です。ところで、お婆様も出せるの?」
「お婆様が本気を出せば、あれが天を覆うくらい降ってくる!」
「あーなるほど、ふーん……戦わなくてよかったぁ……」
アドラーは、ブランカの祖母が見立てよりも遥かに強かったと知った。
黄金鳥号は、謎のがけ崩れによる転覆の危機を乗り切った。
大運河を抜けると、南西に舵を取る。
沿岸でなく海の真ん中を突っ切るのだ、もちろんサイアミーズ王国の妨害を避けるために。
迷う心配はない。
各地の大灯台から信号を受信して、現在位置を地図に示す魔法道具がある。
「GPSとまではいかないが、電波の位置測定器と同等だなあ」
ドゥルシアン船長が操舵室に入れて見せてくれた。
ドゥルシアン船長も、ファゴットと同じ一族で和平派の貴族。
目的を同じくする、また海賊を撃退したことで、アドラーの扱いは更に良くなった。
「海よー! 人魚よー! 見てアドラー、人魚が泳いでる!」
外洋に出るとマーメイドが姿を見せる。
リューリアは船旅でとてもご機嫌だった。
「ねえ、リュー。お姉ちゃん、まだ怒ってる?」
ミュスレアは、あの夜以来、機嫌が悪い。
「まーね。お姉ちゃんの怒りが三日も続くなんて、珍しい」
瞬間湯沸かしだが冷めるのも早いが、ミュスレアの特徴なのだが。
「とほほ。なあ、機嫌を直すようにリューからも言ってよ……」
服を褒めなかっただけ――キャルルに指摘されアドラーは気付いた――で、これほど怒るとは、アドラーは思っていなかった。
「その内直るわよ。ねえアドラー、これどう?」
空色のワンピースを着たリューリアが、舳先の近くでくるくると回った。
「ああ、危ないなあ。いや、とてもかわいい! よく似合ってるよ!」
アドラーは、直ぐに褒めるスキルを習得していた。
その頃、マレフィカは、船室の一つに閉じ籠もりエルフの魔法道具を調べていた。
アドラーが無理を言ってファゴットから巻き上げた、映像を記録する水晶球。
「マレフィカ、これを改良して猫でも扱えるようにしてくれ。いや、比喩でなくそのままの意味だ。解像度を上げて何十枚と保存出来るように」
「また無茶な要求だなー。けど、いいよやってみよう」
待ち受けるのが何にせよ、アドラーには情報も手札も少ない。
主戦派の首魁はスヴァルトの宰相。
政策顧問としてサイアミーズ王国から派遣され、そのまま居座った人族の切れ者。
戦場が宮殿の中では、アドラーに出来ることがない……のだが。
「バスティさん、出番だよ」
「にゃ?」
アドラーには、何処にでも入り込めて、言葉の分かる賢い猫がいる。
航海の最中、魚を食べると眠るを繰り返し、少し太ったバスティ。
アドラーは、その首輪に水晶球を取り付けた。
天候に恵まれ快速を飛ばした黄金鳥号は、六日の航海でスヴァルトの港へ入る。
いよいよ、エルフの国へ到着した。
0
お気に入りに追加
655
あなたにおすすめの小説
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
神様に転生させてもらった元社畜はチート能力で異世界に革命をおこす。賢者の石の無限魔力と召喚術の組み合わせって最強では!?
不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
ファンタジー
●あらすじ
ブラック企業に勤め過労死してしまった、斉藤タクマ。36歳。彼は神様によってチート能力をもらい異世界に転生をさせてもらう。
賢者の石による魔力無限と、万能な召喚獣を呼べる召喚術。この二つのチートを使いつつ、危機に瀕した猫人族達の村を発展させていく物語。だんだんと村は発展していき他の町とも交易をはじめゆくゆくは大きな大国に!?
フェンリルにスライム、猫耳少女、エルフにグータラ娘などいろいろ登場人物に振り回されながらも異世界を楽しんでいきたいと思います。
タイトル変えました。
旧題、賢者の石による無限魔力+最強召喚術による、異世界のんびりスローライフ。~猫人族の村はいずれ大国へと成り上がる~
※R15は保険です。異世界転生、内政モノです。
あまりシリアスにするつもりもありません。
またタンタンと進みますのでよろしくお願いします。
感想、お気に入りをいただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いします。
想像以上に多くの方に読んでいただけており、戸惑っております。本当にありがとうございます。
※カクヨムさんでも連載はじめました。
クラス転移したひきこもり、僕だけシステムがゲームと同じなんですが・・・ログアウトしたら地球に帰れるみたいです
こたろう文庫
ファンタジー
学校をズル休みしてオンラインゲームをプレイするクオンこと斉藤悠人は、登校していなかったのにも関わらずクラス転移させられた。
異世界に来たはずなのに、ステータス画面はさっきやっていたゲームそのもので…。
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした
まどぎわ
ファンタジー
激務で倒れ、そのまま死んだ役所職員。
生まれ変わった世界は、魔獣に怯える国民を守るために勇者が活躍するファンタジーの世界だった。
前世の記憶を有したままチート状態で勇者になったが、担当する街は魔獣の出現が他よりも遥かに多いブラック地区。これは出現する魔獣が悪いのか、通報してくる街の住人が悪いのか……穏やかに寿命を真っ当するため、仕事はそんなに頑張らない。勇者は今日も、魔獣と、市民と、共生を目指す。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる