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五章

進展

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 テーバイへ着く少し前、ユークはミュールにお礼を言った。

「ティルルが居てくれて助かったよ。回復魔法も使えるなんて」
「それは……本人に言ってくれないか?」

 ユークとミュールは、二人きりで甲板にいた。
 食いちぎられ傷口から毒が回ったノンダスは、一時など昏倒する程だったが輸血とティルルの魔法で持ち直した。

 エルフの二人はもちろん、血液型が合う者がパーティに居らず、船員達が提供してくれた。
 何の関係もないが、ユークとミグは同じ血液型だった。

 今はサラーシャが離れずに面倒をみている。
「戦いでは役に立てそうもないので、私が。皆さまはお休みなってください」と。

 それからユークとミュールは二人して船倉からパンとチーズを盗み出し、甲板で夜食をとっていた。

「うん、まあ……後で言うよ。お前にも感謝しないとなあ」
 何となく旅に付き合ってくるエルフの二人は、装備も練度も実力も並外れていた。

「エルフって、みんな強いのか?」
 ユークが戦闘バカのような質問をした。

「それはまあ、魔法との親和性は高いが僕の世代は特別だね」
「世代?」

「なんだ、ヒトは気付いてないのか? 大きな戦乱の前には力を持った子が増える。力があるから争いがなんて言う長老も居たが、魔王の城を見て確信したよ。僕らはあれに滅ぼされないように生まれた世代だ」

「じゃあ俺もか?」
 期待を込めてユークは聞いた。

「お前は知らん。だがミルグレッタ王女はそれだな。王家とは、いざという時の戦いの為に残されるものだ」

 そう言えば、ミグの兄のアレクシスも強かったとユークは思い出した。
 もしアレクシスが魔王に出会って生き延びていれば、間違いなくヒトで最強の戦士になった。

「……なあ、何時まで手伝ってくれる?」
 ユークは大事なことを聞いた。

 ミュールは、直ぐには答えなかった。
「僕は、嫁を探しに出てきたんだよ? ま、自らの力を試したいというのもあったが。小さな島に籠もりきりと言うのは、若いエルフには辛いものだ」

「若いって、ミュールは幾つになるんだ?」
「僕はまだ生まれて28年だぞ。ヒトの年齢でも二十歳にならない。ティルルはもう40近いがな」

 混血が進んでもヒトの倍以上の年齢を持つエルフの、とっておきのジョークだった。
 二人は笑いながら乾杯した。

「そうだな、ミルグレッタ王女をくれると言うなら、コルキスに行ってそのまま居着いても良いが……」
 ミュールは言いながらユークを見た。

 ユークは会話をそらす。
「けどさ、魔法球の映像と本物は違ったろ?」

「あーそうだな、もっと大人かと思ってた」
「この辺がだろ?」
 ユークは胸部に手をやって、大きな胸をあらわす仕草をする。

「うん、それは騙された」
 二人はもう一度笑って乾杯しようとしたが、その頭上を当たれば即死の攻撃魔法が襲った。

 少年とエルフの王子をかすめた閃光は、遥か遠い海上に落ちて大爆発を起こす。
 ドラゴンのブレスにも匹敵する威力だった。

 二人は揃って甲板の中央、攻撃が飛んで来た方向を見る。
 そこには、金色の魔力を漂わせた怒れる王女が仁王立ちしていた。

「……冷たい食事だけだと可哀想だと思って。少し、温めてあげようか?」
 干し肉を抱えたミグが、二人の摘まむ冷たいパンと固いチーズを指さしながら言った。

 しばらくの間、半径二ヶ月の距離で最強の冒険者とエルフが、必死で許しを請う姿が見られた。

「なにやってんだぁ、あいつら?」
 夜番で舵輪に付いていた副船長には、何が起きたのかさっぱりだった。


「はい、どうぞ」
 杖の先に小さな火を起こし、炙った干し肉をミグが差し出す。
 男二人は、九死に一生を得たことを感謝しながらパンに挟んで食った。

「で、さっきの話だけど」
 ユークの言葉にミグがぴくりと反応したが、全力で手を振って否定する。

「何時までって話だが、コルキスまで手伝ってくれ。見返りは約束出来ない、俺には何もないし……ミュールに困ったことがあれば手伝うとしか。ノンダスが、もう戦えない。お前とティルルの助力なしに、勝てるとは思えない」

 ユークはこの旅で、初めて誰かに助けを求めた。
 ミュールは黙ったまま、ユークとミグを交互にみる。

 本来であれば、『わたしもここでお願いするべきだ』とミグは感じた。
 ただ少しだけ、男二人の会話に混ざり込むのに躊躇した。

 それでもきちんと口に出そうとしたミグの手が、強い力で引っ張られる。
 
 ミグは「きゃ!」と声をあげてから、引きずり込まれたのがユークの腕の中だと気付いた。

「ミグは俺の女だ。お前には渡せない。それでも手伝ってくれ、頼む」
「ユーク、人に頼む態度じゃねーだろ、それ」

 男二人の声は、とても落ち着いたものだった。
 ミグを抱きしめたユークの声でさえも。

 一方のミグは、頭が爆発していた。
 この聡い王女は、どうやら自分が追いかける立場になってしまったことを渋々ながら認めていた。

 かつては『ユークから好きと言わせる』と決心していたが、一行のリーダーとして成長するユークに付いて行くのが精一杯。
 ミグとしては、それとなく好意を匂わせながらも今は祖国を取り戻す事に集中する、少なくとも本人の中ではそのつもりだった。

 混乱するミグを差し置いて、二人は会話を続けていた。

「ミュール、手を貸してくれ。一生恩に着る」
「ヒトの短い生涯を賭けた願いか。まあ島エルフの寿命もそう長くもないがね……。よかろう、その頼み受けとった」

 ユークとミュールが三度目の乾杯をした後で、やっとミグも一言発した。

「あ、ありがとう……?」
「どう致しまして。王女には振られたけど、コルキスは美人が多いんだろ? 救国の英雄としてはそっちに期待するとこだね」

 軽口を叩いたミュールは、長身を揺らしながら船内に消えていった。

 何も言わずに、ユークは腕の力を抜いた。
 逃げ出すかと思われたミグは、ユークを見上げたまま動かなかった。

「もう一回!」
「えっ?」

「さっきの台詞、もう一回」
「……なんか、言ったっけ、俺?」
 今度こそ、綺麗なストレートがユークの顎に突き刺さった。

 それでも、まあまあ機嫌の良いミグとユークは、寝る前にノンダスの様子を見に行く。

「ここはお任せください」というサラーシャを残し、二人は別々の船室に戻る。
 二人が寝付くまでは、しばらく時間がかかった。
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