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第二章

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 遺体の状態は酷い。
 まだ腐ってないのが幸いだが、胴体を中心に食い荒らされている。

 村の司祭は立腹していたが、何とか説得して皆で祈ってから詳細に検分する。

 とは言え、アドラーも詳しくないが村の者達は損傷した遺体など見たこともない。
 自然とアドラーが主導権を取る。

「鼻と口に上から噛み付いてる、これは狼が獲物を仕留める時に多い。獅子は首を狙う。それに体の半分がない。野生の獣は一度に体重の2割程は食えますが……かなりの大物だ」

 被害者は男だった。
 爪や手を調べても、ほぼ抵抗なく一撃でやられている。

「これほどの攻撃力は、コボルトや人狼にはない」
 アドラーが断言すると、村の主だった者達はざわめく。

 一人が声をあげた。
「集団で襲ったのでは?」

「なら、これと比べてみましょう。太もものところに、綺麗に歯列が残っている」

 アドラーは父コボルトの歯型を取ったパンを持ちだした。
 比べるまでもなく、牙の深さも口の大きさも軽く3倍は違う。

「で、では、この殺人犯はまだ何処かにいると?」
 村長が慌てはじめた。

 アドラーには、一つだけ心当たりがあった。
 狼などの野生生物は、長く生きて魔物化することがある。
 寿命と知恵と力を伸ばし、魔力まで身につけることさえある。

 アドラクティア大陸では、魔狼と呼んでいた。
 これは人に化けて紛れ込み、時に人も襲う。

「村の男達を集めてもらえますか。これだけ大きければ、たぶんオスでしょう」

 村人に混じっている可能性を聞かされ、村長は恐慌をきたした。

「な、なんですと!? やはりコボルトの通行などを許可したのが悪かったのか! 村に悪魔が入り込んだ!」

 アドラーは、人に化けた魔狼の見分け方を2つ知っている。
 一つは水に浮かべた木の板に乗せる……これは単に普通の人よりもずっと重いという意味だが。

 そしてもう一つは。

「村長、それは違いますよ。むしろコボルトが居ないから村に入り込めるんです。私の故郷では、コボルトと共に暮らしてたので魔狼にも直ぐに気付けた」

 この男は一体何を言い出すのかと、村の面々は奇異な目でアドラーを見る。

「実践してみせましょう、さあ村の男達を集めてください。私はコボルトにお願いしてきます」

 教会の外で待つコボルト一家のもとへ、アドラーはさっさと歩き出す。
 父コボルトは、アドラーの頼みを快く受け入れてくれた。

『しかし……狼の群れだらけのアドラクティアと違って、こんな人が多いところに出るとは珍しいな』
 2年をこの近辺で過ごしたアドラーにとっても、初めての経験だった。

 とっくに日は沈んでいたが、村の男達は全員が集まった。
 魔狼はまだ逃げてない、余程己の力に自信があるのかとアドラーは警戒を強める。

「コボルトの処刑が見れるのか?」
「殺人鬼だ、ばっさりやれ!」

 口々に騒ぐ村の男達は、集められた理由を知らない。
 冒険者ギルドから来たアドラーが、コボルトを始末すると思っている。

 アドラーは、父コボルトに訪ねながら男達の集団を2つに別ける。
 そしてまた2つ、そしてまたと次々に小さく別ける。

 8名が残った。
「すいませんが、5歩くらいの距離を空けて並んで貰えませんか?」

 集団の中で正体をバラして暴れだすと死者が出てしまう。
 大まかに特定しながら孤立させるアドラーの作戦は上手くいっていた。

 一番口汚く「コボルトを殺せ!」と叫んでいた男の様子がおかしいと、アドラー以外の者も気付く。

 松明の光を避けるように、じわじわと後ろへ闇の中へと下がる。
 アドラーは、その男の前に立った。

「どうしました? 顔色が悪いですよ。それに、大きな耳に口まで見えそうでが」
 フル装備の冒険者に詰め寄られた男は、ゆっくりと周囲を見渡す。

「そいつです!」と、父コボルトが叫ぶと同時に、魔狼が正体を現した。

 体は一気に三倍以上に膨れ上がり、骨も砕く爪と顎、強靭な肉体に魔力を備えた上級に位置するモンスターへ。
 軽く跳ね上がったように見えた体は、一足で20メートルは後方へ飛んだ。

 が、アドラーは着地の一瞬を狙った。
 背中から丈を詰めた槍を引き抜くと、攻撃能力の強化を全開にして投げつけた。

 ただ高速で投擲されただけの槍は、魔狼の胸部を貫いて更に飛び、50メートルほど先の木に突き刺さって止まる。

 心臓を含む重要な器官が同時に消滅した魔狼は、断末魔すらなく倒れた。

「一応、女子供も見ておきますか」
 アドラーの提案に、村長は何度も頷いて同意した。

「村長、もうお分かりかと思いますが、コボルトの鋭い鼻は忍び込んだ魔物を暴きだしてくれるんです。酷い扱いをすると、助けて貰えませんよ?」

 村長は、続けて何度も何度も頷いた。

 疑いの晴れたコボルト一家は、抱き合って喜んでいる。
『よくやった!』と、バスティが肉球でアドラーの足をぽんっと叩いた。

「そうだ、村長……あれ、居ない?」

 村長は、女子供を呼びに駆け回っている。
 アドラーは、代わりに村の長老達に言った。

「あれの退治はサービスしておきましょう。なるべく早くに燃やしてしまうことですね。今後とも、”太陽を掴む鷲”団をご贔屓に!」

 アドラーの指さした先には、巨大な狼の死体が転がっていた。
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