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五章

王都の戦い1

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 ユークが前線に出てから進軍速度が上がった。

 最前線の兵士に混ざって干し肉をかじるのは、ユークにとって気楽で慣れたものだった。

「ユーク殿は何処で戦いを?」
 同じ歳ほどの兵士に話しかけられる機会も増えた。

「魔王城に入ってから戦いづめだからなあ。けど転機はミ……王女と会って剣を貰ってからかな?」

 ユークは、元王家の宝剣を抜いて見せる。
 今はユークの手に馴染み、存分に力を発揮する神の剣。
 他の者が手にしても、鞘から抜くことすら出来ない。

 美しい剣身に若い兵士達が見惚れるとこへ、見張りが飛び込んできた。
「出ました! 報告にあったヒドラです!」

 ユークが腰を上げると、兵士達も後に続く。
 戦いは、最終局面を迎えていた。

 首都への道を進む中央軍は、メディアの王宮が見えるところまで来た。
 だが左右を守る軍の足が止まる。
 幅数キロの通路を守るのに精一杯になった。

 ヒドラの七つの首、全てを切り落としたユークが伝令を頼む。
「ここからは、少数で突っ込む。本陣に伝えてくれ」と。

 ミグもノンダスも突入部隊に参加する。
 ここまで”主力”を温存する為に、2万の兵士が戦線から脱落した。

 王都に巣食った魔王の卵を排除出来ねば、残りの3万も全滅する。

 何時の間にか戻ってきたリリンが、ミグの周りを飛びながら状況を伝える。
「ぎりぎり間に合ったね。数日の内に生まれるよ」

 リリンの報告に全員が胸を撫で下ろす。
 敵地をほぼ一直線、100キロを超える道のりを犠牲を問わずに僅か15日で押し切った。

 これで”魔王の子”を逃がすようなことになれば、再起は不可能になるところだった。

「ありがと。さ、行きましょう」
 戦いに出向く王女を止める者はもう居ない。
 彼女は王国の支柱で、最強の魔法使い。

 ミグが倒れれば終わり、自分達もかつての首都で死ぬと、旧コルキスの貴族や軍人は覚悟していた。

 ミグだけが少し違った。
『わたしの魔法と、彼の剣が祖国を救う。もし無理なら……』

 見知らぬ国へきて命を賭けてくれる仲間達への感謝は尽きない。
 もし、一人だけ死ぬならわたしを選んで欲しいと願っていた。


「来たか」と、少し振り返っただけのユークがいった。
 首都を見下ろす丘の上で、ユークの視線は卵から離れない。

 まだ戦闘力を測れる距離ではないが、前のと同じくらいかと感じ取れた。

「リリン、何が生まれるかわかる?」
「さっぱり」
 ユークの肩にまとわり付いたリリンがこたえる。

 この神出鬼没のサキュバスは、便利な偵察ユニットとして働いた。
「なんでうちが……」と文句を言いながらも、通常なら知り得ない情報を持ってきてくれる。

 彼女にとっては、魔王に協力するよりも、このひ弱な種族に協力する方が楽しかった。

「あれの周りには、そこそこ強いのが徘徊してるね。まあお前らでも何とかなると思うけど」

 ユーク達の護衛には500人の志願兵がつく。
 指揮官は長く王国に使えた老将で、兵士は全員が6年前の生き残り。
 老将は、部下に一言だけ命令した。

「王女殿下よりも先に死ね」と。
 兵士からは何の異論もなく、彼らが最後の道をこじ開ける。

 リリンは最後の報告。
「魔王城も悪魔どもも動いてないよ。けど増築してた、あっちに居座るのかもね」

 これは良い報せだった。
 ここで戻って来られると、どうにもならない。

 ユークにくっついていたリリンを、ミグが押しのける。
 彼女の定位置――ユークの隣――を確保して、全員に号令をかけた。

「さあ、いきましょう!」
 ユークとミグを先頭に、全員が丘を降りる。

 都市を覆っていた瘴気のほとんどは、卵に飲み込まれていた。
 強大な何かが生まれるのは間違いない。

 ユークは、隣を歩くミグを庇うように一歩前に出る。
 そして<<カウカソス>>を引き抜いた。

 故郷に戻った神剣の刃から、待ち構えていたかのように炎が吹き出す。
 王都メディアを巡る、二度目の攻防戦が始まった。
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